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47.『旅の仲間 1』

 夜も明けた道を歩く途中、通りかかった馬車に拾ってもらったベアトリーチェは、そのまま馬車に揺られひとつの街にたどり着いた。

「ありがとうございます。」

「いいってことよ。」

 馬車を動かす御者にベアトリーチェはお礼を言って馬車から降りた。

「あの、お代を。」

 そう言ってがさごそと袋に手をいれるベアトリーチェに、御者は顔をしかめて言った。

「いらねーよ。営業前についでに乗せただけなんだから。気をつけろよ、お坊ちゃん。」

 ぶっきら棒にそう言って、御者はさっていった。ベアトリーチェはもう一度頭を下げて、それを見送る。

 彼は王都とこの街をつなぐ定期便の御者らしい。運行前に街へと向かう馬車に、ベアトリーチェを乗せてくれたのだ。

 親切な御者を見送った後、ベアトリーチェは街を見渡した。王都からはだいぶん離れた街だ。交通の要所らしく、なかなかの繁栄を見せている。

 次の街までどうしようかと思ったベアトリーチェの目に、大きめの食堂が目に入った。そういえば、もう昼時かもしれない。

 誘われるように食堂へ入ったベアトリーチェは、中を見回す。

 食堂の中は広く、丸いテーブルを旅人や地元の住人たちが囲んでいる。その奥にはステージがあって、旅楽団らしき人たちが今も準備をしていた。

「おひとりさまですか?」

「あ、はい。」

 ウェイトレスに席に案内されたベアトリーチェはメニューを受け取る。

「ご注文はお決まりですか?」

 しばらくしてまたやってきたウェイトレスに鶏肉のシチューを頼む。

 王族生まれのベアトリーチェにとってはじめての経験だった。

(うまくできただろうか。)

 どきどきしながら待つベアトリーチェのもとに、シチューが運ばれてくる。ほっとしてベアトリーチェはシチューを口に運ぶ。

「美味しい。」

 空腹のお腹に温かい味が広がった。

 シチューをゆっくりと口に運ぶベアトリーチェの耳に、バイオリンの旋律が聞こえてきた。高く伸びる優雅な音。それに優しく響くギターの音が混じって行く。ピアノは美しく繊細なメロディを奏で、それに打楽器が楽しげにアクセントを付ける。食堂中に響く歌声は、透明な湖のように澄んでいながらもはっきりと力強い。

(音楽を聞くのは久しぶり。)

 後宮にいるときは、自分を勇気づけるため魔笛を吹いたりしていたものの、他の人の演奏を鑑賞することはできなかった。

 聞こえてくる演奏は王宮所属の楽士たちに負けないほどの技術だった。でもそれ以上に、心にやさしく響いてくる。久しぶりに聞く音楽に、ベアトリーチェの傷を負った心は少し癒されていく。

 ベアトリーチェは食事の手を止め、楽団たちの演奏に耳を傾ける。

 ステージ上の彼らはまだ若い6人の男女だった。バイオリンを奏でているのは、長い髪を後ろでたばねた甘いマスクの青年だ。ピアノを弾いているのは、まるで兵士かと思うようながっしりとした男。なのに太い指は魔法のように鍵盤をすべり繊細な音を奏でる。ギターを弾いているのは巻き髪のどこか色っぽい女性。歌い手は背は高いのに、顔はそばかすが残って幼さが残る少女。打楽器を鳴らすのはそっくりな顔の男の子と女の子。双子なのかもしれない。

 楽団たちはいろんな曲を奏でていく。食堂の人たちはベアトリーチェも含め、その演奏に聞き入っている。楽しげな民謡、美しいバラード、激しい歌曲、聞いたことのない曲もたくさんあった。

 ベアトリーチェは純粋な気持ちで彼らの音楽を楽しんでいく。後宮での辛いできごとは旅だったベアトリーチェの心に寂しさを与えていたが、それもこの瞬間は忘れていられた。

 時間はあっという間に過ぎ去って行った。

「音楽っていいなぁ~。」

 ベアトリーチェはそう呟いて、演奏を終え休憩に向かう彼らを見送った。食堂のたくさんの客たちが彼らに拍手をしている。ベアトリーチェも小さく手を叩いた。

 ベアトリーチェは暖かい気持ちで食事を再開した。シチューはもう冷めていたが気にならない。さっきの音を反芻し、ゆっくりスプーンを進めていたベアトリーチェの耳に口論が聞こえてきた。

「おい、報酬を半分しか払えないってのはどういうことだよ!」

 顔を向けると、先ほどの楽団のバイオリンを弾いていた青年だった。でっぷりとした腹の中年の男に向かって怒鳴りつけている。

「わしだって全額ちゃんと払ってやりたいがね~。あんたたちの演奏がねぇ。」

 中年の男の方はにやにやと笑いながら、青年の言葉に答える。青年の表情に怒気が増していく。

「俺たちの演奏に不満があるってのか!」

「確かにあんたたちはうまかったよ。でもねぇ、魔笛の奏者がいなかったじゃないか。」

 厭味ったらしく喋る中年の男を見て、地元の客たちが呆れたように話し始める。

「あーあ、またシギルのケチがはじまった。」

「あれでやり手気取りなんだから困ったもんだ。親父は立派なオーナーだったのになぁ。」

「親父が立派だから、慢心してああなっちまったんだろ。呆れたもんだぜ。」

 どうやら中年の男は、この食堂のオーナーのようだった。

「魔笛なんか無くても俺たちは立派にやってる!そこらの楽団には負けない演奏をしている!」

「でも魔笛っていったら楽団にとっては花形さ。それがなきゃ、いくらがんばったって片手落ちだ。全額払ってほしけりゃ休憩の間に魔笛を吹ける奴をつれてきな。」

 そういってオーナーの男は去って行った。

「あーあ、魔笛をふける奴なんてそこらに転がってるわけもないのに無茶いいやがる。」

「あの楽団たちも不運だったなぁ。いい演奏してたのに。」

 ベアトリーチェは思った。このままでは彼らが可哀想だと。彼らの優しい演奏は自分の心をいやしてくれた。

 後宮にはいられなくなって旅に出た。出て行ってからも心の中には不安や苦しみが渦巻いていた。そんな自分に音楽が楽しいものだと思い出させてくれたあの楽団の人たち。

 自分は魔笛を吹ける。趣味でやってきただけだから、ぜんぜん下手だけど。だけど、もしかしたら彼らの力になれるかもしれない。

 それに…心の奥では、彼らと一緒に一度音楽を奏でてみたいと思ったのかもしれない。

 ベアトリーチェは勇気を出して席を立ち、青年の方に向かった。

「あの、わた…僕が吹きましょうか?」


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