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54.『知らないこと 3』

 女の子たちの買い物が終わると、団員たちは食べ物の屋台がある地区へとたどり着いた。。

 太陽はちょうど空の真上に差しかかっている。もうお昼の時間だ。

「おなかへった~。」

 辺りにただよういい匂いに、ルミはお腹を押さえて声を上げる。

「う~ん、どこか店に入って食べるか?」

「せっかくだから屋台で食べようよ~。」

「そうね。せっかくだからここで食べていきましょ。」

 マーセルの問いかけに、ルミとイレナが答えここで食事をとることになった。

「あー、あそこの鳥の香草焼き食べたい!」

「俺も俺も!」

 団員たちはそれぞれ食べたいものを見つけると屋台の店主に話しかけ、串焼きや具をはさんだパンを買い、そのまま道端でそれを口にしていく。

「どうした?お前も何か買ったらどうだ?」

 マーセルは、何やらきょろきょろしているベアトリーチェに話しかけた。

「は、はい。」

 それでもベアトリーチェはなかなか動こうとしない。

「もしかしてこういう場所に来るのはじめてか?」

 マーセルはこの少年が貴族の出自らしきことを思い出した。世間ずれしていない態度に、上品な顔立ち。本人は何も言わないが所作のひとつひとつが高貴ないでたちであることを伺わせる。

「はい。」

 実際、ベアトリーチェはこういう場所に来たことがなかった。お転婆ではあったものの、歩きながら食事を食べるという経験もない。遠目でみた経験はあったが、この場にあらためて立って見ると大きなカルチャーショックを受けていた。

 このままではずっと食べ歩いているルミたちを見学していそうなベアトリーチェに、マーセルは苦笑してまた話しかけた。

「とりあえず、あそこの串焼きを注文してみろ。あれなら当たり外れがないからな。」

 そう言って串焼きを売っている屋台を指し示す。

 ベアトリーチェはマーセルの顔を目をぱちぱち瞬かせてじっと見つめる。その仕草が、まるで親に本当にいいのか問いかける子供のようで、マーセルはまた笑ったあとその背中を押してやる。

「ほら、行ってこい。」

 ベアトリーチェはまだちょっとマーセルの顔を見つめたが、こくりと頷くと屋台のほうに向かった。

「あ、あの…。」

 話しかけるだけで緊張している姿は微笑ましかった。

「どうしたんだい?お坊ちゃん。」

「串焼きを、ひとつ、ください。」

 喋り方までたどたどしくなっているがなんとか言い切る。

「塩にする?たれをつける?」

「し、しおで。」

「あいよ!」

 気のいい店主は挙動不審な客にも笑顔で答え、串にさした肉を火であぶる。注文を終えたベアトリーチェは、ほっとした様子で少し微笑みを浮かべた。

「お待ちどうさん!串焼きひとつで5コルペだ。」

 コルペは銅貨5枚。

 串焼きを差し出されたベアトリーチェは、皮袋に手を入れお金を取り出そうとする。

 ちゃりんと貨幣に手が触れたとき、ベアトリーチェはこれがマーセルにもらったお金だったことを思い出す。自分が初めて稼いだお金。使ってしまうのが勿体ない。そんな気持ちが沸いた。

 ベアトリーチェはわずかに逡巡すると別の袋からお金を取り出し主人に手渡した。

「ごめんなさい、これでお願いできますか?」

「んっ…えっ!?」

 頷こうとした屋台の主人だが、手渡されたものをみて驚きの声をあげる。

「ええ!?」

「ちょっ!」

 いつの間にかベアトリーチェのことを見ていた仲間たちも同じように声をあげる。

「おい、ベル!」

 慌てた様子で駆け寄ってきたマーセルが、ベアトリーチェの傍にくる。ベアトリーチェは周りがどうしてそういう反応したのかわからずきょろきょろしてしまう。何かまずいことをしてしまったのだろうか。

「おっちゃん、俺が払うよ。」

 マーセルはそう言って主人に自分の銅貨を取り出す。

「え、僕が注文したものですから僕が払わなきゃ。」

「いいから。」

 わけがわからないまま止めようとするベアを無視して店主にそれを渡してしまう。主人のほうも立ち直った様子で銅貨を受け取り、ベアトリーチェへと向き直りその手にしっかり金貨を返した。

 ベアトリーチェが主人に渡したのは金貨だったのだ。

「ぼっちゃん、今度から気を付けなよ。」

「ああ、悪いな。ほら、ちゃんとしまえ。」

 相変わらず状況を理解できないベアトリーチェの手を取り、袋の中にそれを入れさせる。

「お前ら、いくぞ。」

「ええ。」

「うん。」

 マーセルの呼びかけに楽団のみんなも頷く。そのまま一座はベアトリーチェの手を引き

歩き出した。

 そして市場から大分離れた場所まで来て立ち止まる。

「ベルぅ~、あんまりびっくりさせないでよ。まさか、金貨を出すなんて。」

「え、もしかしてこの金貨って使えないの…?」

 どうやら金貨を渡したのが悪かったらしい。大陸で使われている貨幣だと思っていたのだが、もしかしたらここらへんでは価値が無いのだろうか。

「ぎゃあ!もう!ちゃんとしまって!しまって!」

 袋から金貨をまたとりだして見つめるベアトリーチェに、マーサが慌てて縋り付き袋の中にしまわせる。

「ど、どうしたの?」

 ベアトリーチェはマーサの剣幕にまた戸惑ってしまう。

 その様子を見てマーセルは顔を手で覆い溜息をつく。

「使えないっていえば使えないが、お前の考えている理由とたぶん逆だ。」

「逆?」

 首をかしげるベアトリーチェに、マーセルが答える。

「価値がありすぎるんだよ。金貨一枚で普通の人間の半年分の稼ぎになる。お釣りなんてだせないぞ。」

「わたし金貨なんてはじめてみたよ~…。」

 マーセルの言葉にルミが頷く。

「そうなんですか…。」

 何も考えずに渡してしまったが、あの屋台の店主はさぞ困ったのかもしれない。悪いことをしてしまったっと反省していると、マーセルはさらに言葉をつづける。

「それだけじゃない。」

「え?」

 首をかしげるベアトリーチェに、マーセルは真剣な顔をして語りかける。

「そんな大金を大勢の前で不用意に取り出せば、悪い人間からも目を付けられることになる。あの屋台の店主は良い人だったが、そういう人間ばっかりとは限らない。ここらへんは治安がいい方だが、スリだっていないわけじゃない。スリならまだいい。直接暴力で奪い取ろうとする人間も出てくるかもしれない。」

「あっ…。」

 ベアトリーチェはマーセルの言葉に、みんながあの場所をすぐに立ち去った理由を理解する。

「ごめんなさい…。」

 知らなかった。貴族ではない社会で金貨がそんなに価値があることも。それが危険を引き寄せてしまうことも。

 俯いてしまったベアトリーチェの頭に、ぽんっと暖かい手がのせられる。

「まあ、これから気を付ければいいのさ。私たちがついてるからさ。」

 イレナはベアトリーチェの頭を撫でて優しい声で言った。

 顔を上げると微笑むみんなの顔があった。マーセルだけはベアの頭に置きかけた手をぎこちなく戻し、微妙にしかめっ面をしていたが。

「イレナにいいところ取られちゃったな。どんまい。」

「う、うっせぇ!」

 からかうルモに、マーセルが罰が悪そうに言い返す。それがおかしくてベアトリーチェもくすりと微笑む。

「みんな、ありがとう。」

 自分を連れて慌ててあの場所を立ち去ったのも、注意してくれたのもすべて自分を思いやってくれたから。その心遣いが嬉しかった。

「いいよ。気にしないで。」

 ベアトリーチェのお礼に返ってきたのは、マーサたちの笑顔だった。

「とりあえず、商会館に行くぞ。あそこなら金貨も交換できるだろうし。」

「はい。」

「りょうか~い。」

「おー!」

 マーセルの呼びかけにそれぞれが返事をすると、ベアトリーチェと楽団員たちは新たな目的地へ歩き出した。


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