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21.『魔女 1』

 レティシアはその歌を聴いた時、呆然とした。

 王妃さまを讃えるものとして、国民の間で流行っている歌です。そういって謁見におとずれた貴族が連れてきた楽団から聞かされた歌。

 だがそれはレティシアを喜ばせるようなものではなかった。

 その歌はうたものがたりの形をとってひとつのストーリーが唄われる。


 フィラルドにレティシアという少女がいた。

 孤児として生まれた少女は、とても優しい子だった。

 一生懸命働き孤児院を支えていた少女は、その優しさと美しさを見込まれ王宮の侍女に召し上げられることになった。

 その優しさと魅力で平民にもかかわらずすぐにお城の侍女と馴染んだレティシア。その美しさと魅力的な性格は、上級貴族や王族たちからも愛された。

 しかし、そんな彼女に不幸が訪れた。

 意地悪なこの国の第四王女ベアトリーチェに目をつけられたのだ。

 醜いベアトリーチェはレティシアの美しさと人気に嫉妬した。権力を使い無理矢理レティシアを自分の侍女にしたベアトリーチェは、レティシアにさまざまな無理難題を押し付けた。そしてそれが出来ないと罰といってレティシアに水をかけ鞭をふるい彼女を痛めつけた。

 仲間の侍女たちはレティシアを助けようとしたかったが、ベアトリーチェは彼女を助けようとしたものまで酷い目に会わせた。

 心優しいレティシアは助けを遠ざけ、王女のいじめをその一身に受け続けた。

 フィラルドの人々は見守るしか出来なかった。

 ある日、そんな王女に婚姻の話が持ち上がった。

 エルサティーナの王アーサーさまがベアトリーチェを正妃として迎えるというのだ。王宮のものたちは喜んだ。

 ベアトリーチェが良縁を手に入れたことではなく、これでレティシアが王女のいじめから開放されるということに。

 だがベアトリーチェはレティシアをエルサティーナへ連れて行くと言い出した。

 故郷を離れたくないレティシアはなんとか断ろうとした。見かねた他の王女たちもそれに協力してくれた。

 しかしベアトリーチェは卑怯にも、ついてこなければ彼女がいた孤児院を潰すと脅しをかけた。

 孤児院の子供たちを家族のように思っていたレティシアはついていくしかなかった。

 アーサーさまはベアトリーチェの姿を見てため息をついた。ひどく醜い容姿をしていたからだ。そして振る舞いや性格も横暴極まりなかった。

 こんな王女が正妃では国の未来に影を落とすだろうと思った。

 アーサーさまはベアトリーチェの後ろにひっそりと佇む侍女を発見した。その少女はとても美しい容姿と優しげな雰囲気をまとっていた。しかしその表情はとても悲しそうだった。

 少女のことが気になったアーサーさまは、その少女のことを臣下に調べさせた。

 そして少女レティシアがその容姿と人気を妬んだベアトリーチェにいじめられていることを知った。

 そのことにとても心を痛めたアーサーさまは、なんとか彼女を守ろうとした。しかしベアトリーチェのいじめは苛烈だった。

 アーサーさまはベアトリーチェがいない折を狙って彼女に何度も会い励ました。いつか必ず助けるからと。アーサーさまはレティシアに恋をしていた。

 レティシアも優しく自分を励ましてくれるアーサーに恋をした。

 そしてついに彼女を助ける方法が見つかった。

 王の一番の味方の老公爵により、彼女が古の皇家の血筋を引くことがわかったのだ。アーサーさまはレティシアを正妃として迎えることにした。

 フィラルドの王もベアトリーチェの目に余る振る舞いと、レティシアへの好意からすぐに賛成してくれた。

 かくしてレティシアさまは王妃となり、ベアトリーチェの婚姻の話は破談となった。

 ベアトリーチェは放逐される予定だったが、やさしいレティシアさまは彼女に情けをかけ王宮に留まれるようにした。ただしその酷い振る舞いの罰として最下位の側妃として後宮に閉じ込められ冷遇されることになる。

 アーサーさまとレティシアさまは愛し合い結ばれ、賢き王と優しい王妃としてエルサティーナを良く治めることとなった。


 それがこの歌の内容だった。

 レティシアはこの歌を聴いたとき、ビーチェさまへの罪悪感と出鱈目な歌詞への怒りに眩暈がしそうになった。

「わたしとベアトリーチェさまはこのような関係ではありません。」

 苦しい胸のうちから搾り出すような声で言った抗議の言葉に、何かお褒めの言葉を期待した貴族は困ったように返答した。

「市井の民の間で歌われているものですから。」

 自分が作った歌ではないので…。王妃の反応の芳しくなさに誤魔化し笑いを浮かべ責任逃れをする貴族の男。だが次いで繋げて放たれた言葉に、レティシアの心は悲鳴を上げた。

「王妃さまを慕うが故に作られた歌です。どうかその思いをお納めください。」

 レティシアを讃えるがために何も罪がないのに悪役へと追いやられたベアトリーチェの名声。自分が何より慕う人に向けられた民からの無為の悪意に心が震えた。だがそれも大本は自分のせいなのだ。自分さえいなければ、あの人がこんな目にあうことはなかった。

 自分はあの人から最も大切なものを奪っておきながら、その名誉すら汚すのだ。

 だというのにこざとい私は、公の謁見の場で泣くようなことは出来なかった。言い訳をしながらも王妃として失態のないように振舞う自分に吐き気がした。

「すいません、少々疲れました。今日はお下がりください。」

「は、はぁ…。王妃さま、気分の優れないところを無理していただきありがとうございます。ど、どうか我が家のことをお見知りおきください。」

 往生際悪くなんとか王妃に名を覚えてもらおうとする貴族を、兵士たちが謁見の間から連れ出した。

「大丈夫ですか?」

 まだ王妃となって日が浅いレティシアのためにつけられた側近が、彼女の青い顔色をみて心配そうに問いかける。

「ええ…。」

 レティシアの口からもれ出た声は掠れていた。

「あの歌…。」

 側近の目から見て、レティシアさまは非常に優れた王妃だった。平民として暮らしていたとは思えないほどその所作は優雅で、博識さは専門の学者ですら舌を巻くときがあった。めったに暗い感情を表にださず、他者の感情は良く汲み取り、微笑みは絶やさない。

 国民にも、臣下にも、侍女たちにも慕われるものがたり通りの優しく完璧な王妃。だが今その表情を覆うのはかつてない暗い霧だった。

「あの歌がどうかされましたか?」

 美しい王妃の憂いの表情は、臣下にその願いを何でも叶えてみせたくなる。

「あの歌を歌うことを禁止することはできませんか。」

 だが、続く王妃の言葉に表情を歪めた。

「わがエルサティーナでは、芸術や文化の自由を大切にしております。だからこそ、いろんな国の才能のある芸術家たちが流れ込み、この国を歴史ばかりでない文化にも経済にもすぐれた大国へと押し上げているのです。もしそれらに国家から何らかの圧力をかければ、才能のある人間に見捨てられ国は徐々にその力を失いはじめるでしょう。」

 そしてそうなれば、王妃への強い批判があがるだろう。何よりこの王妃殿下を守るために、それだけは防がなければならなかった。

「わかりました…。」

 無理だと言われ、レティシアの心はさらに沈みこんだ。

「民たちの流行はすぐに過ぎ去ります。一月もすれば、新たな話題が広まり忘れ去られてしまいますよ。」

 王妃の深く沈んだ表情に、側近は励ましの言葉を言う。

 レティシアはそうあって欲しいと願い、またビーチェさまの耳にこの歌が届かないことを祈った。


 

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