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37.『岐路』

 ベアトリーチェたちは、魔法装置がある間へと向かう。

 先頭を走るのはベアトリーチェだ。それにほぼ並走するようにレイアが走る。レティシアはその後ろを走り、フラウとカーラがそれについていく。

「あそこよ。」

 ベアトリーチェの差した先に、8人ほどの黒い鎧を着た兵士たちが立つ扉が見える。

「あれはレティシアさまと侵入者だ。捕まえろ!」

 あちらもベアトリーチェたちに気付いたらしい、指を差してこちらへと向かってくる。

「下がっていてください。」

 レイアがベアトリーチェを手で制し先行する。

 敵は三人、レイアへと向かってくる。

 邂逅。

 白刃が舞い三人の兵士たちが地に倒れ伏す。

「なっ…。」

 その後ろいた兵士が、レイアの腕前に一瞬、たたらを踏む。その隙を見逃さず、懐に入り斬り付けた。

「ぎゃあっ!」

 あと4人。レイアは剣を構えなおした。

 相手はレイアの腕前に警戒しているらしい。剣を構えたまま、動かない。

(まずい…。)

 時間がかかれば、カルザスたちの追手が来る可能性がある。

 しかし、レイアの腕でも、隙をつかなければ1対多ではリスクが大きい。それでも、にらみ合いをこれ以上続けるのはまずい。飛び込もう。

 そう。レイアが決めた時。

 自分の背後から、姿勢を低くしてベアトリーチェが飛び出した。レイアに意識を集中していた兵士たちは、突然少女が飛び出してきたことに驚く。

「えい!」

 自分が渡した鞘を下から振り上げ、兵士の顎を叩く。

「ぐはっ。」

 兵士が一人気絶する。

「き、きさまぁ!」

 残った兵士たちはいきなり飛び出したベアトリーチェに、剣を振りかぶる。

「くっ!」

 レイアは全速力で距離を詰め、三人を一太刀で斬った。ベアトリーチェに向かった剣が、逸れ床を叩く。ベアトリーチェは傷一つなかった。

 その姿にレイアは安堵したが、やがて怒りがこみ上げる。

「下がっていてくださいと言ったではないですか!」

「えっ、レティたちに言ったんじゃなかったの?」

 ベアトリーチェは目を丸くして驚いた後、レイアの表情を見て申しあけなさそうな顔をして言った。

「えっと…。ごめんなさい…。」

 レイアは上目づかいに見つめられ、溜息をつくしかなかった。

「まあ、いいです…。」

「良かった。それじゃあ、部屋に入りましょう。追手が来る前に脱出しないと。」

 ベアトリーチェはすぐに部屋の方に向き直り、扉の中に入ってしまった。横を向くと、レティシアさまが少し泣きそうな顔でその背中を見ていた。


***


 部屋の中には、2メートルぐらいの大きな魔法陣とがあった。

「たぶん、これだわ。」

 ベアトリーチェは魔法陣の模様を見て後宮から連れ去られたときと同じものだと思い出す。

 魔法装置はアラスト聖国時代の遺産だ。そのほとんどが、現代の技術では製造できない。魔術師たちにできるのは調整がほとんどであり、製造できるものは一握り。しかも大したものは作れない。転送の魔法装置といえば、遺産の中でも大変貴重なものになる。

「これで後宮まで移動できるんですね。」

 カーラが嬉しそうに言う。

「でも、どうやって動かすんでしょうか。」

 フラウはまだ少し不安そうな表情だ。

 魔法陣は地面に描かれたまま、光を失っている。

「魔力が流れてないみたい。」

 ベアトリーチェは魔笛を吹けるのと同じで、魔力の流れを感じることができる。扉の時と同じように魔法陣に触れてみたが、魔力を感じることはできない。

「どこかにスイッチがあるのかも。」

「スイッチですか…。」

 4人は部屋を見回した。

「あ、ビーチェさま!あったかもしれません!」

 レティシアが声を上げて、ベアトリーチェに知らせる。その目の先には、エルサティーナの王家の紋章が掘られた金の鎖があった。

 レティシアはそれを握ろうとする。

「待って、罠があるかもしれないわ。」

 ベアトリーチェは静止するが、既にレティシアの手は鎖を握っていた。次の瞬間、ぽわっと光が生じレティシアの周りを四方に覆う。

「えっ、え!?」

「レティ!」

「レティシアさまぁ!」

 ベアトリーチェたちが悲鳴を上げる。しかし、それ以上は何も起こらなかった。

「ベアトリーチェさま、魔法陣が。」

 見ると、さっきまで何も反応のなかった魔法陣が光を放っている。ベアトリーチェは魔力の流れを感じた。スイッチはこれで良かったのだろう。

 しかし…。

「レティ、出てこられる?」

「無理みたいです…。」

 壁はレティを傷つけないが、出してもくれない。これでは脱出できない。

「鎖を離してみて。」

「はい。」

 レティシアが鎖を放つと光の壁が消えた。しかし、魔法陣の光も消える。

「これは…。」

「レティシアさまが魔法装置をつかって逃げられないように、仕掛けを作っていたのか。」

「うそっ…。せっかくここまできたのに…。」

 レイアたちは沈黙する。

 これではレティシアさまを連れて脱出できない…。追いかけていた希望が失われたことに、レイアは歯をかみしめ、フラウたちは俯く。

「大丈夫よ。私が触れても魔法装置は発動するはず。」

 そう言うとベアトリーチェは、レティシアの手から鎖を取った。そして握る。ベアトリーチェの周りを光の壁が覆い、魔法陣が魔力を取り戻す。

「ほらっ、これで逃げられる。はやくみんな乗って。」

 レティシアはそれを見て顔色を変えて言った。

「それではビーチェさまが逃げられないじゃないですか!」

「私は残るわ。」

 ベアトリーチェは静かに答えた。

「そんな!」

「そんなの駄目です!」

 レイアたちの声を塞ぐように、レティシアは叫ぶ。

「私が残ります!私が残ればビーチェさまたちは脱出できます!」

「レティ、あなたはこの国の王妃なのよ。」

 ベアトリーチェの声はゆるぎない。

「敵の狙いはあなたなの。あなたが脱出しなければ意味がないの。」

「いやです!別の方法を探しましょう!一緒に逃げましょう!」

「あなたがカルザスに捕まれば、この国に大きな危機が訪れる。争いが起こり、たくさんの国民が巻き込まれる。あなたはそれを防がなきゃいけない。お願い、魔法装置を使って逃げて。」

「ビーチェさまを残していくなんていやです!そんなのいやです!」

 いつもはベアトリーチェの言うことを聞いてくれるレティシア。しかし、この時ばかりは、言うことを聞こうとしなかった。

 ベアトリーチェはその姿を見て、厳しく叱りつけるように言った。

「レティ、あなたは望むとも望まぬとも王妃なのよ!この国に暮らす人たちを守らないといけない!そのために今、あなたの身を守らないといけない!あなたにはその義務があるわ!」

 そして沈黙するレティシアに、優しげに微笑んだ。

「レティ、私、嬉しかったよ。レティが王妃として活躍している噂を聞いて。素晴らしい王妃としてみんなに愛されてると聞いて。私の友達のレティは、こんなにも素晴らしいんだって。誇らしくて、自慢で。レティ、あなたはこの国で必要とされているの。城にはあなたの帰りを待つ人がいっぱいいる。あなたはその人たちの元に帰らなきゃならない。お願い、レティ、逃げて。」

 レティシアはベアトリーチェの微笑みを見て口を閉じていた。しかしまた首を振る。

「いやです。絶対に嫌です。」

 目に涙を浮かべ、駄々っ子のようにしぐさで何度も首を振った。

 その姿を、ベアトリーチェは困ったような、それでも愛おしそうに見つめる。そして瞳を閉じ、ひとつ息を吸い込む。

 そして目を開き、強い声で言った。

「レイアさん、レティを連れて行って。」

「えっ、なにを。」

「レティを拘束して、魔法陣の中へ。後宮に飛ばすわ。」

「ビーチェさま!?」

 レティシアが悲鳴のような声をあげる。

 レイアは二人の会話を、茫然として眺めていたが、ベアトリーチェの言葉に意識を取り戻して言った。

「私も残ります。そうすれば逃げられるかもしれません。助けがくるまでの時間稼ぎになります。」

「だめよ。」

 しかし、ベアトリーチェの返答は早かった。

「敵が後宮にいないとは限らないわ。あなたは近衛騎士、王妃を守る義務があるわ。あなたの使命はレティを安全なところまで送り届けることのはずよ。」

「はい…。」

 ベアトリーチェの言葉に、レイアは反論できなかった。

「レティシアさま、行きましょう。」

 レティシアの肩を掴んでいった。

「いやです!」

 しかし、レティシアはベアトリーチェの傍を離れようとしない。ベアトリーチェは、フラウとカーラの方にも向き言った。

「あなたたちも手伝って。レティを魔法陣の中心へ。」

「は、はい…。」

 二人の侍女は青い顔をしながらも、レティシアの体にしがみついて、その体を魔法陣の中心へと引きずる。

「いや!いやあ!」

 レティシアは泣きながら、暴れて逃げ出そうとする。しかし、三人に拘束されその体はじょじょに魔法陣へと向かう。

「離して!私もここに残る!」

 レイアは暴れる王妃を引きずりながら、ベアトリーチェの方を向き言った。

「必ず助けに戻ります。」

「ありがとう。」

 ベアトリーチェは安心させるように微笑んでお礼を言った。

「いやです!ビーチェさま!」

 レティシアの手が、ベアトリーチェを追い求めるように宙に揺れる。

「離して!離してよ!わたしが、私が王妃になったのは、こんなことのためじゃない!ビーチェさまをっ…!」

 泣き叫ぶレティシアの声は、うまく最後まで言葉にならなかった。

 レティシアの体が魔法陣の中に入った。ベアトリーチェは鎖を強く握り締め、最後の微笑みを浮かべる。

「レティ、元気でね。」

「いや、いやあああああああ」

 レティシアの悲鳴は途中で途切れた。

 発光する魔法陣は、一際大きな光を放ったあと、その力を失った。その円の痕には誰もいない。

 今だ耳にこだまする、レティシアの叫び。

 ただ一人残された砦で、ベアトリーチェはほっと息を吐いた。


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