表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/95

19.『ざわめく鼓動』

 それから二ヶ月の時がさらに過ぎた。

 アーサーさまとはたまに廊下で会うと、事務的な言葉をただ2、3言交わすだけの日々。他の側室の部屋に入っていくアーサーさまを見るたびベアトリーチェの心は痛んだ。

 レティシアとはあれから何度も会っていた。レティシアのエルサティーナでの評判はとても良く、王妃としての仕事を着実にこなし、賢く優しいその人格は周りの人間だけでなく国民全員から尊敬を集めている。レティシアへの好意的な噂が耳に入る度、ベアトリーチェは安心し、親友が褒め称えられるのを嬉しく思った。王妃としての仕事は忙しいらしく、なかなか会うことはできなかったが、それでもベアトリーチェはたびたび薔薇園を訪れ親友の姿を探した。

 以前に戻ったような楽しい時間は、後宮の生活で疲れたベアトリーチェの心を癒してくれた。

「クルーダ伯爵夫人はバイオリンの名手でして、よくエルサティーナで流行っている曲を聞かせてくださるのです。」

 今日も、ベアトリーチェはレティシアと薔薇園で会っていた。

「エルサティーナの音楽ってどんなのが流行ってるの?」

「フィラルドではオーケストラや合唱が多かったですが、エルサティーナではそれ以外の楽器や声を組み合わせた歌唱曲やオペラなんかも盛んみたいですよ。あと個人で数人あつまっての音楽会なんかもあるそうです。」

「へぇ、楽しそう。」

「ビーチェさまも、魔笛で城の音楽会に参加されてはどうですか?」

「だめよ。私はそんなに上手じゃないから。迷惑になっちゃう。」

「そんなことないです。ビーチェさまの魔笛の音色はとても素晴らしいです。」

「うふふ、ありがとう。」

 今日は音楽の話が盛り上がり、ベアトリーチェもレティシアもお互いに楽しげに話していた。

 ふと、ベアトリーチェはレティシアの首筋に赤い跡を見つけた。色事を実際に経験したことのなかったベアトリーチェはそれが何かわからなかった。

「レティ、それ大丈夫?虫に刺されたの?」

 ベアトリーチェの示したものが、何かわからずレティシアは首筋をなぞった。そこからの反応は劇的だった。はじかれるようにガバッと首筋を隠し、動揺して視線をうろたわせる。

「レティ…?」

 最初はなぜレティシアがそんな反応をしたのかわからなかったベアトリーチェも、疎い知識の中から答えに行き着いてしまう。

「あ…。」

 恋人同士が互いの体につける愛の証。それを誰がつけたのかもすぐに思い至った。

 急に胸が苦しくなる。考えたくないのに、考えちゃいけないのに、二人の寄り添う姿が心の中に浮かんでベアトリーチェの心をかき乱す。

 レティシアの動揺はまだ収まらなかった。よりにもよってベアトリーチェさまに、こんなものを見せてしまうなんて。その後の態度もあからさますぎた。悔恨の思いが胸に募る。

「レティは愛されてるんだね…。」

「ベアトリーチェさまっ…。」

 口から漏れでた暗い言葉。親友が呼んだ自分の名前は小さな悲鳴のようで、はっと正気に返る。

「レティ、ごめん…。」

「いえ、わたしが…私が悪いのです…。」

 レティシアの表情は苦しみに彩られていた。そんな表情をさせたいわけじゃないのに。二人で楽しく笑っていたかったのに。なのに生まれ出でた暗い感情は胸の奥から消えてくれない。

 唇は楽しい言葉を探そうとするが、うまく動いてくれなかった。

 二人の間に気まずい沈黙が落ちる。

「レティは悪くないよ…。ごめんね、変なこといって。今日はもう帰るね。」

 ここにいても苦しい気持ちは消えてくれそうになかった。一人になって気持ちの整理をしたかった。

 レティシアの悲しそうな顔が目に写る。

 彼女だって別の国に来て、王妃という立場に一人立たされている。自分なんかとは比べものにならないほど大変なはずなのに。それなのに自分はなんてことを言ってしまったんだろう。

「はい、わかりました…。」

 親友は聡く、優しかった。ベアトリーチェの心情を察して、ほしい言葉をくれる。なのに、今日はそれが無性に悲しかった。

「またね。」

 そういってベアトリーチェは薔薇園を後にした。

 再会を約束する言葉はせめてもの抵抗だった。親友を羨んでしまった自分の醜い心への。二人の間に出来かけている今はまだ浅い溝への。


***


 油断していたのだ。

 あの方があまりにもいつも通りに笑うから。やさしく私に笑ってくださっていたから。

 二人で楽しく一緒にいれたころに戻れた気がして。二人の間には何も悪いことなど起こらなかった気がして。

 そして見られてしまった。あの方の想い人と閨を共にした痕を。

 あの方がどれだけアーサーさまを愛してらっしゃるか、どんなに想っていらっしゃったか自分は知っていたはずなのに。

 アーサーさまが一度もビーチェさまの元を訪れないことは、噂となり王城の中まで伝わっている。レティシアも知っていた。そんな中、こんなものを見せればビーチェさまが傷つくことなどわかりきったことだった。

 レティシアは自分の愚かさを呪った。王妃としての仕事をこなし、周りの人間に褒め称えられても、その実大切な人の心の平穏を守ることすら出来ないのだ。それどころか自分という存在が、その人を傷つけている。

 レティシアはアーサーさまの訪れがあった日は、ベアトリーチェの元を訪れるのを躊躇うようになった。もう気づかれてしまったからには、いくらその痕を隠そうと気づかれてしまう気がして。

 二人が会う頻度は少なくなった。お互いの間に出来た壁に二人は気づき、それにまた心を痛めた。

更新おくれてごめんなさい。

11月21日に資格試験を受けるため、その日までを目処に更新を停止します。書き溜めもないので、実際の再開は12月ごろかもしれません。

「うろたわせる」って日本語たぶんありませんよね。イメージした表現が思いつかず、これでいいやって勝手に書きました。すいません。

感情の変遷までの仮定が、ちょっと強引かもしれません。率直な意見を下さると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ