48.『旅の仲間 2』
話しかけたベアトリーチェに、青年の反応はあまり好意的でなかった。ベアトリーチェを訝しげな顔でにらみ、不機嫌な口調でたずねてくる。
「あんた何だ。」
「あ、僕は…ベル、ベルって言います。ちょっと旅をしていまして。」
ベアトリーチェは咄嗟に偽名を考え、名乗った。
「魔笛を吹けるって?」
「はい、そんなにうまくはないですけど。」
「帰ってくれ。」
青年の表情はさらに不機嫌になった。
「俺たちは仮にもプロの楽団だ。自分の腕にも自信をもてない奴とは一緒に演奏する気はない。」
断られてしまった。
「そうですか。変なこといってしまってごめんなさい。」
もしかしたら自分の申し出は、楽団の人たちにとって失礼なことだったのかもしれない。そう思ったベアトリーチェは、素直にぺこりと頭を下げて立ち去ろうとした。
「こらっ」
ごつん
「いてぇ!」
何か固いものが打ち付けられる音を聞いて、ベアトリーチェは振り向いた。あっ気にとられた表情をするベアトリーチェの視線の先に、頭を抱えてうずくまるさきほどの青年と、彼と同じ楽団でギターを演奏していた色っぽい女性がいた。
「あんたちょっと待っておくれ。あたしたちに協力してくれるんだって?」
「はい。でもご迷惑ですよね。ごめんなさい。」
「そんなことないよ。マーセルが失礼なこと言ってすまなかったね。良ければ私たちと一緒に演奏してくれないかい?」
「おい、こら!何勝手なこと言ってやがる!」
ざっくんばらんな口調で話しかける女性に、マーセルという名前らしい青年が食って掛かる。
「なにってせっかくこの子が力を貸してくれるっていうから、お願いしようとしただけじゃない。」
「力をかりる?どうみても素人だぞ!」
「吹けるって言ってるんだろう。何もしないよりマシさ。このまま黙ってても報酬を半額に減らされて、馬車の修理代が払えなくなるんだよ。」
ベアトリーチェを置いてけぼりで、二人の口論は激しさを増していく。。
「金の問題じゃない!俺たちはプロなんだぞ。自分たちの音ってものがある。素人が混ざれば演奏の質が落ちる。客にそんなものを俺たちの演奏として聞かせられるか!」
「そんなのやってみなきゃわからないじゃないさ。」
「とにかく俺はこの楽団の団長だ。客にきちんとした演奏を聞かせる義務がある。よく実力も分からない素人なんて、一時でも入れるわけにはいかない。」
マーセルの言った言葉に、女性の瞳が冷たくきらりと光る。
「へぇ、そうかい。それで馬車の修理を頼んだ親方にはまた付けにしてもらって、育ちざかりのルモとルミにおかわりを我慢させて、親方には迷惑かけてもいいってことかい。だいたい、今日のはあんたがとってきた仕事だろ。他にも依頼はあったのに、あんたは一番箱が大きいっていってここ選んじまったじゃないか。ろくに調べもせず。そういうことをきちんとするのが団長の一番の仕事じゃないのかい。」
「ぐっ。」
女性の言葉に図星をつかれたらしい。マーセルは言葉に詰まってしまう。
マーセルが何も反論できないのを見ると、女性はベアトリーチェの方に向き直りにこりとわらった。
「悪かったね。こいつが失礼な対応をしちまって。あたしの名前はイレナ。この楽団の副団長をやってる。といっても、小さな楽団だから役職なんて意味なしなんだけどね。あんたは?」
「僕はベルです。ごめんなさい。あなたたちに失礼な申し出をしてしまって。」
ベアトリーチェの謝罪の言葉に、イレナは苦笑いをする。
「マーセルの言葉は真に受けなくていいよ。まだまだ、あたしらは駆け出しの楽団だからね。それより手伝ってくれるんだって?」
「はい、でもお力になれるかどうかは。」
「いいよ。あんたが吹いてくれれば、あとはあたしたちでなんとかする。よろしく頼むね。」
「わかりました。精一杯がんばるので、よろしくお願いします。」
また頭を下げたベアトリーチェに、イレナもまた苦笑する。
「頭をさげなきゃいけないのはあたしたちのほうさ。すまないね。仲間を紹介するからついてきておくれ。」
そう言ってイレナはベアトリーチェを楽屋のほうに誘い、まだ不機嫌顔のマーセルの襟をひっぱり楽屋へと引きずって行く。
「ほら、あんたも時間がないんだから。とっとと行くよ。」
「俺はおまえを認めたわけじゃないからな。」
そう言って睨んでくるマーセルにぺこりと頭を下げて、ベアトリーチェは二人についていった。