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13.『侍女の選択 2』

 目覚めるとそこは今まで見たこともない綺麗な部屋だった。

 ふとんの感触は驚くほどふわふわで気持ちいい。

 そのまま、再びまどろみの中に落ちかけたが、眠りに落ちる前のことを思い出してあわてて体を起こした。

「あ、起きた?」

 声のした方を見ると、ベッドの横で自分を助けてくれた少女が椅子に腰掛けていた。

「あ…。」

 何を言えばいいのだろうか。明らかに生まれの違う少女を目の前に、レティシアは緊張し言葉が出なかった。

「気分が悪かったりしない?」

「はい…。」

 気遣ってくれる少女に、まだ顔は少し痛かったが大丈夫だと答える。

 その答えに安心したのか少女は微笑む。その姿はとても可愛らしく、昔絵本で見た花の妖精のようだと思った。

「じゃあ、食事を持ってこさせるわね。おなかすいてるでしょ?」

 少女がテーブルの上のベルを鳴らす。すると、侍女がトレーを持って部屋にはいってきた。

 侍女はこちらまで歩んできたが、ベッドにいるレティシアを見て顔をしかめる。

「貧民の子をベッドに寝かしたのですか。汚らしい。シーツが汚れてしまうじゃないですか。」

 その言葉を聞き、慌ててベッドから降りようとしたが少女に止められる。

「大丈夫よ。ちゃんと体を拭いたもの。汚れたりしないわ。」

 レティシアは慌てて真っ白なシーツを見る。自分が眠っていた場所に汚れがないことを確認してほっとした。

 侍女は気にくわなそうな顔をしながらも、トレーを置いて無言で去っていった。

 トレーの上には暖かいスープと小麦色に焼けたパンが置かれた皿があった。

 ぎゅるる。スープの匂いに空腹を自覚したレティシアの胃袋が情けない音をたてる。

「あっ…」

 恥ずかしくて頬が朱に染まる。

 少女はくすりと笑うと、トレーからスープの入った皿とスプーンを手渡してきた。

「あまり食事が取れてないみたいだったから。最初はスープがいいと思うわ。」

 小皿に入ったスープは、濃い琥珀色をしていてとてもいい香りがした。孤児院で食べていた出汁を薄めきって、ほとんどお湯と変わらないようになっていたスープとは全然違っていた。

 ごくり。喉を鳴らし、スプーンを持ち、ひとさじすくい上げ、口に運ぶ。それを口に入れようとしたとき、孤児院の仲間たちの顔が浮かんできた。

 手が止まる。

「どうしたの…?」

 その様子を見て、心配そうに少女が問いかけてくる。

「あの…食べられない…です…。」

 震える口から言葉が漏れる。

「嫌いなものが入ってた…?」

 ぶるぶると首を振る。ちがう。とても美味しそうでお腹も凄くすいてて、食べたかった。でも。

「私以外にも…孤児院のみんながお腹すいてて…だから私だけなんて…。」

 孤児院の子はみんなここ数日ご飯が食べれてない。自分は彼らを助けるために、ここに来たのだ。なのに、みんなが飢えて辛い思いをしているのに、ここで一人だけ美味しそうな食事を食べるのはみんなへの裏切りのように思えた。

「あなた孤児院の子なのね。そんなに酷い状態なの?本来なら国からの援助があるはずなんだけど…。」

「援助なんて全然なくて、院長先生が働いてみんなを食べさせてくれて。でも、無理してたから病気で倒れちゃって。大きな子たちで何とかしようとしたけど。薬も買えないし、お金もどんどんなくなっていって…。」

 お腹がすいて泣く幼い子供たち、日に日に顔色が悪くなっていく院長、何もできない無力感。レティシアの目に涙が溢れてくる。

 そんな涙を拭ってくれる自分と同じくらいの小さな手があった。

「辛かったのね…。」

 少女はレティシアと同じぐらい悲しそうな顔をする。自分には関係のないことのはずなのに。

「ちょっとまってて!」

 少女はいきなり大声を出すと、ぴょんっと椅子から立ち上がった。どたどたどた、と走りだし、引き出しをがばっとあけごそごそと中をあさり始める。

 いらないものをひょいひょい投げ捨てるから、見る前に部屋が散らかっていく。

 レティシアは少女の様子を唖然と眺めた。

 さっきまでの少女は気品に溢れ高貴な生まれを感じさせていたのに、探しものがなかなか見つからないことに顔を顰めどんどん投げ捨てるものの飛距離があがっていく少女は、なんといえばいいかお転婆だった。だがそれは年相応の愛らしさも感じさせた。

「あ、そうだわ!」

 手を打ち鳴らした少女は、結局、部屋の反対側の箪笥に走り引き出しを開けると、今度は一発で目的のものを見つけたらしい。

「あったー!」

 紐で口が結ばれた袋を頭上に掲げる。

 少女はレティシアに駆け寄ると、その袋を手のひらにぎゅっと預けてきた。

 レティシアは戸惑って、少女と袋を交互に見る。少女はレティシアの視線にただ頷いた。

 レティシアは袋を開け中を覗き込む。

「え、えっ…。」

 中に入ってたのは十数枚の金貨と銀貨だった。レティシアのようなものが働ける場所では、賃金の支払いはいつも銅貨だった。銀貨ですらめったに見たことが無かった。

 驚いて目を見開くレティシアに少女は言った。

「これで当面は凌げないかしら。」

 確かにこれだけあれば、院長先生の薬も買える。お腹をすかせた子供たちに、たくさんのパン食べさせられる。

「で、でも…こんな…。」

 いいのだろうか。こんなに貰ってしまって。はじめて目にする大金に、レティシアの心は縮みあがってしまった。

 だが、何故かそれを見て少女はすまなそうな顔をする。

「ごめんなさい。こんな形でお金を渡されても嬉しくないわよね。でもね、本来ならあなたたちには国から支援が出ていたはずなの。それが出てればこんなことには…。私は陛下に支援金がちゃんと出るようにお願いするから。だからこれは今まで配られなかった分だと思って…。」

 レティシアはそんなこと全然思ってなかった。だから少女の言葉を聞いてむしろ驚いてしまった。だが、その言葉からも少女の自分たちへの思いやりが伝わってきた。

 後にこの時渡されたお金は、少女が想い人にプレゼントを贈るために貯めていた大事なお金だったことを知る。

「これで大丈夫かしら?」

 少女は尋ねた。

「はい。」

 レティシアは頷いた。十分すぎるほどだった。

 誰も自分たちを助けてくれなかった。孤児院の周りに住む人間は、お腹をすかせた子供たちを見ると、まるで泥棒が来たかのように追い立てた。曰く、腹が減ったから自分たちのものを盗みに来たに違いないと。

 金持ちは自分たちの横を笑いながら通り過ぎた。何も見なかったかのように。

 しかし少女は手を差し伸べてくれた。精一杯の力で自分たちを救ってくれようとしてくれている。

 レティシアは再び泣き出しそうになった。すると、少女はまた涙を拭ってくれてる。そして今度は微笑んだ。

「さ、それじゃあご飯たべちゃいましょ。あなたまで倒れちゃったらさらに大変なことになっちゃうわ。」

 少女はそういってスープを差し出してくれる。

 それを受け取り、スプーンで口まで運ぶ。今度は止まることはなかった。

 スープは冷めていたがそれでも美味しかった。口の中に優しい味がひろがっていく。

「おいしい…。」

 その言葉に少女の微笑みが増すのがわかった。

 今度はパンを差し出してくる。適度な大きさでスライスされてバターが塗られていた。

 口に含むと信じられないほど柔らかい。噛むとバターの芳醇な香りがした。

 レティシアは夢中で用意された食事を平らげた。

 三日ぶりの食事を取り元気を取り戻したレティシアを、少女は門の前まで送り届けてくれた。

「もう、馬車を止めようとしたりしないでね。私だったからよかったけど、もしお父さまや姉さまの馬車だったら…。」

 少女は辛そうな顔をしてそう言った。

「また何かあったら、私の所にきて。衛士の人に話して通してもらえるようにしておくから。」

 レティシアは頷きかけて…留まった。少女の名前を知らないことに気づいたのだ。そうそう頼ったりして迷惑をかけるつもりはなかったが、恩人の名前ぐらい知っておきたかった。

 少女もそれに気づいたのか、あっとした顔で自分の名前を明かした。

「私の名前はベアトリーチェ。この国の第四王女よ。」

「ベアトリーチェさま…。」

 王族の馬車を止めたのだから、考えてみれば当然だったが王女だったのだ。あらためて雲の上の人だと知らされたが、心に緊張はなく不思議な安心感に包まれていた。

「ベアトリーチェさま、このご恩は一生忘れません。」

 微笑を返すベアトリーチェにレティシアは頭を下げて、孤児院の方へと走っていった。

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