49.『旅の仲間 3』
イレナに連れられ、ベアトリーチェは楽屋にやってきた。
ステージのほうから横にそれ、奥に入ったところにある部屋で、大きめの木造の扉に控室と書いてある。
「はいるよ~。」
そう言うと同時に、イレナは返事も聞かずに扉を開ける。
「おそい~。もうすぐ休憩時間おわっちゃうよ。」
「休憩時間つったって、あのデブおやじ値切ってきたんだろ。半額しかもらえないんだし、もうさぼっちゃおうぜー。」
イレナが楽屋にはいると同時に、あのときステージにいた双子の男の子と女の子が飛びついてくる。
「こらこら、まだ半額と決まったわけじゃないだろ。」
イレナは笑いながら双子に応対する。
「そんなこといっても、魔笛の奏者なんて今からみつかるわけないじゃん。」
「そうよね~。あのオヤジ無茶いってくれるわ。でも無茶を言われてもどうにもならないのが、中小楽団の悲しいところよね。」
「……。」
男の子の言葉に、同意するように頷いたのはステージで歌ってた背の高い少女だ。うしろにはピアノを弾いていた男もいるが、彼は一言もしゃべらない。
「ところで、その子だれ?」
少女がようやくベアトリーチェに気付いて、指をさして首をかしげる。それにイレナは自慢げににやりと笑う。
「やっと気付いたのかい。聞いておどろけ。この子が魔笛を吹いてくれるんだ。名前はベルっていうんだ。」
「よろしくお願いします。」
「おおおおおおおおお!?」
イレナの言葉に三人が感嘆の声をあげる。
「魔笛の奏者が見つかったの!?」
「すごいじゃん。」
「すごいすごいー!」
魔笛は魔力を持っていないと音すら出すことができない。魔法に関するものがほとんど無くなりかけたこの時代、吹ける人間は他の楽器の奏者よりかなり少ない。
「あの、でも、あまり上手じゃないですよ。」
双子からきらきらとした瞳で見られ、ベアトリーチェはちょっとのけぞってしまう。
「吹けるだけですげぇよ。俺、一回試させてもらったことあるけど、全然音がでないんだもん。」
「ねぇねぇ、吹いてみせて~。」
すがりついてこようとする双子を、イレナが止める。
「それよりあんたたち自己紹介がまだでしょ。ちゃんとしなさい。」
「あ、そうねっ。」
イレナの言葉を聞いて、まず双子の女の子のほうが一歩前にでる。胸に手をあて、精一杯そらし、おしゃまな表情を見せながらベアトリーチェに自己紹介する。
「わたしはルミ。この楽団のパーカッションをしてるの。」
それを見て、すぐさま男の子のほうが乗り出し、右手の親指で自分を指しながら元気な表情で言う。
「俺はルモ。打楽器ならルミより俺の方がうまいぜ!」
「はぁ、何言ってるのよ!わたしのほうがうまいわ!」
ルモの言葉に、ルミが眉を吊り上げ抗議する。
「どっちもまだまだ、二人そろってようやく半人前だよ。」
「「えー。」」
イレナの言葉に、同じ表情をして揃って声を上げた。
次に名乗ったのは、背の高い少女だ。そばかすの残る顔には、愛嬌のある表情が浮かぶ。
「私はマーサっていうの。歌を歌っているわ。」
「歌姫っていうにはちょっと鼻がひくいがね、歌ならそんじょそこらの美人には負けないよ。」
「もう、イレナってば酷い~。よろしくね、ベル。」
イレナのからかう言葉に抗議しながらも、マーサは明るい笑顔でベアトリーチェに話しかける。
「はい、よろしくお願いします。」
次にイレナが視線を向けたのは、大柄のピアノを弾いてた男。
「ウッド…。」
みんなの視線をあびた男が呟いたのはそれだけだった。イレナはちょっと呆れたようにわらった。
「すまないね。こいつの名前はウッド。見ての通り無口な男でね。ピアノの腕前は一流なんだけど、口下手な上にこの風貌で貴族受けが悪くてね。おかげでこの楽団に流れ着いちまった可哀想なやつさ。」
「そんなことない。この楽団で弾くのが一番楽しい。よろしく…。」
大きな体の頭が少し傾いたのをみて、ベアトリーチェも頭を下げる。
「ところで、マーセルの奴さっきからなにぶすくれてんの?」
一通り自己紹介が終わったところで、ルモが疑問を口にした。マーセルは楽屋にはいってきてから、一回も喋っていなかった。
「ああ、いつものあれさ。」
それだけの言葉で、4人はああ~っと頷く。
「あれか~。いい加減大人になれよ~。」
「この前なんて凄かったもんね。貴族相手に掴み合いの喧嘩しちゃうんだから。」
「少しは柔軟になれば、問題も起きないと思うんだけどね~。」
口々に言われ、その表情がぴくりと歪む。
「うるさいな。もう時間だ。無駄口たたいてないで行くぞ。」
そう言ってのっしのっしと楽屋からでて行ってしまう。その後ろ姿を見て、ベアトリーチェは不安になる。
「あの…悪いことしちゃったんでしょうか…。」
「そんなことないさ。ただ、あいつは人一倍理想が高いからね。悪いやつじゃないんだけど、たまにああなっちまうのさ。」
そして改まったように笑顔で。
「あんたが私たちをたすけようとしてくれて、みんな感謝してるさ。本当にありがとうね。」
「うんうん、ありがとうね!ベル。」
「ありがとう…。」
4人から口々に感謝の言葉をもらい、ベアトリーチェは微笑む。
「まだ子供なのに、立派な子だよ。」
しかし次にイレナが言った言葉に、顔が凍りついた。
「へ?」
「うんうん、ルミとルモも見習わなきゃならないわね。」
マーサの言葉に、ルミとルモが抗議の声をあげる。
「俺たちだってやればできるんだぞ。」
「そうよ!ルモはともかく私はちゃんとしてるもん!」
「あ、てめー!」
ベアトリーチェは慌てて声を上げた。
「あの、ちょっとまってください。僕はもう大人ですよ!」
だが、ベアトリーチェの言葉に帰ってきたのは、生暖かい視線だった。
「ああ、ごめんごめん。その年になると、もう自分は大人だと思ったりするもんね。」
「言葉づかいもきちんとしてるし、このまま大人になっても十分通用するよ。」
「あと何年くらいで成人だ~?いいなー、俺もはやく大人になりて~。」
ベアトリーチェの頬から汗がたらりと垂れる。
「僕はもう18です!とっくに成人してます!」
ベアトリーチェの叫びに、反応は劇的だった。
「えええええ!うそっ、私より年上なの!?」
「えっ…ほんとうなのかい…?」
「うそだー。俺より2、3歳上なだけと思ってたのに。」
「じゅ、じゅうはっさいなの?」
悲鳴を上げるような声で驚かれる。
「はい…。」
いったい何歳だと思われていたのか。
「それで18かよ…。」
ぽつりと聞こえた声に振り向くと、出て行ったはずのマーセルがいた。
「あれ、マーセルどうしたの?」
「どうしたって、もう時間なのにおまえらが来ないから呼びに来たんだよ。」
そう言った後、ベアトリーチェの方を向き。
「お前もやるんだろ。はやく来い。」
そう言って去って行った。
「あ、はい。」
それを見て、マーサたちは微笑みベルの手を掴んだ。
「それじゃあみんなで、あのケチオーナーに一泡吹かせてやりましょ。」
「緊張しなくていいんだよ。私たちが出来る限りサポートするから。」
「まかせとけ!」
「ルモは自分の心配したら?」
「なんだとぉ!」
楽団の人たちは明るい表情で声をかけあう。
「それじゃあ、みんないってみようか。」
「「「おー!」」」
イレナの掛け声マーサたちが手を振り上げ応じる。ベアトリーチェも小さな声参加した。ベアトリーチェはマーサたちに手を引かれ、初めてのステージへと走り始めた。