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3.『カンティアの花』

 王宮についたベアトリーチェはひととおり歓迎を受けたあと客室に案内された。

 アーサーは重要な会談があり出迎えにはこなかったが、それが終われば会うことができるらしい。5年ぶりの再会に、ベアトリーチェは胸の鼓動をおさえきれなかった。

「うーん、この髪型おかしくないかしら。アーサーさまに子供っぽくおもわれないかしら。レティ、どう思う?」

 通された客間で何度も鏡をみながら、レティシアに問いかけるベアトリーチェ。

 あまり好きではない髪油もアーサーさまのためなら気にならないらしい。蜂蜜色の髪を後ろでアップ気味にまとめ、横はちょっと癖をつけゆるいロールを描くようにする。

「とっても良くお似合いですよ。ちゃんと立派なレディに見えますよ。」

 そう言いながら、レティシアは主人につけるべき装飾品を吟味する。

 童顔で小柄なベアトリーチェはあまり大人っぽい装いは似合わない。だが、子供っぽくしすぎると、本当に幼く見えてしまう。侍女としての腕の見せ所だった。

 まだ約束の時刻まで、一時間もあるのだが二人は真剣だった。

 アーサーとベアトリーチェが最期にあったのは、アーサーが18歳、ベアトリーチェが10歳のころだ。アーサーが国に帰った後に、レティシアはベアトリーチェの侍女になったので直接の面識は無い。だか何度もベアトリーチェの口からアーサーの人となりを聞かされていた。

 主がそれほどまでに思う相手なら、後押しするための手間は惜しまない。

 ちゃんとビーチェさまが大人な女性であることを示しつつ、ビーチェさまの魅力を損なわない装い。それがレティシアの目指すとこだった。

「う~ん、どれにしましょうか。」

 いくつか並べた髪飾りの中からどれを選ぶか、レティシアは眉に珍しく皺をつくり吟味する。

 第四王女としてあまりフィラルドでは優遇されてこなかったベアトリーチェだが、レティシアのおかげで数は多くないもののセンスの良い装飾品が取り揃えられていた。

「そのルビーのは?」

 そういうベアトリーチェは、机に並べた中から赤い宝石が中央に輝く髪飾りをぱっと自分で取ってしまう。それを頭に乗せレティシアのほうを振り向き、首をちょこんと傾げ訪ねてくる。

「どうかしら?」

 ベアトリーチェの選んだ髪飾りは確かに本人に似合っていた。

 だが、レティシアの眉間の皺は刻まれたままだ。

 赤い宝石が蜂蜜色の髪と引き立てあい、ベアトリーチェらしい魅力を存分に引き出している。しかし、それはレティシアの意図するものとは違った。

 ベアトリーチェの魅力はその内からあふれるような快活さと無垢さであり、それは子供っぽさと同居していた。ルビーの輝きは、ベアトリーチェの快活さを見たものの胸に刻むだろうが、同時に子供っぽさをも強調してしまう。

 もっと違う何かが必要だった。

 アーサーさまへビーチェさまの魅力を最大に伝える装い…。

「そうですわ!」

 その時、レティシアの頭にピーンとひらめきが浮かんだ。

 サファイアやエメラレルドの髪飾りが並んでいる机を離れ、ベアトリーチェの装飾品がしまわれているバッグのほうへと向かう。

 そしてひとつの髪飾りを取り出す。

「あ、それって!」

 ベアトリーチェはレティシアが取り出したものを見てびっくりした顔をした。

 レティシアの手にとったのは、紫色の花の装飾がついた髪飾り。それはカンティアと呼ばれる花を模していた。その花飾りは丁寧に彫られていてとても美しいが、貴族が付けるような豪奢なものではない。

 事実、お忍びで街に降りた折に露天で見つけて気に入ったて買ったもので、あまり華美な生活は送ってないベアトリーチェとはいえ、彼女が普段つけている装飾品と比べると価値に天と地ほどの開きがあった。

 だからベアトリーチェはその髪飾りを公の場でつけたことはなく、部屋にいるときに付けて楽しむのに留めていた。

「大丈夫かしら。綺麗でないって思われるだけならまだいいけど、無礼だなんて思われたら。」

 一国の王の前で名も知れない露天で買った髪飾りをつけるのはためらいがある。

 ベアトリーチェはレティシアを不安げに見上げる。

 だが、返ってきた彼女の微笑はひとかけらの曇りもないものだった。

「宝石や貴金属の装飾が必ず必要なわけではありませんわ。このように簡素な装いでもベアトリーチェさまの魅力は十分伝わります。それに」

 レティシアの腕が動き紫の髪飾りをベアトリーチェの頭につける。

 そして一呼吸置いた後。

「あの方はお花を好きでいらっしゃるのでしょう?」

 レティシアの言葉に、ベアトリーチェの目がわずかに見開く。

「うん。」

 短く答えたベアトリーチェの頬は染っていた。見開かれた目は今度は細められ何かを思い浮かべるようにして鏡にうつるカンティアの花の髪飾りをつけた自分を見つめる。

 それは二人だけの秘密。アーサーはカンティアの花を好む自分を男らしくないと言って恥ずかしがっていた。そして偶然それを知ったベアトリーチェに誰にもいわないよう口止めしたのだ。ベアトリーチェは約束どおり誰にも話すつもりはなかったが、親友であるレティシアだけは例外だった。だから、今は三人だけの秘密。

 ベアトリーチェは髪飾りをそっと抑えると、瞳の先に愛おしい人の影を思い浮かべた。

「アーサーさま、綺麗って思ってくれるかしら。」

「はい。」

 恋する少女の顔になり呟く王女の言葉に、彼女をいとおしげな瞳で見守る侍女は勇気付けるようにそっと肩に手を置くと笑顔で頷いた。



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