10.『あなたのそばに 7』
全てを聞いたベアトリーチェの心に、混乱は収まってていた。心中に広がるのはただ暗い暗い絶望だった。
納得した。仕方のないことだ。アーサーさまは王としての責務をこなされただけ。レティシアはただの侍女だった。二国を巻き込んだ話に逆らえるはずもない。誰が悪かったわけでもない。
むしろエルサティーナはさらなる権威を得られ、フィラルドはアラスト皇家の血を継ぐ正妃を出したことで大きな恩恵を受けることが出来る。レティシアはエルサティーナの正妃となる。彼女はそれを単純に幸せとは思わないだろうが、彼女が常々望んでいた孤児院への援助などは大いに叶うだろう。アーサーさまとのことも愛し合えるようになるかはわからないが、アーサーさまはレティシアを不幸にしたりはしないだろう。レティシアは容姿に優れるだけでなく、むしろその才覚や性格のほうがすばらしいとベアトリーチェは知っていた。彼女はエルサティーナにとって良き正妃になるだろうし、アーサーにとって良き妻になるだろう。
アーサーとレティシアの婚姻は、多くのものに幸せをもたらすものになるはずだ。
なのに、自分は喜ぶことができなかった。それが愛しい人にとっても、親友にとっても、この国にとっても、祖国にとっても良いことになるとわかっていても。
胸にあるのは凍えそうなほどの悲しみと孤独感。
自分はたぶんフィラルドに戻されるだろう。もうアーサーさまと結ばれることは叶わない。そしてその時、親友はもうそばにいない。アーサーさまが来るまで、レティシアと出会うまで、孤独に震えたあの城で、また一人暮らすことになるのだ。
縁談があれば他国のもとに嫁ぐことになるだろう。一度婚姻を破局されたベアトリーチェにろくな縁談は来るはずもないが。しかし、それはどうでもいいことだった。
既に思い人も親友も失った。これ以上失うものなどないはずだ。
「私はいつ祖国に戻れるのでしょうか…。」
ベアトリーチェは問うた。
思い人を親友を祝福できない狭量な心。だからせめて邪魔にだけはならないようにしようと思った。
しかし、帰ってきたのは意外な言葉だった。
「帰る必要はありません。」
言ったのはカイトだった。ベアトリーチェは訝しげに、アーサーの腹心を見る。
「どういうことでしょうか。」
なるべく早くこの国を離れたいと思っていたベアトリーチェには良い話であるとは思えなった。
「あなたの処遇についても陛下はフィラルド国王とお話になられました。そしてベアトリーチェさまに何の非もないのにこのようになってしまった事を申し訳なく思い、特例を設けられることにしました。あなたを第八妃として迎えることにしたのです。」
「第八妃…。」
エルサティーナの王家では、妃は正妃を含め7人までと決められていた。
「正妃として迎えられるという話で来られたベアトリーチェさまには、納得しがたい話であるかもしれません。ですがわが国が、陛下が用意した精一杯の処遇であります。フィラルド国王もそれを了承されました。どうかお受けいただきますようお願いします。」
祖国の了承もあるということは断ることは許されない話なのだろう。
だが、ベアトリーチェはあえて自分の心に問いかけた。それでもいいのか。
第八妃になれば、アーサーさまと結ばれる可能性が残る。しかし、特例として設けられた最低位の第八妃、その重要性は限りなく低いものだろう。アーサーさまの側妃は美女揃いと聞く、しかも正妃として新たにレティが嫁いでくる。レティの魅力はベアトリーチェが一番知っていた。たぶん側妃たちがどんなに美女だろうと、レティの魅力には敵わないだろう。それらを差し置いて自分がアーサーさまに愛されることなど、無いに等しい確率だった。
それにそれは親友であるレティと国王の寵愛を巡る恋敵になるということでもあった。
でも…。それでも…。
第八妃になれば、アーサーさまとのわずかなつながりをまだもつことができる。親友と離れないでいられる。
「わかりました…。」
ベアトリーチェは頷いた。
第八妃、その立場は自分が思うよりつらいものになるかもしれない。愛しい人が親友や側妃たちと愛し合う姿を見て、暗い感情を抱いてしまうかもしれない。愛されることも叶わないまま孤独に、後宮で息絶えることになるかもしれない。
『大丈夫。今がどんなに辛くても、ベアががんばればちゃんと幸せは来てくれるよ。』
アーサーさまが言ってくれた言葉が胸に蘇る。
諦めたくないとおもった。どんなに可能性が低くとも、その望みを手放すことはできなかった。
アーサーさまと愛し合い、共にいられること。
たとえ、愛されることが叶わず寂しい思いをすることになろうとも。いつか愛されることを願いながら苦しい思いを抱えながら生きていくことになろうとも。
それでも…。
あなたのそばにいられるなら。