38.『価値無きモノ』
次の瞬間、立っていたのは、さらわれた後宮の部屋だった。
フラウとカーラは、王妃を見る。
「ビーチェさま、ビーチェさまぁぁ。」
迷子の子供のように、泣きじゃくるレティシアさま。優しく凛々しく優秀だと評判される王妃のその姿は、王宮の誰もが見たことないものだった。
「レティシアさま!」
レイアは不敬だと承知しながらも、王妃の顔をあげ両手であげさせ、瞳をあわせた。
「ベアトリーチェさまはまだ生きてます!助けを呼びカルザスたちを倒せば、救出することができるかもしれません!それにはあなたを、安全な場所まで送り届けなければいけません。あなたが早く避難すれば、それだけベアトリーチェさまを救える可能性が増えます。」
「ビーチェさまが、助かる…。」
涙で濡れた顔で、王妃はレイアを見つめた。
「はい。」
レイアは強く頷き返す。
ぐしっと、レティシアは涙を拭うと、泣くのを堪えるように立ち上がった。
「行きましょう。」
こくんと頷く王妃は、レイアについて王宮の方へと向かう。時折ふらつくレティシアの体をフラウとカーラが支える。
レイアも、フラウも、カーラも、身を犠牲にして自分たちを助けてくれたあの少女に、助かってほしいと願っていた。
***
アーサーたちは近衛騎士団たちを連れ、砦から3キロほど離れたところに展開していた。
緊急事態とあって、その隣には宰相のカイト、騎士団長のグノーイが控えている。
王妃が人質にとられている以上、アーサーたちの側からはむやみに手出しはできなかった。戦況は膠着していた。
アーサーたちの陣地に、驚くべき知らせた届けられたのは、カルザスたちが雇った傭兵たちとにらみ合って、6時間ほど経ったころだった。
「レティシアさまが救出されただとっ…?」
突然の報告に、冷静なカイトが驚きの声を上げる。
「それは本当なのか?」
報告に来たのは、部下の騎士から連絡を受けたという位の高い騎士だった。
「は、はい。城に残した騎士たちもたしかに確認したと言っております。」
「それは朗報だ。」
グノーイも頷く。
「砦に潜入できた騎士がいまして、レティシアさまを助け出して脱出したそうでございます。」
「その騎士には褒章を授けよう。」
アーサーの言葉に、報告しに来た騎士は跪きながら言葉をつづける。
「それと…。」
「なんだ?」
報告する騎士の顔は戸惑った様子だった。
「ベアトリーチェ…さまが、敵に囚われたようでございます。」
「ベアトリーチェだと!」
がばっと立ち上がったのは、アーサーだった。いつにない感情を乱した様子に、一同が驚く。
「何故ベアトリーチェが!」
「は、はい。脱出するとき、一人だけ取り残されたようでございます。」
アーサーは椅子に座り込んだ。
ベアトリーチェが囚われただと…。どうしてそんなことに…。巻き込まれてしまっていたのか。
思考の渦に陥りそうになる。しかし、それを振り払った。剣を抜き放ち、側近に告げる。
「今からカルザスたちの砦を攻めるぞ。準備をさせろ。」
助け出さなければいけない。一刻も早く。
「お待ちください。」
しかし、冷静な声がそれを遮った。カイトだ。
「なんだ。」
「城に戻りましょう。レティシアさまを失った以上、カルザスには陛下を殺すか、レティシアさまを再びさらうしか方法がありません。敵は傭兵といえど、人数は互角、万一ということがあります。そんな中、レティシアさまと、アーサーさまが分散していては守りにくい。城に戻って、防護を完璧とし、国軍が戻るのを待ちましょう。カルザスの討伐は国軍が合流してからすべきです。」
その声はどこまでも平静だった。
「ベアトリーチェはどうなる!」
「彼女は、側妃です。王妃と陛下の安全には代えられません。それも、最下位の第八妃。民たちの人気も無く、祖国からも見捨てられている。見捨てても何も問題はおきません。危険を犯してまで、助ける必要はありません。」
「………。」
アーサーは黙りこくった。
王として行動しながら、自らの勝手で彼女を閉じ込めていたつけが今、回ってきていた。
「命令だ。カルザスたちへ近衛騎士団を向かわせろ。」
「出来ません。王命を無視してでも、陛下をお守りするのが側近の役目です。」
カイトは首を縦に振ろうとはしない。グノーイも、無言だが同じようだった。
「わかった…。」
王がそう言い、カイトは安堵した。
「私ひとりで砦へ向かう!」
次の瞬間、アーサーは自らの馬へと駆け出し、飛び乗った。
ベア…、頼む、無事でいてくれ。
カイトは目を見開いたが、すぐにグノーイの方へ向く。
グノーイはそれより早く、馬に飛び乗り陛下を追う。
「何をしても構わん!陛下をお止しろ!」
若くして騎士団長となったグノーイは、馬術においても優れていた。やがて、アーサーの乗る馬に追いつく。
「邪魔をするな!グノーイ!」
「陛下、ご無礼を!」
グノーイの拳が、アーサーの鳩尾にめり込む。手加減は一切しなかった。
大きな衝撃に、意識がうすらいでいく。
(ベア…。)
愛しい少女の影が、消えゆく意識の中で浮かんだ。
***
レイアはレティシアを、城に残った近衛騎士たちのもとへ送り届けた後、すぐさま馬を走らせ陛下たちがいる陣地へと向かった。
はやくベアトリーチェさまの救出を。考えるのはそれだけだった。
陛下に直接報告することは許されなかったが、伝令につたえることはできた。
レイアは自分の部隊の陣地に戻ると、戦いの準備をはじめた。
必ず、ベアトリーチェさまを助けて見せる。
万全を期し剣を研ぐ。はやる気持ちで出陣の命令を待ちわびた。
周りの騎士たちが、野営陣地を片付けはじめたのは、レイアが戻って半刻ほど経った頃だった。
「な、何をしているんだ?」
レイアは戸惑い、周りの騎士に聞く。
「城へ戻るそうだ。レティシアさまが助かったからな。本当にお手柄だったな。うらやましいぜ。」
男の騎士は笑いながら答える。
「なんだと!?ベアトリーチェさまはどうなる!」
レイアはその言葉に叫び返す。
「第八妃だろ。助ける必要なんかないだろう。むしろ囚われたままのほうが、みんな喜ぶんじゃないか?」
「なっ…。」
レイアは騎士のあまりの言い草に言葉を詰まらせた。しかし、同時に思い出す。以前までは自分も同じように思っていたことに。
「レイア、良くやったぞ。」
横から話しかけてきたのは、所属する騎士団の隊長だった。騎士といいながらも、出世と金勘定ばかり考える男で、レイアとは馬が合わなかった。しかしいつになく上機嫌に、隊長はレイアに話しかける。
「レティシアさまを助け出したとなれば、我が隊の名誉も鰻登りだ。この隊ごと褒章がもらえるかもしれん。がっはっは。」
この男の勝手な皮算用など聞いていられなかった。
「隊長、私は失礼します。」
「むっ、どうしたのだ?」
「ベアトリーチェさまを救出に行かなければなりません。」
「そんな命令は出ていないぞ。それに騎士団は撤退する。」
「関係ありません。」
隊長に一言だけ報告して、武器を置いたテントへと向かう。たとえ一人でも、この命にかけて、あの人を助ける。
準備を終えテントを出たところで、後ろから拘束される。
「なにをするつもりだ。お前たち!」
拘束したのは同じ隊の騎士たちだった。目の前にはにやにやと笑う、隊長がいた。
「どういうつもりですか。隊長。」
隊長は馬が合わないこともあって、単独行動をするレイアを止めたことなど今まで一度もなかった。何故、こんな時に限って…。
「お前は国の英雄なのだ。死なせたらは我が隊の責任になりかねん。それは困るのだよ」
俗物がっ…。苛立ちに歯ぎしりする。
「離してください。私が英雄というなら、ベアトリーチェさまも英雄です。助け出さなければなりません。」
「あれは、性の悪い魔女だ。レティシアを助けたなど誰も信じん。実際、私も信じていないしな。大方、計画の途中で怖気づいて、カルザスたちを裏切ったというところだろう。魔女にはふさわしい末路だな。」
隊長の言い草に、頭の血が沸騰しそうになる。以前は、自分もそう思っていたのに、ベアトリーチェさまを無責任に罵る言葉が、誰かの口を出るたび怒りに我を忘れそうになる。
「あの方はそんな方ではない!」
「ふん、魔女の魔法で洗脳されたのではないか?いいから大人しく戻れ、単独行動は今後許さんぞ。」
「離せ!」
思いっきり体を動かし、拘束を抜ける。手が動き、隊長の頬を殴ったが気にしなかった。
「き、きさま!おい、全員でそいつを捕らえろ!手荒にしてもかまわん!ただし顔だけは傷つけるなよ!」
「は、はい!」
戸惑いながらも、周りの騎士たちは命令に従う。
「きさまら!離せ!」
多勢に無勢で、最初の拘束時、武器を取られていたこともあり、レイアは再び捕まってしまう。
「営倉にぶちこんでおけ!」
レイアはそのまま頑丈な檻の中にいれられる。
「だせ!ここからだせ!」
「しばらく大人しくしていろ。勲章の授与式までには出してやろう。」
隊長はそう言って去っていく。馬車とつながれた営倉は、そのまま城まで向かう。
「ここから私を出してくれ!頼む!」
レイアは鉄の格子を殴りつけた、手がやぶけ血で滲んでいく。
「ベアトリーチェさまと約束したんだ!必ず助けると。」
声は大きく、絶叫していた。
「あの人がいなければ、レティシアさまを助けることはできなかった!あの人が勇気を出して砦から抜け出し、助けを求めてくれたからこそ、レティシアさまを救い出せたんだ!」
手の皮が破け、血が飛び散る。それでも鉄の格子は開きはしない。
「レティシアさまを助けられなければ、この国も国王も大変なことになっていた。あの人はそれを救ってくれたんだ!」
レティシアさまを人質に取られたまま、事態が膠着すれば他国につけこまれ国は荒れて行っただろう。もし間違ってレティシアさまが殺められたりすれば、エルサティーナは各国の大きな非難にさらされ、国力を衰退させただろう。深刻な国の危機だった。
それをベアトリーチェさまは一人で救い出したのだ。
「私もあの人に助けられたんだ!」
そう、自分もあの人に助けられたのだ。
あの状況で後宮に兵士がいる可能性なんてほとんど無かった。それでもあの人は、自分を城に戻す理由を言った。戦闘力のある私が、あの状況では一番命の危険があったから。
彼女を信じず、自分ひとりしかついてこなかった私。そんな私ですら、思いやってくれた。自らの命の危険をかえりみずに。
「私は英雄なんかじゃない!あの人こそ真の英雄なんだ!」
声は叫び枯れ果てる。それでも、レイアは叫ぶ。
「頼む、ベアトリーチェさまを助けなければならないんだ!ここから私をだしてくれ!」
だが、その声を聞こうとする者はいない。その言葉を信じるようとする者はいない。
魔女の噂が、全ての思いを阻み、レイアの叫びは虚空にだけ響き続けた。
***
そして近衛騎士たちは、全て撤退した。
もう、助けは来ない。




