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7.『あなたのそばに 4』

 あの後、再び最初の部屋に戻されたベアトリーチェは一人呆然と佇んでいた。

 レティシアの代わりにと寄越された侍女は、ベアトリーチェが夜着に着替えるのを手伝い、一通り世話をやいたあと退室した。

 もう時刻は夜半を過ぎたのに、レティシアは帰ってこない。

「いったいどうしたのかしら…。」

 心配で胸がぎゅっとしめつけられる。レティシアのいない今、ベアトリーチェは見知らぬ王宮でたった一人だった。不安を慰めてくれるものは誰もいない。

 心強く自分を支えてくれた親友に危機が迫っているかもしれない。胸のざわめきは強さを増していく。

 ベアトリーチェはバッグの中から、ひとつの箱を取り出した。それをテーブルの上に丁寧に置くと、優しく蓋を開ける。その中にあったのは、一本の笛だった。銀製の横笛、フルートのような形をしているが、おかしなことにその笛には音程をかなでるためのキーがついてなかった。

 それは魔笛と呼ばれる楽器。ベアトリーチェがあの人から貰った一番大切な宝物だった。

 ベアトリーチェは箱から魔笛を取り出し、唄口に唇を寄せそっと息を吹き込む。

 高く澄んだ美しい音が一人の部屋に響いた。

 その優しい音色が胸に大切なあの人の言葉を呼び起こす。

『大丈夫。今がどんなに辛くても、ベアががんばればちゃんと幸せは来てくれるよ。』

 アーサーさま…、レティ…。ベアトリーチェの心に、大切な人たちの顔が浮かび上がる。

 大丈夫。きっと大丈夫。

 ベアトリーチェは魔笛に添えた手を動かし、魔力を篭めていく。すると魔笛から出る音が、様々な色を持って変化をはじめる。高く低く響くそれは音の階段を作り、音楽を奏ではじめる。

 もし辛いことが起こっても、あきらめずにがんばればなんとかなる。

 アーサーさまが去ったフィラルドの王宮、一人になってしまったベアトリーチェは辛い出来事があると夜に魔笛を吹くことにしていた。アーサー様から貰った魔笛の音色はベアトリーチェの心の痛みを癒してくれた。またがんばろうという勇気を与えてくれた。だから王宮で辛いことがあっても、ベアトリーチェはがんばることができた。そしてレティシアとめぐり合うことができた。

 だから、今回も大丈夫。

 魔笛を吹いていると、まるでアーサーさまに撫でられているような気分になる。美しい音色が、胸の不安を取り払ってくれる。

 ベアトリーチェはそのまま無心で魔笛を吹き続けた。


 結局、レティは帰ってこないまま3日経ってしまった。

 アーサーさまに会って、事情を聞きたかったがあれ以来会いにくることはなかった。

 せめて外に出て何か情報を得たかったが、外出は許可されなかった。傍にいるのは侍女と見張りの兵士だけ。しかも、ほとんど同じ人間だ。

 有体に言えば軟禁状態だろう。しかも自分の存在を隠すように、ごくわずかな人員でそれがなされている。胸の不安は大きくなるが、無理に逃げ出しても捕まって立場が悪くなるだけ。

 日を経るごとに不安は募り、無力さに歯がゆくなるが、魔笛を吹き自らの心を落ち着かせる。

 大丈夫。いつまでもこの状況が続くわけじゃない。何かあったとき―――それが悪いことか良いことかはわからないが――――最良の対応ができるよう今は心を治めておくべきだ。

 レティの無事を祈りながら、自分に取り乱さないよう言い聞かせる。ベアトリーチェはそうやって三日間過ごしてきた。

 そして三日目のこの日、侍女と見張りの兵士以外訪れることのなかったベアトリーチェの部屋に客が訪れた。アーサーの側近と紹介されたカイト、そしてレティが連れ去られた原因であるカシミール公爵だった。

 二人が挨拶するのも早々に、ベアトリーチェは立ち上がり二人に問う。

「レティはどうしたのです。無事なのですか?」

 自分に言い聞かせたような冷静な行動とは程遠いが、一番確認したかったことだった。

 胸の焦りを隠しきれないベアトリーチェと違い、二人の様子は落ち着いたものだった。

「レティシアさまはフィラルドに一度戻られています。」

「フィラルドに?いったいどういうことです。」

 大切な侍女が故郷に戻されたと聞きベアトリーチェは動揺する。一度ということは、またこちらに戻ってこれるということなのだろうか。だが、一体なぜフィラルドに戻されなければならなかったのか。

「そのことについてベアトリーチェさまにお話があります。」

 そう切り出したカイトの顔は、何かを隠すような硬い表情だった。カシミール公爵の方はもう少し自然体だったが、そこに笑顔は一切ない。

 ベアトリーチェは胸に不安を覚えたまま、無言で先を施す。緊張のせいか、喉に水分が不足していて声がだしにくかった。

「今回のアーサーさまとベアトリーチェさまのご婚姻の話ですが、これを破棄させていただくことになりました。」

 告げられた言葉に心臓が止まりそうになる。あまりにも突然すぎる告示だった。

 いったいなぜ…。

 受けた衝撃に頭がくらくらして気絶してしまいそうになる。だがなんとか、ばらばらになりかけた思考をとりまとめていく。

 レティのことを聞かねば。レティについては何も教えられていない。

「レティは、それでレティはどうしたのです?そのこととレティが関係あるのですか?レティに悪いことが起こったりはしていないのですか?」

 アーサーさまとの婚姻の話がなくなること。それはとてつもないショックだった。だが、まずはレティがちゃんと無事か確認しなければ。

「レティシアさまはフィラルドにて国王グレンダさまの養子となるべく戻られています。」

「養子…?」

 ベアトリーチェはカイトの言葉を聞いてもわけがわからなかった。レティと姉妹になるの?そんな疑問が浮かんでくる。

 だが、カイトが続けて放った言葉に、再び大きな衝撃を受けることになった。

「アーサーさまはレティシアさまを正妃として迎えられることを決められました。」


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