57.『温泉です。 1』
カタカタカタ
馬車の揺れる音が静かに響く。窓の外の景色は変わらず緑にあふれているが、道幅が徐々に広くなってきている。さっきまでは明るく騒いでいたルミとルモたちも、今はすやすや眠っている。
「ベル、大丈夫?」
マーサの聞いてくる声に、ベアトリーチェは微笑んで答える。
「うん、平気だよ。」
「腕とかしびれない?」
「二人とも軽いし大丈夫。」
ベアトリーチェと話し込んで、そのまま寝てしまった二人は、ベアトリーチェに寄りかかるように寝てしまった。おかげでベアトリーチェは窓の向かい側から動けない。ベアトリーチェも二人が寝苦しくないように、腕で抱きしめてあげている。
すやすやと眠る双子の表情は安らかだ。
窓から流れる風景を眺めていたベアトリーチェの目に、不思議な光景が目に映る。
「あれ?煙?」
木々の間からもくもくと立ち上る白いもの。火事だろうかと一瞬思ったが、良く見ると煙とは違う。それが何本も立ち上っていた。ベアトリーチェには見たことがない景色だ。
マーサも振り向いて窓の外を確認する。
「あー、あれね。あれは湯煙だよ。」
「湯煙?」
お湯の煙?そんなものがあるのか。しかもあんなにいっぱいに。
首をかしげたベアトリーチェに、マーサがにやりと笑う。
「もしかしてベルは温泉も知らないのかな~?」
「温泉?」
聞いたことがなかった。
「そうそう、ここらへんは地下からお湯が湧き出てくるの。それを使った天然のお風呂。この国は火山地帯だから、そういう場所がたくさんあるの。」
天然のお風呂、そんなものがあるのか。安定した広い平地の国で生まれ育ったベアトリーチェにとっては驚くべき話だった。お風呂は薪で沸かして入るもので、手間がかかるものだった。それが自然と湧きでてくるなんて信じられない。
「今回は旅の休養もかねて温泉のある宿に泊まるみたいだから、楽しみにしておくといいよ。」
「へぇ、楽しみ。」
まだ見たことない温泉というものに思いをはせる。純粋にお風呂に入れるというのも嬉しい。
しばらく話し込んだ二人は、いつの間にか寄りかかって眠っている双子と一緒にすやすやと眠っていた。
***
ベアトリーチェたちが起こされたときには、すでに馬車は街についていた。
「ベル~、起きてー。」
「おーい、起きろー。」
数秒差で起こされたはずの双子は、自分たちを棚上げして、ちゃっかりベルを起こす側に回る。
「ん~、おはよう。」
昨日もちょっと夜更かし気味に勉強をしていたベアトリーチェは、ずいぶん深く眠っていたらしく、眠たげに目をこすって起き上がる。
「もうお昼すぎだけどね。」
イレナが笑って相槌をうつ。
馬車を降りると、いきなり妙な匂いが鼻についた。
「んんっ!?」
ベアトリーチェは顔をしかめる。びっくりして息を止めてしまう。
「あはは、大丈夫だよ。温泉地帯はどこもこんな匂いがするの。」
その様子をマーサが笑って見つめる。
「そうなんだ。」
ほっとしたベアトリーチェは息を再開する。たしかに独特の匂いだが、慣れてくると平気かもしれない。あたりを見回すと、木造の建物のあちらこちらから湯煙が立ち上っている。
「ここらへんは旅人たちの羽休めの場所になっていて、ここらへんは全部それ目的の宿さ。とりあえず、マーセルたちが来るまで待たないとね。」
馬車の預り所までいったマーセルたちもすぐに戻ってきた。
「おかえりなさい。」
「おう。」
普段は仏頂面が多いマーセルも、今日はどこか上機嫌な顔をしている。
「温泉楽しみですね。」
ベアトリーチェは自分が楽しみにしているせいもあり、そんな言葉が出てきた。そんなベルの言葉にマーサがからかいを入れる。
「温泉がどんなものか知らなかったくせに~。」
「だから楽しみなんだよ~。」
ベアトリーチェはちょっとむくれて反論する。
「ほう、ベルは温泉に入ったことないのか。」
マーサの言葉を聞いて、マーセルとルモがにやりと笑う。ウッドだけはかわらず無表情だが。
「それじゃあ俺たちがじっくり温泉の入り方を教えてやろう。」
温泉の入り方?何か特別なことでもしなければ入れないのだろうか。
「うん。ベルにはきっちり温泉の楽しみ方を教えてやらないといけないな」
ルモも同意するようにうんうん頷く。
どういうことだろう。
首をかしげているベルに、マーサが苦笑いするように答える。
「温泉っていうのはみんなで一緒に入るものなんだよ。そういうの無かったところに住んでいるベルは、慣れないかもね。」
マーサの言葉を聞いて頭が真っ白になる。
「みんなで入る!?」
「あ、もちろん男女は別だよ。」
驚いた表情のベルにからかいの言葉を投げて、マーサたちは道を歩いていく。
みんなで一緒に入る?男女は別って、いま自分は男装しているから、入るとしたら男の人と…!?ええええええ!?
「ど、どうしよう…。」
さっきまでまだ見ぬ温泉を楽しみにしてたはずのベアトリーチェは、思わず立ち止まって、その場でだらだらと脂汗を流しだした。