26.『花は散り 2』
アーサーさまの誕生日の日、ベアトリーチェは部屋でひとつの小さな箱をみつめていた。
リボンと紙できれいに包まれている手のひら大の箱。箱に入っているのは、銀製のシンプルな装飾が施された上品な時計。それはベアトリーチェがアーサーのために買ったプレゼントだった。
母国からも誰からも援助のないベアトリーチェは、お金もたくさんあるわけではなかったが、その中で許される限り立派なものを買った。
王宮を抜け出してまで取りに行ったアーサーへのプレゼント。フィラルドにいたころは、アーサーさまに送ることしか出来なかった。それでもアーサーさまは丁寧なお礼の手紙を返してくれた。エルサティーナにいる今は、手渡しでアーサーさまに渡したいと思った。
それは簡単なことではないとわかっていた。賢帝として国民にも貴族にも人気があるアーサーさまには、この日数えきれないほどのプレゼントが届く。街でも城でもパーティーが開かれ、たくさんの人が陛下の下を訪れる。そんな日に、城のパーティーにも呼ばれていない、第八妃である自分がアーサーさまと会える可能性は皆無に等しかった。
それでも大切な人へのプレゼントはなるべく直接渡したかった。
「喜んでくださるかな。」
あの人の笑顔は久しく見ていない。それでもまだちゃんとベアトリーチェの心の中にその笑顔は刻まれている。こんなプレゼントじゃ喜んでもらうどころか、興味すら持ってくれないかもしれない。それでも大好きな人の誕生日を祝えることが嬉しかった。
***
そうは言ってもベアトリーチェに何ができるわけもない。
後宮から出ることすら禁止されているベアトリーチェは、他の側妃たちやその侍女たちも城のパーティーに参加しているので後宮はとても静かだった。
後宮の庭を散策していたベアトリーチェは、ある場所で目を止めた。
「わぁ…、カンティアの花…こんなにいっぱい。」
その場所に紫の小さな花がたくさん咲いていた。側妃たちの庭と離れていたため、雑草として処理されることがなかったのだろう。小さな規模ながら、自然にできたカンティアの花畑だった。
アーサーさまの誕生日に、偶然、思い出の花がたくさん咲いてるのを見つけた。ベアトリーチェの心に温かい懐かしい思い出があふれてくる。
「ちょっとだけ貰うね。」
ベアトリーチェは花畑で膝を付き、少しだけカンティアの花を摘み取って小さな花束を作った。もし、アーサーさまに今日逢えたら、この花束も一緒に渡そう。そう思った。
立ち上がったベアトリーチェは、薔薇園のほうに人の姿を見つけた。
金色の髪に凛々しい後ろ姿、遠くにいてもわかる。アーサーさまだった。
ベアトリーチェはその後ろ姿を、しばらく茫然と見つめていた。
「アーサーさまっ…。」
アーサーさまに会いたいそう願っていた。でも叶うとは思っていなかった。
「アーサーさまっ!」
ベアトリーチェは笑顔を浮かべ、愛しい人の元へ走りだした。