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60.『温泉です。 4』

「結構いい雰囲気だったじゃないかい。」

 朝食の席、イレナのからかうような笑みに、マーサは赤面した。

「み、見てたの!?」

「ふっふっふ、若いっていいねぇ。」

「あれはそういうんじゃないよ、もう~。」

 マーサは頬に朱の色を残しながら、スープを救うスプーンを加えたまま溜息を吐く。

「ベルー!おはようー!」

「よー!」

「わわっと。」

 視線の先には、ルミとルモに飛びつかれて慌てているベルの姿があった。

「まあ長い付き合いになりそうなんだ。ゆっくり行けばいいじゃないかい?」

「うん…そうだね…。」

 出会ってからまだ二週間ほどだけど、随分仲良くなった気がする。ルミとルモなんて一番懐いているくらいだ。マーセルも最初の態度はどこへやら、ベルの前でも仲間同士の顔を見せるようになった。

 そして自分も…。

 マーサは今朝のベルの笑顔を思い出して、幸せなようなむずかゆいような不思議な感情を溜息にして吐き出した。


***


「広場で演奏?」

「ああ…、実は村長と酒の席で一緒になってな。それが随分良い酒を振る舞ってくれて。」

「で、安受け合いしたと。」

 朝食の席、知らないおじいさんに「楽しみにしていますぞ。」と話しかけられ首をかしげたイレナたちは、遅れてやってきたマーセルが申し訳なさそうに切り出した話によりその事情を理解した。

 どうやら酔っぱらって会話した拍子に、温泉に入れなくなって退屈している客たちのために演奏をしてあげて欲しいという依頼を受けてしまったらしい。

「す、すまん…。」

「ぶーぶー!」

「ふ~ん。」

「へぇ…。」

 ルミとルモは不満そうにマーセルに唇を鳴らす。腕を組んでマーセルを見下ろすイレナの視線も冷たい。

「悪かった!」

 がばっと地面にひれ伏したマーセルを見て、ベアトリーチェが仰天する。

「マ、マーセルさん!?そこまでしなくても。み、みんな許してあげて?お酒の席のことだし、いろんな人たちの助けになるし。ね?」

 慌てて土下座しているマーセルを助け起こし、まわりを囲むみんなを上目使いで見上げて頼んでみる。

 いままで怒った表情をしていたみんなは、くるりと表情を変えてあっさりと頷く。

「うん、ベルがいうならいいよ~。」

「ベルがいうならねー。」

「ベルに頼まれちゃ仕方ないね。」

 実際、怖い顔をしていたみんなだが、そこまで怒っているわけではなかった。コンテストに出られなかったせいか、ベルと会った前後のマーセルは焦りすぎてぴりぴりしすぎていた。それもベルが旅に同行するようになってきてからは、随分と雰囲気も柔らかくなってきた。

 お酒の席で羽目を外すのも、しばらくは見られない光景だった。だからこれぐらいの面倒は引き受けるつもりだったのだ。でも、ただ頷くだけじゃつまらない、そこで不満そうな態度をしていた。

 そこにベルにお願いされたものだから、あっさりとみんな態度を翻してしまった。

「た、助かったぜ。ありがとうな。」

 ただそんなこと知らないマーセルは全員から睨まれ生きた心地がしなかったらしい。ベルに向かって手を合わせて拝み、感謝した。


***


「ねぇ、マーサ。」

 マーセルたちが演奏の準備をしている折に、ベアトリーチェはマーサに話しかけた。もう楽器の運搬は終わり、あとは自分の楽器の細かな調整にみんなかかっている。ベアトリーチェも楽器の運び方をマーセルから習い、手伝えるようになっていた。といっても手伝えるのはそれぐらいで、あとはみんなが真剣な顔をして準備しているのを見守るだけ。その時間もベアトリーチェにとっては楽しいものだった。

 それでも時間を持て余してるように見えるベアトリーチェに、よくマーサが話しかけてきたりして、そこにルミとルモが我慢できずに飛びつくというのがいつもの光景だった。

 でも今日はベアトリーチェの方から話しかけると、何故かマーサは飛びのき、赤面してわてわてしだした。

「ななな、なにベル?」

 そのいつもと違う反応にベアトリーチェは首をかしげる。

「どうかしたの?大丈夫?」

「なんでもないよ!なんでもないから!なんでもないからね!それより、ベルのほうこそどうしたの?」

 強い口調でなんでもないと言われ、汗を掻きながら頷いたベアトリーチェは、マーサの言うとおりに話しかけた理由をつげた。

「今日、あの歌を歌ってみたらどうかな。」

「あの歌って今朝の…?」

「うん、せっかく今朝も練習してたんだし。」

 マーサの反応はあまり芳しくない。

「う~、目標にしてることではあるんだけど、私の勝手な事情だしみんなには言い出しにくいんだよね…。ちょっと…。」

「そっかぁ、じゃあ僕から頼んでみるね。」

「ちょっ、ちょっと、ベル!?」

 ぼそぼそと呟くマーサに、ベアトリーチェは何を合点したのかわからない笑顔で頷いてマーセルのもとへ走っていってしまう。慌てて手を伸ばし止めようとするが、優しげな顔をしてる癖にはしっこく

既にマーセルの目の前で身振り手振りも交えて何かを話している。

 マーサが立ち上がって追いついたころには、話し終えてしまったらしい上機嫌な笑顔をこちらに向けて話しかけてきた。

「やったね!マーセルさんもいいって。」

「えぇ、いいっていったの!?練習もしてないんだよ?」

 思わずマーセルのほうを向くと、マーセルは顎に手を当てて頷く。

「今回はそこまで気を張ってやる舞台でもないからな。この機会に新しい曲を試しておくのも悪くない。ちょうどレパートリーを増やしたいとおもっていたところだし。」

「よかったね。」

「えええ…。」

 まさかマーセルが、一度もみんなで演奏したことが無い曲を、ぶっつけ本番で演奏することに同意するとは思わなかった。

「なんか変わったね、マーセル…。」

 それはベルが来てからだ。

「はあ、俺はいつも通りだぞ。それとベル。」

「はい?」

 また声をかけられたベアトリーチェは首をかしげる。そんなベアトリーチェにマーセルは一つの箱を手渡した。それはベアトリーチェの銀の魔笛をいつも入れている箱。

「今日はお前も弾いてみろ。」

「えっ…。いいんですか?」

 マーセルの言葉にベアトリーチェは目を丸くしておどろく。

「ああ、お前もちゃんとがんばってるからな。今日はお試しだ。あ、もちろんまだまだ見習いなことには変わりないぞ。一人前には程遠いし、これからも見学や練習はしてもらう。」

「はい。」

 魔笛を手にもつと初めてみんなで演奏したときのどきどきが蘇ってきた。笑顔でうなずいたベアトリーチェに、マーセルは照れたようにそっぽむく。

「やったねーベル!」

「一緒にがんばろうね!」

 話を聞きつけたルミとルモが、ベアトリーチェの足元で騒ぎ出した。

「お前らわかったら、さっさと準備するぞ。もうすぐ演奏だ。」

 マーセルが気を取り直すようにかけた声に、みんなが返事をして最後の準備にとりかかった。ベアトリーチェも受け取った魔笛をぎゅっと大事に握り締めた。


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