67.『マーセル騒動顛末記 4』
こんなにわがままなんて初めて言った。
やったことのないことをしてしまって、落ち込んだような心境なのに、意識はむしろじっとしてられないようなそわそわした興奮をつたえてくる。
でも、あの背中を見た時、マーセルをこのまま帰らせたくないと思ったのだ。マーセルの父はマーセルのことを愛してると思ったから。自分の母さま、父さまとは違って…。
このまま、喧嘩したままでいて欲しくない。いや、喧嘩したままでも、一日ぐらい一緒にいて欲しい。そう思った。
「やったー、すごいぞー、ふかふかのベッドだ。ベルのお手柄だな!」
馬車で留守番をしていた、ルモとウッドもエルハイン家の屋敷にお世話になることになった。いつも通り、ルミとルモと一緒の部屋になったベアトリーチェは、ふとんにダイブしてはしゃぐ二人を見て笑顔になる。
マーセルさんにしたことを余計なおせっかいだったかもと不安に思う気持ちも、二人の姿を見ているとやわらいでくる。
コンコンコン
扉をノックする音がして返事をすると、侍女が扉を開けて要件を伝える。
「お食事の準備ができました。旦那さまも同席されるそうです。」
侍女の案内に従い、大きなテーブルのある部屋にやってくる。マーセルたちが座っても、十分足りるほどの椅子があり、既にマーサたちは着席している。
「ベル~、遅いよ~。」
ベアトリーチェの姿を見たマーサが笑顔で手を振る。
「どうぞ、座ってください。」
ピーセルの言葉に従い、ベアトリーチェたちも席に着く。
「……。」
そしてマーセルはずっと黙りこくっている。
「兄さん行儀悪いですよ。肘をつかないでください。」
ピーセルが注意するものの態度は変わらない。そうこうしている内に、ベアトリーチェが入ってきたのとは反対側にある扉から、あの時、街でみた男性が入ってきた。
「ようこそいらっしゃった、客人のみなさん。このエルハイン家の当主カークが歓迎しますぞ。」
本当に歓迎しているのかわからない厳めしい表情だが、口調はとても丁寧だ。それから、チラッとマーセルの方を見ると、不機嫌な声で続ける。
「何やら、見かけぬやつもいるようじゃがの。」
その言葉に、カッチリと二人の目があい、互いによく似た瞳でにらみ合う。
「さっきも会っただろうが。」
「ふん、知らんな。」
食堂をぴりぴりとした空気が包み込む。
「まあまあ、父上も兄さんも落ち着いてください。」
ピーセルが宥めようと間に入るが。
「ふん、ピーセル。お前も勝手にこの家を出て行った奴なんぞ、兄と呼ぶ必要ないんじゃぞ。」
「こっちだっていたくているわけじゃねぇよ。」
お互いが一触即発の雰囲気になる。
「あ、あの、私お腹すきました!」
ベアトリーチェがいきなり割って入った。みんな目を丸くして、ベアトリーチェの方を見る。
二人を止めるために咄嗟に言った台詞。我に返ったベアトリーチェは恥ずかしくなり赤面する。よく考えたらもっとうまい方法もあったのではないか。
「お腹…減りました…。」
それでも一度口をでたものは仕方ない。頬を紅く染めたまま俯き、すねたように唇を尖らせ、もう一度呟く。
マーセルの父、カークはベアトリーチェの姿をぱちくりと見た。
「ふむ、そうじゃな…。大変、失礼した。」
そう言った声は先ほどまでと違い、大分落ち着いたものだった。
「お嬢さんとは初めて御逢いしますかな?」
「あ、はい。ベルと言います。半年前からマーセルさんの楽団でお世話になっています。」
「そうか…。たいした御もてなしではないが、うちは男家族だったので量だけはたっぷり用意してある。好きなだけ食べていってくだされ。」
厳めしい顔つきがちょっと和らぐ。ベアトリーチェはそれが笑ったのだとわかった。マーセルさんの笑顔に少し似ていたから。
「はい。」
ベアトリーチェも微笑みを返して、祈りの手をきり、食事を始める。カークはその姿を見た後、同じく食事をはじめた。
「うーん、この肉うまい!」
ルモが用意された肉にさっそくかぶりつく。
「こらこら、行儀が悪いぞ。」
「そうだよー。行儀わるいー。」
「なんだよ。お前だってフォークの使い方変だぞ。」
「そんなことないもんー。」
ガルルゥとルミとルモがにらみ合いを始める。
貴族の家の晩餐でも、みんなの様子は変わらない。ピーセルもその会話に楽しそうに参加している。ただマーセルとカークは、食事の間も無言だった。
ベアトリーチェはその姿を見て、そっと溜息をついた。