25.『花は散り 1』
「もうすぐ、陛下の誕生日でいらっしゃいますね。」
レティシアは侍女に言われて、はじめてそのことに気が付いた。去年までなら毎年この時期は、ビーチェさまと二人でアーサーさまに贈るプレゼントを相談していた。ビーチェさまとはもう1ヶ月も話していなかった。王妃としての政務が立て込んでいる上に、ビーチェさまの悪い噂をどうにかしようともがき、心に疲れがたまっていた。
「王妃さまは何をプレゼントされるのですか?」
侍女はにこにこと笑いながら、レティシアに訊ねる。
「何も考えていなかったわ…。」
人当りの良いレティシアらしくない呟くような答えに侍女は一瞬驚いた顔をするが、瞬時に微笑みを取り戻すと、取り成すように言った。
「お忙しかったですからね。でも、レティシアさまが贈られるものなら、陛下はなんでもお喜びになられると思いますよ。」
正直、何かを贈りたいと思ったことはなかった。アーサーさまの誕生日は、ビーチェさまと一緒にプレゼントを選ぶ日。そう考えていた。
しかし、今の自分は王妃なのだ。何か贈らなければ、周りから王と王妃の不和の噂になるかもしれない。それは国の乱れにつながるものだ。
無理やり王妃にされたのに、望んでいたわけではないのに、レティシアは王妃としての役割を忠実にこなしていた。個人の感情はすべてを投げ出して、ベアトリーチェさまと逃げてしまいたい。そう思っても、王妃という役割はたくさんの国民の生活や命を背負っている。それは王妃としての仕事をこなせばこなすほど、レティシアの身にのしかかっていき、その行動を縛って行った。
そしてそれは本来、王妃になるはずだったベアトリーチェさまとの溝が深まることでもある。理性、保身、責任、義務、自らでも理解できないそれらのものがレティシアをここに留め、同時に苦しめていた。
「ごめんなさい、陛下へのプレゼントをあなたにお願いできないかしら。」
とにかく今は、アーサーさまへの贈り物を考えられるような心境ではなかった。
「わ、わたしがですか?」
侍女は驚く。
「まだ私はこの国のことをあまり知らないし、王族や貴族の間でどのようなプレゼントを贈ればいいのかもわからないの。」
その言葉に侍女はハッとする。普段、王妃として素晴らしい能力と威厳を発揮するあまり忘れがちになるが、自分たちの主は孤児の出であったのだ。侍女をしていたと言っても、あのベアトリーチェに使われていたのだ。ろくな目にあってはいなかったのだろう。こういう時支えるのが自分たちの役目ではないか。
侍女の誰もが王妃であるレティシアを慕っていた。
だから思った。陛下のプレゼントを選ぶなど恐れ多いことだが、王妃殿下のためにがんばろうと。
「お任せください。」
侍女は王妃を安心させるように微笑むと、レティシアの頼みを承った。
だが、レティシアの表情は晴れることはなかった。
***
王妃殿下が国王陛下の誕生日にプレゼントを贈る。
その大役を仰せつかった侍女は、連日仲間たちと話し合った。
国王は賢王と呼ばれ国民に慕われ、絶大な人気を誇る。その誕生日にはプレゼントもたくさん届く。邪なものも、純粋な行為を持つものも、貴族たちは大金を使い珍しいものを用意し、職人たちは自らの手で最高の作品を作りそれを贈ろうとする。
そんな中、陛下の目を射止めることができるプレゼントは何か。もちろん、陛下の寵愛を受けるレティシアさまが贈ればなんであろうと最高のプレゼントになるに違いない。
でも任された以上は、用意するものも素晴らしいものにしたかった。
いろんな意見が出るが、そのどれもがピンとくるものではない。
その時、非番の侍女が仲間たちが集まる控室に飛び込んできた。
「たいへんたいへん!」
「どうしたの?はしたないわよ。」
王妃殿下に仕える侍女は、最高の侍女でなければいけない。その振る舞いは常にまわりから見られ、おかしなことをすれば王妃殿下の評判に響く。廊下を走るなどもっての他だった。
だが、飛び込んできた侍女は興奮した様子でまくしたてる。
「国王陛下へのプレゼントのことで、いいことを聞けたの。もう贈り物はそれで決まりよ。」
部屋の侍女たちは不審げに眉をひそめる。自分たちがこれだけ話し合っても決まらなかったのに何をいうのだろう、という表情だ。だが、そんな視線に侍女の自信にあふれた様子は変わらなかった。
むしろその興奮は増し、まるでとっておきの宝物の紐をといていくように、頬を紅潮させたまま言葉を続ける。
「陛下の乳母をしていたマクネさまに聞いたの。レティシアさまになら教えても良いって。あのね…」
侍女が言った台詞に、ほかの侍女たちもぱあっと明るく表情を変える。
そして侍女たちはみな興奮した様子で口早に言葉を交わすと、じっとしていられないといった感じで席を立ち、それぞれ行動をはじめた。