17.『後宮での日々』
それからベアトリーチェは後宮で一ヶ月過ごした。
後宮の人間のほとんどは彼女を無視した。彼女に言葉を向けるのは、噂好きの口さがない侍女たちぐらい。しかも、直接言葉をかけるわけではなく、ベアトリーチェが通りかかると声を大きくして「同情で迎えられた側妃」などと仲間たちと笑いあうのだ。
予想していたとはいえ寂しい日々。寂しさに押しつぶされそうになる。
少しは経験があるとはいえ侍女なしで過ごす日々は、王族に生まれたベアトリーチェには大変だった。レティシアはとても優秀で、すぐに侍女の仕事を身に着けていった。だからわずかな間、レティシアを手伝った経験だけを頼りに、ベアトリーチェは自らの周りのことをすべてこなさねければいけなかった。
それに側妃としての体裁もある。洗濯は昼には許されず、人目のない深夜にやった。夜の水は冷たく、手が痛くなることもあった。干す場所も外から見えないよう、陛下が訪れたとき目につかないよう場所を選ばなければならない。身だしなみや部屋の掃除、慣れなくとも毎日こなさなければいけないことだらけだ。
一ヶ月の間、アーサーさまの訪れはなかった。でも、それは当然のことだ。新しい妃を迎えた時は、最初の一ヶ月はその妃の元に通うことは慣例であった。自分も入ったばかりだが、第八妃と正妃の立場では比べ物にならない。
だが、同時に思う。例えレティシアと嫁ぐ時期がずれていたとしても、レティや美人揃いの側妃たちを差し置いて自分のところに来てくれただろうかと。
不安な想像をベアトリーチェは慌ててかき消した。
こんなことじゃいけない。私は自分の意思でこの場所に来たんだから。アーサーさまへの思いも、レティとの絆も、私自身ががんばらなければいけない。
いろんな思いが頭を巡って眠れない夜、魔笛を吹くと心に少しの勇気が浮かんできた。
(明日もがんばろう…。)
ベアトリーチェはそう誓い、一人っきりの部屋で眠りについた。