5.『あなたのそばに 2』
アーサーは男たちをひとりひとりベアトリーチェに紹介していく。
まず若い男のうちの一人、赤い髪に茶色の瞳をした男が一歩前に出る。線の細い美しい顔立ちをしているが、その切れ長の瞳は鋭く見る人によっては冷たい印象を抱くかもしれない。
「こいつの名はカイト。宰相として俺の政務に力を貸してもらっている。」
ベアトリーチェはその男の名を聞いたことがあった。まだ若い王を同じく若くして支える優秀な宰相。その有能さは大陸中で噂され、いくら優秀な王とはいえアーサーはまだ若く、彼なくしてはエルサティーナの政務はなりたたないと言われている。
「ベアトリーチェさま。噂に違わぬ美しい容姿を拝見できて光栄でございます。以降お見知りおきをお願いします。」
嫌味なく優雅に挨拶をするカイトに、ベアトリーチェも挨拶を返す。
ベアトリーチェは一度も美しいと噂された覚えなどないが―――いつもいつも噂されるのはレティシアのほうだ。可愛いとなら何度か言われたことはあるが…。―――そこはお世辞と考え笑顔で流す。
「フィラルド王国第四王女ベアトリーチェです。よろしくお願いします。」
ベアトリーチェは正妻になるべくエルサティーナにやってきたが、まだ婚姻をなしたわけではない。1ヶ月後の結婚式まではフィラルド王国の第四王女として客人扱いになっている。
「正妃になったらいくつかの政務をこなさなければならなくなる。カイトはそれを助けてくれるだろう。」
次に紹介されたのは、黒髪を短くかりあげた若い男だった。カイトよりかなり背が高い。もしかしたらアーサーよりもあるかもしれない。体格も引き締まっているが筋肉質で、どことなく無骨な印象を与える。
「近衛騎士団団長のグノーイだ。まだ若いが騎士の長としてとても優秀な男だ。」
ベアトリーチェは武芸にうといので知らないが、エルサティーナで開かれる最大規模の武術大会で何度も優勝する実力を持つだけでなく、政務に関しても特に軍事面で王を助けていた。
「よろしくお願い致します。」
グノーイの挨拶は無骨で短かった。
「はい、よろしくお願いします。」
ベアトリーチェは先ほど王の前で見せた子供っぽさは表に出さず、優雅な微笑で挨拶を返す。
「王宮の警護も任されている。危機が迫ったときも必ずやお前を守ってくれるだろう。」
王とその正妃を守るのは近衛騎士団の最重要任務だ。だから、アーサーは自らが信頼をおく男であるグノーイをその役目につけていた。
カイトとグノーイは、王であるアーサーにとってその両腕であった。優秀でアーサーの個人的な友人でもある彼らは、時に自分の命令に逆らってでもアーサーのために尽くしてくれる。
二人がいるからこそ、アーサーは賢王として大国エルサティーナを治めていられる。
今度紹介されたのは、初老の男の一人。細身でやせ細っていて、頭も禿げ上がっている。しかしその紫の瞳は、どこか子供っぽく輝いている。
「宮廷魔術師のベルドールドだ。普段は王宮ではなく塔に篭っているのだがな。この日のために出てきてもらった。」
ベルドールドは前代の王から宮廷に遣えている魔術師だ。非常に優秀な魔術の使い手なのだが、研究好きで城にいることは少ない。普段はこの国の魔術師が集まる塔にこもって研究ばかりしている。
「大きな魔術など、そう必要とされる時代ではありませんからな。わしにとっては良い時代ですじゃ。よろしくお願いしますの姫さま。塔を訪れてくれた暁には、わしの発明品を御見せしましょう。」
戦争のない今、大規模な魔術が使われることはなく、宮廷魔術師が必要なのはいくつかの儀式のときだけである。それならよしと言うばかりのベルドールドの振る舞いであるが、血に飢えたように戦争魔術の実験を行おうとする魔術師がいる中、ベルドールドの研究は王国の利益に貢献するものも多く世間体はあまりよくないもののアーサーによって容認されていた。
「はい、機会がありましたら是非お願いします。」
ベアトリーチェはちょっと興味を引かれてしまったが、表にだすわけにも行かないので社交辞令という形で答えた。
残り二人のうち中年の男が紹介される。
「クレイドール公爵だ。三大公爵の一人であり、若くしてエラン家の公爵位を引き継いでいる。」
エルサティーナには三人の公爵がいる。どれもエルサティーナ王家に匹敵するほどの歴史を持ち、その権力は小国の王などより大きい。エルサティーナの国の要ともいえ、公爵家全てを敵にまわせば大陸一の大国エルサティーナとはいえ危うい立場にたたされると言われている。
「クレイドールと申します。わざわざ大陸の端にあるフィラルドから、中央にあるエルサティーナまで来られ心細い思いもしていることでしょう。ですが、エルサティーナは大陸一豊かな国です。過ごしてみればこちらの国が故郷と思えるようになっているでしょう。」
小太りの茶髪の地味目な男は、慇懃無礼とも思える話し口だったが、ベアトリーチェは笑顔を崩さずに答えを返す。実際、フィラルドを貶していると思われかねない発言だったが、故郷を必ずしも好いていないベアトリーチェは馬鹿にされたからといって直情的に怒ることはない。
「エルサティーナの素晴らしさは、我が祖国にも聞こえてきます。この国で過ごす日々をとても楽しみにしておりました。」
そうでしょうそうでしょう。とベアトリーチェのそつのない受け答えを聞いたクレイドールは、にやにやした笑みで頷く。
アーサーはそれを見るとすぐに次の男を紹介する。
「同じく三大公爵が一人、ベグルダンだ。ジギル公爵家の当主を勤めている。」
最後に紹介された初老の公爵は、柔和な笑顔を浮かべている。
「ベグルダンと申します、ベアトリーチェさま。我が国にようこそ。居心地よく過ごしていただければ幸いです。エルサティーナの夏はなかなか厳しくございます、我が領には人気の避暑地もあるのでよろしければ陛下と一緒にいらっしゃられてください。最高のおもてなしをさせていただきますよ。」
丁寧な挨拶だったが、きちんとベアトリーチェに取り入ることは忘れない。まつりごとに永く携わってきた男が見せる笑顔と所作だった。
「その折には是非によろしくお願いします。」
ベアトリーチェの快い返事にも笑顔で答える。柔和な笑顔に安心してしまいそうになるが、その心のうちはあまりわからなかった。
「あと一人紹介したいのだが、どうも仕事で遅れて来るようだ。すまないが、ベアトリーチェのほうからも改めて挨拶してくれるか。」
そのアーサーの言葉に、ベアトリーチェはスカートを手で持ち上げ優雅に腰を折り曲げる。
「フィラルド王国第四王女ベアトリーチェです。以後よろしくお願いします。」
ベアトリーチェの整った礼にこの場に集まった男たちは頷く。
「後ろの女性はベアトリーチェさまの侍女でいらっしゃるのかな。」
ベグルダンが相変わらずの柔和な笑顔で言う。
一通り挨拶が終わったせいか、ベアトリーチェの二歩ほど後ろにひっそり控えていたレティシアに興味の目が向けられる。
自分に目が向けられると思ってなかったレティシアは多少焦ったが、表には出さず失礼にならないようすぐさま挨拶をする。
「はい、ベアトリーチェさまの侍女を勤めさせていただいてるレティシアと申します。」
頭を深々とさげ、それから顔をあげる。侍女の礼だが、レティシアがやると貴族の礼以上に美しい。
顔を上げたレティシアの容姿を見た男たちが息を呑むのがわかった。
銀色の美しい髪に透き通るブルーの瞳、真っ白な肌に優美な曲線を描く輪郭はこの世のものではない美しさ表している。
長い間レティシアと一緒にいたベアトリーチェは、そんな男たちの反応は何度も経験してきたことで今更悪感情を抱いたりすることはない。だが、アーサーさまの反応が気になり、ちらちらと目でうかがってしまう。そしてアーサーの翡翠色の瞳が、少なくとも表面上は平常に見えることに安堵の息をついた。
「なんともはや美しい容姿をしている。どこかの貴族の令嬢でいらっしゃるのかな。」
いちはやく硬直から立ち直ったクレイドールが訪ねる。
「いいえ、平民の出でございます。孤児であったのですが、ベアトリーチェさまのお陰で宮廷に召し上げられ侍女を勤めさせて頂いておりました。」
その返事にクレイドールもベグルダンも顎に手を当て少し考えるような表情になる。
「何かしら貴族の血筋を引いているのかもしれませんな。」
クレイドールから出てきた言葉にベグルダンも頷く。