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14.『侍女の選択 3』

 ベアトリーチェさまから貰った援助のお陰で、孤児院の窮地は救われた。

 貧しい生活から脱出出来たわけではなかったが、子供たちは飢えをしのぎ、院長先生は薬で病気を治し、しばらくの間も療養することが出来た。

 そのことをベアトリーチェさまに報告すると、彼女は安心したように微笑んでくれた。

 でも、根本的な孤児院の資金不足は改善されていなかった。それが変わらなければ、また同じような危機的状況に陥ってしまうかわからない。

「私が援助出来ればいいのだけれど…。」

 ベアトリーチェさまは申し訳なさそうな顔をして言った。王女といってもまだ子供のベアトリーチェさまには、自由に出来るお金というものがほとんどなかった。国王からあまり愛情を抱かれていなかったことも、それに拍車をかけた。あの時渡したお金も、なんとかやりくりして貯めていたものだった。

「孤児院の支援が十分でないことを、陛下にお伝えしてみるわ。」

 そう言った通り、ベアトリーチェさまは陛下と謁見できる少ない機会を使い、私たちだけでなく多くの孤児院の子が十分な援助を受けられず苦しんでいることを幼いながらにフィラルド国王に訴え、彼らを救うよう願い出たらしい。

 国王の反応はあまり芳しくなかった。訴えを聞いて何かしようとする気配もなく、興味なさそうに、時には不愉快そうにベアトリーチェさまの話を聞き流そうとした。しかし、ベアトリーチェさまは何度も諦めず私たちの窮状を救うよう嘆願し続けてくれた。

 そして…ついに王の不興を買った。

 第四王女が北の離宮に移されると聞き、レティシアは急いでベアトリーチェの下に向かった。

 すぐに門を通され入った部屋は、前と比べて物が無く寂しい印象を受けた。

 ベアトリーチェさまは、寂しそうな悲しそうな顔をして言った。

「陛下を説得することはできなかったようだわ。ごめんね、力が及ばなくて。」

「そんなことないです。」

 レティシアは首を振った。ベアトリーチェさまが精一杯力を尽くしてくださったことは、十二分にわかっていたから。むしろ、自分たちのせいで離宮に追いやられてしまった彼女に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 暗くなりかけた部屋の空気を取り払うように、ベアトリーチェさまは急に明るくいった。

「そうだ!あなた私の侍女をやってみない?」

 手をぽんっと打ち、首をかしげ、少しいたずらっぽく笑う。

 レティシアはベアトリーチェさまの言葉の意味がわからず、同じように首をかしげてしまった。

「今、私の侍女って一人もいないの。あなたが侍女になってくれたら助かるわ。ちゃんと給金も出るし、条件は悪くない仕事のはずよ。」

 離宮に追い出されたベアトリーチェさまに付いて行こうとした侍女は一人もいなかった。もともと王からの愛情が薄い第四王女。ベアトリーチェさまに仕えていた侍女たちはもとは他の王女に遣える侍女になろうとしてあぶれてしまったものたちだった。王の不興を買いさらに立場を落とした末の王女に付いて来ようとするはずもなかった。

 ようやく意味を理解したレティシアは、手をあわあわさせて慌てて返事をする。

「む…無理です!私、平民のしかも孤児の出ですし、礼儀も作法も知りません…。」

 でもベアトリーチェさまの笑顔は変わらない。

「出自は関係ないと思うわ。平民からでも侍女になる子はいるし。礼儀や作法も侍女になるのは、みんなレティシアみたいな年からよ。これから学んでいけばいいわ。」

「でも…。」

 断ろうと思った。王女さまの侍女なんて恐れ多いし、自分がきちんとできるなんてとても思えない。

 そう思いかけて、ふとベアトリーチェさまの部屋を見回した。

 王宮で招待された部屋より、寂しくなった部屋。掃除が行き届いているとは言い難く、ところどころに埃が残ってしまっている。

 前は侍女が入れていたお茶も、今日はベアトリーチェさまが入れていた。余り慣れてないのか、渋みを少し感じた。

 何よりこの離宮はほとんど人がいなかった。見かけたのは年老いた庭師と、門番の衛士ぐらい。

 こんなところでベアトリーチェさまは一人で暮らしていかなければならない。王族の姫なのに。

 レティシアはこの人の傍にいたいと思った。自分に何か出来るとは思わない。でも彼女が精一杯自分たちを救ってくれたように、自分の精一杯で彼女を助けたいと思った。

「わ…わたしがんばります!ベアトリーチェさまの侍女になります!」

 その言葉を聞いたとき、ベアトリーチェさまはぱっと花が綻ぶように笑った。それは今まで見た彼女のどんな笑顔より素敵で、同時に理解した。やっぱり寂しかったのだと。どんなに立派に振舞われていても、自分と同い年ぐらいの少女なのだ。北の離宮に一人追い出され、寂しくないわけがなかったのだ。

「ありがとう、レティシア。これからよろしくね。」

 差し出された手を、レティシアはおずおずと握った。

 そして私はベアトリーチェさまの侍女になった。

 それからは大変だった。一人が二人になったとはいえ、どちらも何も出来ない少女。いろいろ試行錯誤して、部屋を掃除し、服を洗い、二人で必要なものを考えた。

 ベアトリーチェさまは礼儀作法やお茶の入れ方の本を図書室から見つけてきた。それを二人で読んで勉強した。院長先生から文字を習っていたのは幸いだった。

 何故かベアトリーチェさまも、侍女がやる仕事を自分と一緒に練習していた。「ついでよ。」と笑うベアトリーチェさま。ちょっと困ったけど、ベアトリーチェさまと一緒にやるのは楽しかった。同時に早く一人前になって、ベアトリーチェさまに苦労をさせないようにしたいと思った。そのために侍女に必要とされるあらゆることを必死で勉強した。

 侍女の給金はとんでもなく高額と言うわけではなかったが、今までやっていた仕事とは比べものにならないくらい良かった。

 院長先生も無理しなくて良いようになり、みんな慎ましくも安定した生活を送れるようになった。

 一年経つころには、がんばりの成果もあって王宮にいる侍女たちに負けないぐらいの仕事が出来るようになっていた。

 すると、他の王女や国王に仕えている侍女から勧誘を受けるようになった。「第四王女に仕えるのなどやめて、うちで働かないか。」と。

 どうも、ベアトリーチェさまに仕えてから身奇麗にするようになった自分の容姿は、他者に魅力的映るらしい。ベアトリーチェさまは「レティは本当に美人だし、いつの間にか礼儀や作法も私より上手になっているし。私よりレティのほうが本当のお姫様みたい。」と冗談めかして言われた。

 でも、思うのだ。

 ベアトリーチェさまは確かに、貴族や王族に必要とされるいくつかの教養についてあまり優れていらっしゃらない。しかしベアトリーチェさまには、身分に関係なく困った人に手を差し伸べる優しさがある。周りの王族や貴族が持つ傲慢な偏見に惑わされず、真実を見抜きそれを訴える心がある。この方こそが、真の王族にあるべき方だとレティシアは確信していた。

 ベアトリーチェさまと過ごす日々は楽しかった。よくベアトリーチェさまは、アーサーさまのことについて話してくれた。今の自分があるのはあの方のお陰だ、と。あの方が自分にさまざまなことに立ち向かう勇気をくれたのだ、と言っていた。アーサーさまのことを語るベアトリーチェさまの目には、優しい恋の輝きがあった。それを見ると、いつの日かベアトリーチェさまの想いが適うことを、切に願った。

 ベアトリーチェさまはよく魔笛を私に聞かせてくれた。アーサーさまがくれた、大切な思い出の魔笛。その音色は綺麗で素晴らしく、孤児院暮らしで芸術なんてわからなかった私にも感動を与えてくれた。レティシアはあっというまに音楽が好きになった。

 この優しく、可愛らしく、ときにはお転婆で、それでいて王族の気品と誇りを持つお姫様をレティシアは愛していた。この方に遣え、親友と呼んでもらえる自分が誇らしかった。

 いつまでもこの方の傍で、ビーチェさまが幸せになるのを見守っていきたい。そう思っていた。

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