70.『ウッド』
「よいしょ、うんしょっ。」
馬車が停泊している森の中、よろよろと歩く影がある。背がわずかばかりか低い影は、大量の木の枝を抱えている。とてつもなく多い量とは言えないが、小柄なせいか相対的にはすごい多量で、その足取りはあぶなっかしい。
そして何より前が見てないのが致命的だ。
カツンッ
そんな音がして小さい石ころが足に当たる。それだけで影はバランスをくずして倒れかけてしまう。
「わわわっ。」
このまま正面から地面に倒れふしそうになったとき、ぐいっと誰かの腕がその体が抱きとめた。
「持ちすぎてる…。」
「ウッドさん…。」
倒れそうになったベアトリーチェの体を左手だけで支えたウッドは、右手で落としそうになった木の枝も確保してしまっている。
「みんなはもっと運んでるから、僕もがんばらないとって思って…。」
最近は私ということも多くなったが、ときどき癖で自分のことを僕と言ったりするベアトリーチェ。
それはともかくとして、王族に生まれたせいかマーサたちよりちょっと不器用なとこがあった。今日は野宿のため、焚き火用の枯れ枝を集めようとしたのだが、どうにも自分だけ持ち運べる量が少ない。
みんなの足を引っ張ってると思ったベアトリーチェは奮起して、枯れ枝を大量に集めみんなのところに向かおうとしたのだが…。
「無理はよくない…。」
「はい…。」
前述のようにふらふらになり転びかけたところを、ウッドに助けられたのだった。
簡潔な言葉に反省をほどこされる。確かに自分の手には余る量だった。
「それにもう晩御飯もできてる…。」
そう言われて空を見上げるともう真暗だ。実はウッドが来たのも、ベアトリーチェがあまりに遅いから探しに来たからだった。あまりに枯れ枝集めに夢中になった結果、結局時間がかかりすぎて役にはたてなかった。
「ううー…。」
腕の中でぐったり落ち込むベアトリーチェに、ウッドが言葉少なに声をかける。
「まとめ方おしえる…。」
「まとめ方?」
「枝…。」
ウッドの言葉に、自分より小柄なルミやルモも自分より多くの量の枝を運んでいたが、そう言えば手に持つときには上手にまとめていたことに気付く。
一方、自分のもってきた枝をみると、ばらばらで鳥の巣みたいになっている。マーセルたちとは体格の差もあるが、そのせいでさらに運ぶ量に差がついていたことに気付いた。
「ベルを連れてきた…。」
考え込んでいたベアトリーチェは、みんなが集合している馬車の前に、ウッドに抱えられた格好のまま到着する。
「ベルー、もう心配したよー。」
マーセルに何故か襟首をつかまれ、ぶら下がった状態だったルミが、ベアトリーチェの姿を見て目を輝かせると、そのままマーセルの手を脱出しベアトリーチェに飛びついてった。
「ごめんね。」
しょんぼりした顔で謝るベアトリーチェに、マーセルが溜息をついて文句を言う。
「はあ、探しにいくとか言って暴れだすそいつを、止めなきゃいけなかった俺が一番苦労したんだぜ。」
「あんたもずっと心配そうな顔してたけどね。」
「ぐっ…。」
そしてイレナからいやらしい笑顔で突っ込みを受け黙り込む。
「わぁ、枝もってきてくれたんだ。でも、もう足りそうだけど。」
ウッドの抱えている枝を見てマーサが、鍋のおたまをかき混ぜながら言った。暗くなるまでがんばったせいか、ベアトリーチェが持ってきた枝は結構な量がある。
それを聞いてベアトリーチェはさらにしょんぼりとなる。
ウッドは呟く。
「大丈夫、練習に使う。」
「練習?」
「晩御飯の後に。」
返されたウッドの返事は説明不足すぎて、マーサたちには理解できなかった。
***
晩御飯を食べた後、ウッドとベアトリーチェは多量の枝を間に挟み、正座をして向き合っていた。
「ここはこうしたほうがいい…。」
「こうですか?」
「こう。」
枝の形はひとつひとつそれぞれが違う。コツはあるものの、あとは感と経験の作業だ。ベアトリーチェは熱心な顔で、ウッドにアドバイスを受けながら枝をまとめていく。
「そんなにがんばって木こりにでもなるつもりか?」
「立派な木こりになってみせます。」
からかうように言ったマーセルに、ベアトリーチェが手元の木の枝を一心不乱に組み合わせながら答える。
「おいおいっ…。」
さすがにそれは困るとマーセル声を出す。夢中になったら止まらない性格は知っていたが、こういうことにまで真剣になってしまうとは。
「マーセルのバカ野郎!ベルがきこりになっちゃうじゃん。」
「ばかー!」
双子が余計なことを言ったマーセルに食って掛かった。
「俺のせいじゃねぇだろ!」
「ばかばかばかばかばかー!」
「言っとくがバカって言った奴がバカなんだからな?」
「あほー!あほー!」
そのまま双子たちと同レベルの口喧嘩をはじめることになった。双子は手も足もだしてるが…。そんな周りの騒ぎを置いて、ウッドとベアトリーチェは二人だけで、いそいそと枝を出来る限り小さくきれいになるよにまとめている。
ベアトリーチェが木の枝を一生懸命、横に束ねていく。一生懸命やってるのだが、不器用な手つきで束ねられた枝はちぐはぐでところどころ隙間があったり、枝が突き出たりしている。それを無言でウッドが解体し、綺麗に形をそろえ束ねていく。
その手つきをベアトリーチェは真剣にじっと見つめ、コツを学んでいく。
そして綺麗なまとめられた枝の束に目を輝かせるベアトリーチェをみると頷き、まとめてしまった束を分けたあと、またベアトリーチェに渡す。
ベアトリーチェは早速、お手本を真似て枝をまとめ始める。
かれこれずっとそんなことを繰り返している二人だった。はた目から見ると、かなり珍妙な光景である。
「あんなに真剣になっちゃって…。枝をまとめるのになんてそんな真剣にがんばることでもないのに。」
「私たちには当たり前にできることでも、あの子にとってはそうじゃないのさ。何かをできるようになるためがんばるってのはいいことだよ。」
食事を終え肩肘をついて寝ころんだマーサが、ベアトリーチェたちを呆れたように見つめる。イレナの言うこともわかる…。けど、食事を終え、もう一刻以上も経ってるのにずっとやってるのである。
マーサがそうやってがんばるベアトリーチェの姿をじっと見てると、何やら双子とマーセルたちが音楽の本を持ってベアトリーチェに近づいていく。
「何やってんのあいつら。」
そうマーサが呟くうちに、二人はベアトリーチェに近づきおずおずといった感じで声をかける。
「ベ、ベル~、そろそろ音楽の勉強の時間だよ~。一緒に勉強しよ?」
「そ、そうだぞ~。もうそんな時間なんだぞ~。」
「きょ、今日は特別に新しい分野について講義してやろう。前に勉強してみたいと言ってたろ。まだ早いと言ってたけど特別だ。特別。」
「今日はいいです。」
ばっさり断られた。
ベアトリーチェが今まで音楽の勉強を断ったことは一度もない。むしろ自分からせがんでくるぐらいだったのだ。それが…。
3人ともガーンとした顔になり、落ち込んだ表情でふらふらと戻って行く
「寂しくなったんだね…。」
「何やってんだか…。」
三角座りで仲良く落ち込む三人に気付いた様も無く、ベアトリーチェはウッドと枝をまとめる練習に没頭した。
「いたっ。」
そう小さく悲鳴をあげたベアトリーチェ。
「どうしたの?」
慌てて駆け寄ると枝でちょっと指を切ったらしく、ぷくっと血が出ていた。
「包帯と消毒とってこなきゃ。」
なんだかんだで過保護なマーサが馬車の方へ駆けて行こうとするのをベアトリーチェが止める。
「大丈夫、舐めておけば直るよ。」
「それ…マーセルたちの真似だよね…。」
傷の出来た親指を口にくわえるベアトリーチェ。一ヶ月前は、もっと丁寧な性格だったはずだ。マーセルたちが軽い傷を負った時、そう言って舐めてすませてしまうのを覚えてしまったのだろう。
(ベルがどんどん下品になっていく…。)
マーサは微妙な心境で、傷口をくわえるベアトリーチェを見る。
と…。
「どうしたの?」
眉根を寄せて困った顔をしだしたベアトリーチェに、マーサが首を傾げたずねる。ベアトリーチェの頬は膨らんでいて、ずいぶんと唾が溜まってるようだ。小さな傷だったから血は止まったろうに、まだ指をくわえたままでいる。
そして何かとまどうように震えてる。
「もしかして、唾はけないの?」
それを聞き、ベアトリーチェは首を振り、何か決心するような表情で顔を下に向けたが…。結局、そのまま頬を膨らませて固まってしまう。
マーサの思う限りベアトリーチェはかなり育ちが良いようだった。マーセルたちみたいに地面に唾を吐くなんてやったことないのだろう。なんだかそのことにちょっと安心したりする。変なことばっかり覚えられたらいやだし…。
「ほらこれに出して…。慣れないことはしないこと。ほら、べーって。」
「うう~。」
綺麗なタオルを口におしつけ、ベアトリーチェがなんとか口にたまった唾を吐きだしたのを確認すると、あんまりマーセルたちが悪いことを教えないように注意しようと心に決めた。
「次はがんばる。」
「いや、それはがんばらなくていいから。お願いだから枝をまとめる程度にしておいて…。」
「そうしたほうがいい…。ほら練習。」
「うん。」
ウッドも同意して、ベアトリーチェを枝をまとめる練習にもどるようほどこす。その意図をわかったのかはわからないが、ベアトリーチェも素直に枝をまとめ始める。
「マーサずるーい!ずるーい!」
「はいはい、あんたたちも邪魔しないの。」
マーサだけ構ってもらってずるいと不平の声を上げるルミを適当にあしらい、マーサは元の位置に寝ころびベアトリーチェを見守る作業に戻った。
***
「できたー!」
ベアトリーチェが嬉しそうに両手を上げ、手の中に出来た枝の塊を見つめる。綺麗に組み合わされた枝は、随分と綺麗にまとまっていた。
「良く出来てる…。」
ウッドもそれを見て笑顔でうなずく。もうずいぶんと時間が経ち、暇になったみんなは寝てしまっている。それからもベアトリーチェは奮闘して、満足できる枝のまとまりをつくりあげた。
「ありがとうございます。」
「いい…。もう寝よう。」
ウッドは言葉少ないながらも、気にしなくていいと言い、もう夜遅いからとベアトリーチェに寝るようにほどこす。これまでの付き合いで、ベアトリーチェも短い言葉の中身にある優しさを読み取れるようになっていた。
素直に頷き、寝るための準備をはじめる。
「えへへ。」
自分がうまくまとめあげた枝を見つめ顔を崩し笑う。ただの枝のかたまりなのに大切な宝物のように馬車の隅におき、馬車の中に入って行った。
その日のベアトリーチェの寝顔は、いつもより1割増幸せそうだった。
***
朝一番に起きたマーサは冷たい森の空気に体を震わせた。まだ冬ではないが、空は曇っていて日の光が届いてこない。
「うう…、今日は冷え込んでる…。」
馬車の外に出たが、焚き火は昨日の夜のうちに消してしまってるので暖かさはもうない。
「うーん、火をつけなおしたいけど。」
だいたい焚き木はその日の分しか集めない。どうせ昼の間は移動するのだから、移動した先でまた集めればいいからだ。しかし今日はよく冷え込んでいるし、出発の時間までは結構ある。ちょっと暖をとりたかった。
「そういえば…。」
昨日は、ベルががんばって焚き木を集めていた。その分は余ってしまい、ベルの練習用に使われたはずだが。
「あったあった。」
何故か馬車の隅にあった枝のかたまりを見つけた。いつもベルが持ってくる薪とは違い、上手にまとめられていて持ち運びやすい。ベルが昨日かなりがんばったことがうかがえる。
手早く火石で火をつけると、枝はぱちぱちと燃え上がっていく。
「はぁ、あったかい~。」
寒さから解放され、マーサはひとごこちつく。
「ううー、さみいさみい。」
馬車の中からマーセルが肩を抱いて震えながら出てくる。
「お、あったかそうだな。」
そしてマーサが焚き火してるのを見ると近づいてきて暖をとる。そうやって、みんな起きては焚き火の前に集まっていく。
「ベルおそいねぇ。」
消えもう必要なくなったころ、ルミが少し不満そうに呟く。
「昨日遅かったからまだ眠たいんでしょう。」
そんな話をしているとがさごそと馬車から音がして、またちょっとのびた蜂蜜色の髪が馬車の出口から覗く。
「んん~、ん~?」
しかし奇妙なことに馬車から降りてこず、眠たげな表情のまま何かをごそごそと探している。馬車から降りてふらふらと目蓋が落ちかけたままの表情で、あたりをゆっくりと首をまわし見回す。
「どうしたの?」
寝ぼけた表情のベルにたずねると、ポツリと言葉を漏らす。
「ん~?どこ…。」
「ないって何が?」
「枝…。」
そう言って目をこすりながらあたりを見回す。
マーサはああと頷き、笑顔で焚き火の方を指差しベアトリーチェに言った。
「今日寒かったから焚き火に使わせてもらったよ。お陰でたすかった~。ありが…。」
ありがとう。そう言おうとしたマーサの口が途中で止まる。焚き火を見たベルの顔が、眠気など吹っ飛んだように目を見開き、真っ青になっていたからだ。茫然といった感じで、普段から大きな目をことさらに大きくして、ばらばらになって燃えていく焚き木をじっと見つめている。
「えっ…、もしかして…、まずかった?」
何かとてつもないショックを受けた様子のベルに、頬から汗を垂らしたマーサがおずおずといった感じで聞き返す。
しかしベルは気付かない様子で、ただ立ちすくんでいる。
マーサは今朝見た枝がずいぶんと綺麗にまとめてあったのを思い出した。あれは本当に綺麗に、それこそ愛情たっぷりこめたように、綺麗にまとまっていた。
「ベル…?」
もう一度声をかけられ、はっと気づいたように我に返り、ベルは首を振る。
「う、ううん。そんなことないよ。」
否定しているのに、その表情は思いっきり泣きそうだ。
マーサの脳裏に何故か、幼いころの記憶が浮かんできた。
うんと小さかった頃に家のぼろ布で苦労して作った人形。擦り切れた布と、糸くずを組み合わせて作ったそれは、どう見ても小汚い布のかたまりだったが、自分にとっては世界中のどの人形より素晴らしい宝物に思えた。しかし周りから見たらごみ同然なので、次の日、母親にゴミとして捨てられた。それを知った自分は三日三晩、大泣きした。
何故か今、その時の母親が今の自分とだぶるのだ。そして目の前にあるベルの今にも泣きそうな顔は…。
子どものころというのは、自分が作ったものにやたら感情移入してしまうときがある。本当にその人形に魂でも宿ってるかのごとく大切なものに、あの時の自分は感じていた。
だが、まさか…。いくらベルが幼めにみえる容姿だからといっても、ルミやルモ、あの頃の自分なんかよりはちゃんと年上に見える。そして実際の年齢では、自分より年上なのである、ベルは…。
そんな子どもみたいなことがあるはずが…。だいたい、今回ベルが作ったのは人形ではなく、ただの枝のかたまりである。
「これでいいんだよね…。だってこれがそれが本来の役目だったんだもん。あの枝だってきっとこの方が幸せだったんだよね…。」
(思いっきり感情移入してるうううう!)
マーサは心の中で絶叫した。
まるで大切な人を見送るような目で、燃えていく焚き木を見るベル。その目じりには涙が浮かんでる。
泣いてる理由がひたすら幼児じみてるのだが、それとは裏腹に聞き分け良い態度がマーサたちの心をさらにえぐる。
「お、おい。どうにかしろよ。」
「そんなこといったって、もうどうしようもないじゃない!」
なんとなく事態を把握したらしい、みんなが焦ったようにマーサの方にくる。
だが、もうベルが集めた枝は全部焚き木として火にくべてしまったのだ。もう、取り返しがつかない。
「だいたいあんたたちだって、あの焚き木で暖をとってたし、どんどん枝を火に入れていったじゃない!」
「うっ…。」
「わ、わたし知らなかったもん。あれがベルの作ったのだって。知ってたら大切にしてたよ?本当だよ?」
「あ、ずるいぞ!」
そのまま醜い内輪もめがはじまりそうになったとき。ウッドがひょいっと表われベルに何か差し出した。
「ベル、これ。」
悲しそうに焚き木を見つめていたベルに差し出されたのは、小さな木彫りの熊の人形だった。
「これって…。」
目をまんまるにしてそれを見つめるベルに、ウッドが口数少なく説明する。
「ベルの集めた枝から作った。これなら記念になる。」
ウッドは手が大きいが、とても器用だ。熊の人形はとても小さいが、とても丁寧に掘られていた。それはまるで、彼の奏でる繊細なピアノの音のようだ。
それを受け取ったベルは、目をしぱしぱ、数回瞬いた後、木彫りの熊を見つめた。マーセルたちが緊張してその表情を見守る中、それが笑顔に変わる。
「ありがとう。」
「いい…。」
ウッドはベルが笑顔になったのを確認すると、それだけ言って馬車の準備にもどろうとする。
「よくやったウッド!」
「さすがウッド!」
それに仲間たちが駆け寄り賞賛の声を贈る。
「でも…、結局ベルが一生懸命まとめた枝は燃えちゃったんだよね。あれって意味あるの…?」
マーサが小さく疑問の声を上げる。
「子供が泣いてるときは何かおもちゃをあげて気をそらすのがいい…。」
ウッドはそれだけ答えて、出発の準備に戻ってしまった。
「子どもって…。」
その言葉にマーサが引きつった顔になる。
「ん~、どうかしたんですか~?」
すっかり機嫌を直したベルが、そこにやってくる。
「ベ、ベル…。」
「ウッドさん何か言ってました?」
「いや、なんも言ってない!なんも言ってなかったぞ!あいつは無口だからな!それよりその熊かわいいなぁ!」
せっかくベルの機嫌が直ったのに、ウッドの言葉を伝えてまた機嫌を損ねる危険を犯すわけにはいかない。マーセルは全力で強引に話を逸らすことにした。
「そうですよね。小さいのにすごくよく出来ていて気に入っちゃいました。ウッドさんは凄いです。大切にします!」
「あ、ああ…、大切にしろ…。」
ウッドに思いっきり子ども扱いされたことに気付かず、ベルは幸せそうに微笑んでいる。その嬉しそうな表情と、彼女の手にあるウッド談「子供の気を逸らすためのおもちゃ」に、なんか申し訳なくなるマーサたちだった。