16.『第八妃』
なるべく辛い部分から早く抜け出せるよう、ここから巻き気味に書いていきたいと思います。
ボリューム不足、説明不足に感じる部分などあったら申し訳ありません。
加筆などする場合はこの作品を完結させてからしたいと思います。
金曜更新する場合は土曜更新はなしでご容赦ください。
誤字、脱字などを発見した場合は報告していただけたらと思います。
第八妃になったベアトリーチェが案内されたのは殺風景な部屋だった。最低限の家具と調度品だけが用意されている。広さは申し分なかったが、それが逆に部屋の寂しい印象を強調していた。
「ここがベアトリーチェさまの部屋に御座います。」
この部屋まで案内してくれたのは、女官長のルーネという女性だった。50歳ぐらいの女性で、あまり動かない表情、切れ長の瞳に銀縁のめがねが固い印象を与えてきた。
「ありがとうございます。」
ベアトリーチェは部屋に自らが運んだ荷物を置いた。ルーネにも手伝ってもらって驚いた。他の侍女に手伝わせないのだろうかと疑問に思ったが、その疑問はすぐに解決した。
「ベアトリーチェさま、申し訳ありませんが今はあなたに侍女を付ける事はできません。この後宮ではすべての侍女は、第二妃から第七妃までそれぞれの方に直接遣えるようになっているのです。ご不便をおかけしますが、必要な場合陛下にご所望ください。」
(ああ、そうか…。)
ベアトリーチェは納得した。アーサーさまは自分の境遇に同情して特別に後宮に向かえいれてくれたのだ。後宮の側妃が増えれば、それは国庫の負担になる。出来うる限り負担をかけずに暮らすのが自分の役目だと思った。
(良かった。あのときレティを手伝っていて。)
レティシアが侍女になってしばらくの間は、侍女がやるようなことも二人でやってきた。
それが幸いし、自分でそこそこ自分のことが出来るようになっていた。もし王族としてのうのうと暮らし続けていただけだったら、アーサーさまに迷惑をかけてしまったかもしれない。ベアトリーチェはほっと息を付いた。
「わかりました。あの、他の側妃の方への挨拶はいつごろすればいいのでしょうか。」
ルーネの返答は簡潔だった。
「どの方もご予定を取られておりません。」
考えてみれば当たり前かとベアトリーチェは思った。陛下の同情でなっただけの第八妃。この状況からも解るとおり側妃としても認められたわけではないのだ。
だが正直、自分も会いたいとは思わなかった。美妃揃いだと聞いたアーサーさまの側室。アーサーさまが故郷に戻り、一目見ることすら叶わず過ごした五年間、陛下に愛され続けてきた美女たち。見てしまうと元々なかった自信が、根こそぎ消失してしまいそうだった。
ルーネは部屋や食事のことについて説明すると、失礼しますといって退室していった。
部屋にひとり残されたベアトリーチェ。殺風景な部屋は王宮を追い出されたあの頃を思い出させた。
でもあの頃とは違う。もうレティシアは隣にいない。自分はこの後宮で一人で生きていかなければならない。
「がんばらなきゃ…。」
ベアトリーチェは自らを励ますように呟いた。
何もしないでいると気が滅入ってくるので、ベアトリーチェは荷解きをすることにした。祖国から持ってきた荷物はそれほど多くなかったが、一人でやるには十分多かった。すべてが終わる頃には夜になっていた。
夜、ベアトリーチェは一人でベッドに入った。ふと、離宮での日々を思い出す。レティシアとはよく寝る前に、いろんなことを話した。二人で眠くなるまで、笑いながら話した。時には寝過ごしてしまいそうになることもあった。
夜の冷たい空気が、胸の隙間にまで染み渡ってくるような心地がした。
ぶるっと身を震わせると、ベアトリーチェは上着を羽織りベッドから抜け出した。
小物入れの引き出しを開けると銀の笛を取る。寂しいとき辛いとき元気をくれ、楽しいとき嬉しいとき笑顔をくれたあの方からの贈り物。
(お願い私に勇気を頂戴…。)
みんなが寝入った深夜、ベアトリーチェは魔笛を吹く。
その音色は暖かく、ベアトリーチェの凍えそうな心に温もりを取り戻してくれた。