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28.『花は散り 4』

 薔薇園の向こうに大好きなアーサーさまの背中が見えた。アーサーさまの誕生日、神様に与えて貰えた奇跡だと思った。

「アーサーさまっ…!」

 両手で大事に持つのはカンティアの花とこの日のために用意した時計。喜んでくださるだろうか。久しぶりに笑顔を見せてくださらないだろうか。取りにいくとき怒られてしまったけど、それでもアーサーさまのために用意した大切なプレゼント。

 息が切れ、声も出せなくなったけど、それでもアーサーさまの背中だけを見つめて走り続ける。

 大好きな人に、一番大切な人に、その人の生まれた日に、自分も祝いと贈り物を届けたくて。

 今日は会えるとは思っていなかった。それでも手渡したかった。他の方法では嫌がらせに会わないか不安だったのもあった。

 その思いが叶う。アーサーさまにプレゼントをちゃんと渡せる。だから一生懸命走った。この日のために用意したプレゼントをしっかりと、でもつぶさないように優しく抱きしめながら。

 息を付きながら駆け寄った。

 その先、見えたのは、寄り添いあうアーサーさまとレティの姿。

 浮かべていた笑顔は凍りつき、足は地面に固まる。

 美しい薔薇園の中、誕生日に誰もいない場所で逢瀬を交わす王と王妃。側妃の自分がこの場所にいてはいけない存在だということは分かる。アーサーさまを見つけたとき胸に膨らんだ嬉しさは無残に潰れ、潰れた隙間から刺すような痛みと寒さが入り込んでくる。

 早く立ち去らなきゃ。そう思うのに、足は少しも動いてくれない。

 そして目に映る。レティの手からアーサーさまに渡されようとしているプレゼントが。

 カンティアの花。アーサーさまが大好きな花。私の大切な思い出の花。

 それは綺麗な布に包まれ、美しく咲き誇っていた。一目で手間とお金がかけられた立派なものだと分かる。自分の手の中にあるのはただの野の花。美しくても、小さく不揃いで数もない。ベアトリーチェは自分の手の中にある花束が酷くみじめに思えてきた。

「なんで…。」

 口から小さく漏れでた言葉を、ベアトリーチェは慌てて飲み込んだ。

 だが、目が合う。自分を驚いた顔で見つめるレティシアと。

 ベアトリーチェは振り返り駆け出した。後ろから声が自分を呼ぶ声が聞こえた気がしたが立ち止まることはなかった。走るベアトリーチェの目じりに涙が浮かぶ。

 『なんで…。』どうしてそう言ってしまったのだろう。

 続く言葉が頭に浮かぶ。『なんで…カンティアの花なの?私とアーサーさまとの思い出の花なのに!レティシアだって知っているのに!』

 そんなこと言う権利なんてないのに。

 アーサーさまとレティが愛し合うのは何も悪くないことなのに。カンティアの花だって自分が勝手に思い出にしてるだけ。二人がその思い出を共有するのを咎める権利なんて自分にはないのに。

 なのに自分は叫んでしまった。呟くような小さな声でも…。

 それは自分の醜い心。親友であることを利用してレティの足を引っ張ろうとする汚れた心。

 ベアトリーチェは怖かった。自分の心の醜さが。悲しかった。アーサーさまへの思いが通じないことが。二人が自分を置いて先に進んで行ってしまったことが。さびしくて悲しくて辛くて、胸が痛くて仕方なかった。

 走り続けたベアトリーチェは、後宮の木が生い茂った場所にたどり着いた。日当たりが悪く、側妃たちの侍女から見捨てられ誰も管理してない後宮の隅。鬱蒼とした木と陰性植物たちが静かに生きる場所。

 ここには国中を覆う誕生祭の喧騒もない。

 手の中にあった手作りの花束はどこにもなかった。自分が無駄にした小さな命にベアトリーチェは謝る。

 ベアトリーチェは大きな木の根に座り込むと、膝を抱え静かに涙を流し続けた。

 かさりっ

 しばらく時間が経ったころ、草を踏みしめる音がした。

「ビーチェさま…。」

 声が聞こえた。

 でもベアトリーチェは顔を上げなかった。上げられなかった。

「ごめん…レティ…。」

 近づこうとする気配に先手を打つようにベアトリーチェは言う。そして自分の願い通りたちどまってくれた親友に決定的な言葉を告げる。

「私…レティと一緒にいるのがつらいよ…。つらいよ…。」

 それはどうしようもなく漏れ出た本心だった。

 思いをかさねていく二人を見るのがつらかった。二人を見ていたら、いつか自分はレティを酷い言葉で傷つけてしまうのではないかと怖かった。

 側妃になると決めたとき覚悟していたはずなのに、自分は耐えられなかった。だからレティを遠ざけたかった。

 こうして拒絶することが同じくらいレティを傷つけることを知っているのに。

「ごめんね…ごめんね…レティ。」

 自分勝手で醜い心のまま、己の心だけを守ろうとする酷い自分。それでも優しい親友は醜い自分の心を汲み取ってくれる。

 風が揺れるちいさな音が耳に届いた。それが何か言葉を発しようとした音なのか、言葉を飲み込んだ音なのか、親友を見ることをやめたベアトリーチェには分からなかった。

 ただ静かに、悲しそうに足音は消えて行った。

 レティの足音が消え、鳥たちの声が止み、夕闇の音が夜の静寂に塗り替えられても、ベアトリーチェは一人ぼっちで泣き続けた。


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