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66.『マーセル騒動顛末記 3』

「エルハイン家にようこそ。」

 笑顔でそう言われて、ベアトリーチェたちが案内されたのは、広めの応接間だった。それを聞いて、マーセルさんの家名を聞いたのははじめてかもしれないとベアトリーチェは思った。

 やわらかい皮のソファーに座らされ、すぐにお茶が準備される。ルミはお茶と一緒に用意されたケーキに目を輝かせている。

 フォークを取り大きな口を空けて、一気にケーキを食べてしまったルミは物足りなさそうにフォークをかじっている。

「はい、私の分をあげるよ。」

「わ~い、ありがとう~。ベル、大好き!」

 自分の分を食べて物足りなさそうにしてたルミに、ベアトリーチェが自分の分のケーキを譲ってやると大喜びした。

「ベルは優しいね。」

「優しいっていうかお人よし…。」

 その様子をみてイレナは微笑んだが、マーサはちょっと溜息をついた。こうやって誰かが少しでも欲しそうにしてると、ベアトリーチェは全部譲ってしまう。マーサもイレナもそれはどうかと、たまに思うことがあった。

「お待たせしてすいません。といっても、本当に待たせているのは僕では無く兄なのですが。」

 ベアトリーチェたちを応接間に案内した後、ピーセルは少しの間、退席していた。戻ってきたピーセルは、また柔らかな笑顔をベアトリーチェたちに向ける。

「おしごと~?」

 ルミが無邪気にピーセルに問いかける。

「はい、緊急というわけではなかったのですが、陛下からのご命令だったので。」

「へぇ、大層な話だねぇ。私らの耳に入っても大丈夫な話なのかい?」

「はい、むしろ皆さんにも知っておいてもらったほうが都合がいい話かもしれません。人探しなんですけど。」

「人探し?」

 マーサが興味を引かれたように、ピーセルの言葉に聞き返す。

「はい、ベアトリーチェ妃の捜索です。」

 その言葉に、ベアトリーチェの鼓動が一気に跳ね上がる。

「ベアトリーチェ妃ってあの?」

「はい、エルサティーナの第八妃ですね。」

 ドクンッ、ドクンッ

 嫌なリズムを立てて、ベアトリーチェの心臓が震えだす。

「失踪したとは噂で聞いてたけど、見つかったのかい?」

「いえ、まったく。いつ居なくなったのか正確な日時もわからず、消息の手がかりもまったくなく、これでどうやって探したらいいのかという感じで。エルサティーナの国王直々の依頼らしいので、我が国としても無視するわけにもいきませんし。」

「へぇ、そうなんだぁ~。」

 喉が一気にカラカラになり、唇が塞がり声が出せなくなる…。でも、ばれた様子ではない。なら、怪しまれてはいけない。平静を装わなければ…。

「ベアトリーチェっていっぱい酷いことした魔女なんでしょ?いなくなってみんな喜んでるのに、なんでまた探したりしてるんだろう~?」

「う~ん、一応、体裁悪いから探すふりをしてるとか?」

 ルミの言葉にベアトリーチェの胸がズキッと痛んだ。後宮にいた時の記憶が、胸の奥からじわっと広がってきて、ベアトリーチェの体を固くさせる。でも…、表情には出してはいけない。ベアトリーチェは、自分が今自然な表情でいてくれていることを祈った。

(大丈夫…。大丈夫…。)

 不安に震える胸に、何度も言い聞かせ、心を落ち着かせようとする。

「エルサティーナの思惑はわかりませんが、そうなのかもしれませんね。まあ、どうあれ居なくなって、もう半年です。見つかる可能性は低いでしょう。」

 ピーセルの言葉で、その話題は終わった。ベアトリーチェは、ほっと静かに息をついた。

 探しているふり…、それなら大丈夫かもしれない。今も、現にこうして見つからずにいられてるのだから。きっと、きっと…大丈夫だ…。

 話題が変わって数分経ってからようやく、ベアトリーチェは肩の力を抜いた。

 バンッ

 扉が強く開かれる音がして、ベアトリーチェたちの視線はそちらの方に向く。

「帰るぞ、お前ら!」

 応接間に入ってきたマーセルは開口一番、そう言い放つ。

「ちょっとちょっと、兄さん、もう帰るんですか?」

「ああ、帰る。悪かったな、ピーセル。ベルたちの相手をしてもらって。」

「それは全然かまわないけど。」

 そのまま、ベアトリーチェたちまで追い立てるようにして、マーセルは家を出ようとする。

「待たんか!マーセル!」

 その後ろから、先ほど街で見た初老の男性が表われる。マーセルの父であり、エルハイン家の当主である子爵だ。

「お前らも早く来い。」

 その声を無視して、マーセルは部屋をでる。その姿を見て、ピーセルは溜息を尽く。

「はぁ、毎年こうなんです。帰ってきても、喧嘩をして、すぐに出ていってしまう。」

「私たちが知る限り、一日も持ったことすらないねぇ。」

「そうですね。母が亡くなってからはずっとこんな有様で。せめて、一泊ぐらいして、父とも食事を共にしてほしいのですが。」

 マーセルの父は、マーセルの消えた扉を睨みつけた後、無言で踵を返し部屋を去って行った。ベアトリーチェは、その背中が一度、悲しげに溜息を吐いたようにみえた。

 屋敷を出てると、玄関のところにマーセルが苛立たしげに土を踏みながら待っていた。ベアトリーチェは、その両腕をガシッと掴んだ。

「なんだ?ベル。」

「私、泊まりたいです。」

「はあ?」

「この屋敷に泊まりたいです!」

「えええええええ。」

 突然、そんなことを言い出したベアトリーチェに、みんなも驚きの声を上げる。

「突然、何言い出すんだ。帰るぞ、おまえら。」

「いやです。泊まりたいです。」

「駄々っ子かよ!」

 ベアトリーチェの珍しく、しかも唐突なわがままに周りは混乱した。

 ベアトリーチェの方は、このわがままを絶対押し通す気でいた。マーセルの父の沈んだ背中を見たら、どうしてもこのままマーセルを屋敷から去らせたくないと思ったのだ。

「僕の方は構いませんよ。一度兄さんの仲間たちを、ちゃんとおもてなししたかったことですし。大歓迎です!」

 見送りに来ていたピーセルは、笑顔でベアトリーチェの要求を受け入れる。

「て、てめぇ…。」

 マーセルは汗をかきながら、ピーセルを睨み、ベアトリーチェへと視線を向ける。

「うっ…。」

 必死にマーセルの腕を引っ張りながら、無意識だろうが上目づかいになった大きな瞳が子犬のようにマーセルに訴えかける。そもそも、マーセルもベアトリーチェがどういう意図で、こんなわがままを言い出したのかうすうすわかっていた。

 純粋な、無私のわがまま。一時期の反動かベアトリーチェを甘やかすようになってしまったマーセルは、ベアトリーチェの初めての本格的なだだこねを一蹴することはできなかった。

 やがて意図を察知したマーサたちは、当然ベアトリーチェの方につく。

「あー、足つかれちゃったねぇ。一度貴族の屋敷とやらで休んでみたいねぇ。」

「私も腰が。」

「私はケーキ食べたい!」

 白々しい。いや、ルミだけは純粋にそう思ってるのだろうが。

「て、てめぇら!」

 マーセルは大声を出し一蹴しようとしたが、ぐいっと引っ張られ再びベアトリーチェの潤んだ瞳と目を合わせてしまう。

「…わかった…わかったからそれやめろ…。」

 不思議な、居た堪れない気持ちにさせられたマーセルは、ついにがっくりと膝をつき折れた。


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