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18.『再会』

 ベアトリーチェがレティシアと再会したのは、後宮に入って一ヶ月から一週間過ぎたころだった。

 後宮と王宮を繋ぐ白薔薇園、見渡すかぎりのバラが植えられ美しくも迷路のようにすらなっている場所。そこを何もすることがなく散策していたベアトリーチェは一人佇むレティシアの姿を見つけた。レティシアはこちらをずっと見ていたのか目が合った。辛そうな顔で何か言おうと口を開きかけ、結局言葉を口にすることなく閉じてしまうレティシア。

 ベアトリーチェは笑顔を作り、レティシアの元へ駆け寄って抱きついた。

「レティ、久しぶり。元気だった?少し痩せた?ちゃんと食べなきゃだめだよ。」

 美しく王妃に相応しい格好をしたレティシア、容貌の美しさにも磨きがかかっていたが、その頬がさらに細くなっていることにベアトリーチェは気づいた。

「ビーチェさま、私は…わたしは…。」

 悲しそうな表情になり何かを言おうとする。レティシアの表情が悔恨の色で彩られているのを見て、ベアトリーチェはレティシアの口をそっと塞いで首を振った。

「いいの。謝らなくて。レティは何も悪くないわ。」

 それでもレティの顔から悲しみの色は消えない。

「レティは時間あるの?久しぶりにお話したいわ。」

 ベアトリーチェはレティシアに自分のことで罪悪感を感じてほしくなかった。元のように笑顔で話し合える友人でいたかった。だから変わらず接し続けようと決めていた。

「はい。大丈夫です。」

 いつもの笑顔で話しかけるベアトリーチェに、レティシアの顔のこわばりも少し取れてきた。ベアトリーチェはそれを見て内心ほっとした。

 それから二人はいろんなことを話した。最近読んだ本、エルサティーナの食事、王宮の庭の美しさ、王妃の仕事について聞くとレティシアは一瞬悲しそうな顔をしたが、ちゃんと話してくれた。大変そうだが、うまくやれてると聞いて安心した。ベアトリーチェはなるべくレティシアとの関係に溝を作りたくなかった。今のお互いの立場をそのまま受け止めたかった。

 会話は良くはずみ、ベアトリーチェは久々に暖かい会話を楽しんだ。

 以前と同じく身分を越えた友達として話すことが出来た気がした。

 それでもアーサーさまのことはどちらも話題にだそうとはしなかった。ベアトリーチェは自分があの時と同じように冷遇されていることを隠した。それを知ればレティはとても傷つくだろうから。

 ベアトリーチェとレティシアは、また二人きりで会うことを約束した。

 他人の視線があるところで会えば、二人は王妃と第八妃となる。身分の差は歴然としていて、いままでのように話すことは許されない。

 人目のない場所だけが、二人が親友に戻れるときだった。


***


 ベアトリーチェが後宮に入って二ヶ月だったある日、廊下を歩いていると向こうからアーサーさまが侍女を連れて歩いてくるのが見えたのだ。

 この国に来て以来会っていない愛しい人の姿に、ベアトリーチェの心臓は痛いほど締め付けられた。

 二ヶ月ぶりに見る自ら光輝いているような美しい金色の髪、侍女を連れて歩く姿は堂々としていて王者の風格をまとっている。あの翡翠の瞳は、以前のように私を優しく見てくださるのだろうか。愛しさと不安が胸の中に渦巻く。

 逃げ出してしまいたい…。そう思った。アーサーさまの傍にたいがためここにいるのに。手も足も震えている。突然の再会に胸がいっぱいのベアトリーチェの心ははやくもくじけてしまいそうだった。でも逃げることは許されない。いま、陛下の前から勝手に立ち去れば不敬になる。

「お久しぶりです、陛下。」

 スカートを掴み、頭を深々と下げる。以前のようにアーサーさまとは呼べなかった。人の目もある上に、ベアトリーチェの心はここ二ヶ月で臆病になっていた。

「ベアトリーチェか。」

「はい。」

 顔を上げて目に入ってきたアーサーさまの顔に以前のような笑顔はなかった。ベアトリーチェの体を一瞬見回すと、目を瞑って厳しい表情で言った。

「服が乱れているな。側妃にふさわしい格好をせよ。」

 ベアトリーチェは、ハっとなって自分の姿を見た。侍女がいないベアトリーチェは自分で身支度を整えている。自分なりにきちんとしたつもりだったが、慣れていないので本職の侍女たちのようにうまくはできていなかった。

 甘えていたのかもしれない…。ベアトリーチェはそう思った。侍女がいないからといって、陛下の側妃であることは変わりないのだ。妃は国王の権威の象徴でもある。ずぼらな格好など許されるはずもなかった。ベアトリーチェは自分の格好が恥ずかしくなった。

 高級なドレスは扱いが難しいので、そこそこの手入れがしやすいものを選んでいた。がんばってアイロンをかけたが、皺をすべて消すには至っていない。陛下に付いている侍女のほうが、よっぽどきちんとした格好をしているのかもしれない。

「申し訳ありません。」

 頭を下げた謝罪に返事はなく、アーサーさまはすっと立ち去る。そしてベアトリーチェの目の前で、側妃の部屋に入っていった。

(あれは第二妃さまのお部屋…。)

 ずきっ、と胸が痛んだ。

 やっぱり自分はほかの美妃を差し置いて選んでもらえるような存在ではないのだ、と思った。

 心のどこかでは期待していたのかもしれない。恋仲ではなくても、幼いころに良くしてもらったのだから。

 でも考えてみれば違うのかもしれない。フィラルドにいたとき、ベアトリーチェはまだ幼い子供だった。その上、アーサーさまにとっては、留学している国の王の娘だったのだ。優しくしてもらえて当然だった。

 そしてエルサティーナに来たときは、将来の正妃となる立場だった。妻となるべき人間に優しくしないはずがなかった。どちらも自分の力で得たものではなかったのだ。

 今、自分には何もなかった。あるのは第八妃としてのかろうじてあるつながりだけ。なのに、私は側妃としてすらちゃんと振舞えていない。

(もっとがんばらなきゃ…。)

 ベアトリーチェは思った。たとえどんなにがんばっても、レティシアや他の妃たちに追いつけるとは思えない。それでも、一瞬でもアーサーさまに振り向いて貰えるように。

(アーサーさま…。)

 胸に手を当てるとあの人の笑顔が浮かんだ。がんばろう。もう一度、あの笑顔が見れるように。あの笑顔を向けて貰えるように。

 ベアトリーチェは零れそうになっていた涙を堪えると、口元を引き結び第二妃と侍女たちの楽しそうな声が聞こえる場所から立ち去った。

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