23.『贈り物』
王国に広まった噂は、後宮にも影響を及ぼしていた。
侍女たちのベアトリーチェを嘲笑う態度は当初から変わりなかったが、たまに会う下女や料理人はベアトリーチェのことを憎々しげに睨み付けるようになった。
そういうことには慣れきっていたベアトリーチェだが、このことにレティシアが傷ついていることや、レティシアとの仲を誤解されていることを思えば心が沈んだ。
レティシアとの仲には前よりさらに壁ができた気がして。
そしてレティシアとの対立を疑われているこの状況は、自分がアーサーさまを思い続けることはレティシアの足を引っ張ることであることを思い知られる。自分は王妃から王の寵愛を奪いたいと願っている人間なのだから。
憂鬱な心を引きずりながら、ベアトリーチェは寝台から起き上がり身支度をする。
一日中寝ていたって、誰も気にしない第八妃。だが、それでもアーサーさまに言われたとおり精一杯、側妃としての体裁を整える。
外には出る気がおきなかったので、シーツを整え部屋の清掃をしていると扉の外に人の気配がした。足音はばたばたと部屋の前で立ち止まると、すぐさま同じように足音を立てて立ち去った。
「どうしたんだろう。」
ベアトリーチェは扉をそっと開けた。そこには白いラッピングされた箱がひとつ置かれていた。
後宮では外からの贈り物を届ける下女がいる。普通は侍女に手渡されるのだが、ベアトリーチェに侍女はいなかった。そもそも祖国にもこの国にも支援者などいないベアトリーチェにとって、荷物が届けられることなどなかったのだが。
ベアトリーチェはそっとその箱を拾い上げてみた。箱の外に送り主の名前が書いてある。
アーサーさまとレティシアの名前が連ねて書いてあった。
そして思い出す。
「私、今日が誕生日だった。」
後宮での寂しい日々を淡々と過ごすうちに忘れてしまっていた。
毎年、この日はレティシアと一緒にケーキを食べて夜遅くまで話をした。
自分ですら忘れかけていた誕生日。それを忘れずに贈り物をくれた親友と愛しい人の名前をみて沈んだ心が浮かんでくる。
ベアトリーチェは机のほうに早足で向かうと、椅子に座り、丁寧に箱を開いていく。そして箱を開き硬直した。
目に映る赤黒い色、鼻に付く鉄錆びた臭い。
箱の中には血が飛び散っていた。
ベアトリーチェは震える手で、血の中に指をいれ箱の中のものを取り出した。上等なシルクの生地で作られた可愛いリボン。宝石などはあまり好まない自分のために、二人が考えて用意してくれただろうプレゼント。
でもその布も血で染まっていた。元は綺麗な白色だっただろうそれは、血の染みでほとんど汚れてしまっていた。
プレゼントの箱をみると、横に小さな穴が開いていた。そこから血を入れたのかもしれない。
あの噂が広まったころから始まった嫌がらせだった。
この贈り物も標的にされたのだろう。下女たちは親しいので、料理の下働きの女から何かの動物の血を調達したのかもしれない。ここまで届けてくれた下女がやったのか、それともその前にされたのかはわからない。もしくはみんなが結託してやったのかもしれない。
「うっ…。」
堪えようとしたのに、ベアトリーチェは顔が歪むのを抑え切れなかった。
笑いたかった。
ここに来て、愛しい人に想いが通じることはなく、親友とは引き離され、後宮では深い孤独にさらされた。親友との間にも壁ができ、悲しい噂を流され、自分が親友にとって邪魔な存在だと思い知らされた。
辛いことが多すぎた。
だから、笑いたかった。
誕生日に、友達に、愛しい人にプレゼントを貰い、今日と言う日を祝福してもらった。この日ぐらい笑いたかった。
「うっ、ひっく…。」
なのに、目の端からは涙がこぼれてくる。泣くことを止められない。
大切な贈り物。大切な二人から贈られた大切なプレゼント。
なのに台無しになってしまった…。悲しみに崩れる自分の心とともに。
ベアトリーチェは泣きながら、一晩中、血に汚れたリボンを洗い続けた。
だが、血の染みが落ちることはなかった。