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World in the Black Box

作者: 遥 彼方
掲載日:2026/10/17

僕は山田太郎。22歳。

大学を卒業し、数日後には晴れて就職することになっている。

就職先はかの有名なBlack Boxを製造、販売している会社、Black Box Companyだ。

今は2XXX年。この会社が有名になったのは、僕が生まれる前のことだからいつから一般に流通しているのかはわからない。

この製品、今では世間一般に流通して各家庭に一台、いや一人に一台とまで言われるほどの家電となっている。

こんな有名な会社に就職できるなんて、すごく誇らしい。

けれど僕がここに就職を決めたのには特別な理由がある。


このBlack Box、この製品はいい感じに欲しいものを出してくれる。

一見この製品はただの大きな黒い箱にしか見えない。

ただ普段は隠れているが、箱の外側には上下に搬入口と搬出口だけが備えつけられている。

それ以外には特段目立った特徴はなく、どういう仕組みなのか外見だけでは全くわからなかった。

けれどこの箱は、こちらが材料を入れると、何故かいい感じに欲しいものを搬出口から出してくれる。



例えば今日、僕は何も食べていなかった。

最近パスタ食べてないなと思い立ち、材料を取りに行く。

美味しくなりそうだなっていうものを冷蔵庫から適当に取り出す。

鶏肉やバター、野菜やきのこにパスタと持ってきた物を投入口に入れる。

すると、数秒して搬出口からそれは美味しそうな香りを放つパスタ料理が出てきた。


他にもスマートデバイスの調子が悪いからと搬入口に入れてみる。

すると同じく数秒で搬出口にまるで新品の装いをしたスマートデバイスが返ってくる。


けれどもっとすごいのはこれが人によって搬出されるものが変わることだ。

ガーデニング好きな母親が生ゴミを入れると、肥料が搬出される。

後日、母親は肥料をガーデニングへと有効活用していた。おそらく僕が入れるとゴミは分別されて、ゴミ袋にまとめられて出てくるだろう。

こんな便利な製品、他にはない。


僕はこの仕組みがとても気になっていた。

別に欲しいものをどこかで入力したわけでも口に出して伝えたわけでもない。それなのにいい感じになって返ってくる。

会社はBlack Boxの仕組みについて、社外秘として公開していなかった。


家族や友達になんだか不思議じゃないかと聞いてみた。

問いかける僕とは裏腹に、みな中身を全く気にしていなかった。

返ってくる言葉は決まっていた、そういうものでしょ。

太陽が昇り朝が来るように、春夏秋冬、季節が巡りゆくことに疑問を持たないように。

Black Boxは、人々にとって当然のものとして受け入れられていた。


僕は納得できなかった。

だから箱の中身を調べようとしたんだ。

箱は少し横長の段ボール1個分ほどの大きなもので、手触りはツルツルとしていた。

全体は黒く、光の反射で微かにラメがキラキラして見えた。

入出力の穴は通常閉じていて、こちらが何かを入れようとした場合でないと穴は開かず、穴以外に取っ掛かりは見つからなかった。

そしてとても重く、頑丈で、簡単に運んだり壊したりできるような代物ではなくて、分解できるようなネジなども見つからない。穴の中を覗くしか中身を知る手段は残されていなかった。

僕は試しに近くにあった生ゴミを搬入口に入れつつ、その隙間から穴の中を覗いてみた。


一瞬見えたのは小さな世界だった。

何度も生ゴミを入れ続け中を観察する。

そこには山や川、海に点々と並ぶ街並みや畑が広がり、それを魚眼レンズで遠くから俯瞰しているように見ることができた。

搬入口の穴が閉まってしまった。


僕は一体何を見たんだ?

程なくして搬出口から大きなゴミ袋が一つ出てきた。

予想外の光景に好奇心が沸き立つ。

どうしても気になってしまい、手近なものを何でも入れて、中を観察し続けた。

分かったのは中の世界にも人がいたことだった。

Black Boxの中の世界で過ごす人々は僕らと同じように生活をしていた。

ただ、こちらの世界より早く時間が過ぎているようだった。

まるでタイムラプスのように激しく景色が移り変わり、合わせて人々が倍速で生活していた。

そこで生活する人々を観察すると、彼らは日常的に空を見て何かに祈りを捧げていた。

そして搬入口に入れた材料は空から舞い落ち、彼らはそれを天の恵みかのように恭しく受け取っていた。

材料はそのまま人々の手によって運ばれていき、その経過を追い続けることは叶わなかった。

けれど、最終的には多くの人々が空へと祈りを捧げて、加工された製品を海へと流しているところを見ることができた。


思いがけないBlack Boxの秘密に俄然興味が湧いてしまう。

箱の中には小さな世界が存在していた。これをBlack Box Companyは隠していたのか。

僕は秘密を知ってしまった罪悪感でドキドキが止まらなかった。

もっと知りたい。何故こんな小さな世界が実在できるのか?そして、何故人に合わせていい感じにしてくれるのか。

だから僕はここを就職先に決めたんだ。



*



今日は工場の初出勤日だ。

外から黒い外観をした工場に入る。

「今日から勤務することになりました。山田太郎と申します。皆さんご迷惑をおかけするかと思いますが、誠心誠意働きますのでどうぞ宜しくお願いします」


初日は工場内の見学だった。

工場は自動化が進んでいるようで、職員も実際に製品を作り上げるようなことはしていなかった。目視確認で問題がないかを主にチェックしているようだった。


続いてBlack Boxの製造ラインに向かうことになった。

長い廊下を案内される。

どうやら見学用のスペースのようで、廊下の窓からちょうど大きな機械の搬出口からBlack Boxが次々とベルトコンベアで流れていくのが確認できた。

更に廊下を歩き、奥の扉をくぐる。

すると、壁越しにBlack Boxを搬出した機械と繋がるように様々な機械がひしめき、室内の奥の壁まで連なっていた。


おそらくあの中でBlack Boxを作り上げているんだろうけれど、その様子を外から伺い知ることはできなかった。

その先はどうなってるんだろう。

何を材料としてBlack Boxは作られているのか。


ここで見学は終わりのようで、次は実際に働く場所を見に行くことになってしまった。

この先を見たい僕は焦り嘘をついてしまう。

「すいません、その前にトイレに行きたくて……」

周囲に断りを入れて、その場から抜け出す。

戻ればトイレはあるのに、廊下の奥へ進む僕を誰も咎めはしなかった。


Black Boxの謎を知りたい。

その興味本位に従い、廊下の突き当りにある扉をくぐる。

先程と同様に、機械がひしめき、ズラッと並んでいた。ここでも中を知るすべはなさそうだ。


廊下を進み、扉を開ける。

変わらず同じような景色が続く。


廊下を進み、扉を開ける。

変わらない。


扉を開ける。変わらない。

扉を開ける。変わらない。

扉を開ける。変わらない。

扉を開ける。


これまで何もなかった廊下にぽつんとタブレットが一つ落ちていた。



誰かが落としていってしまったのだろうか。

拾って見てみると、タブレットは自動で起動した。

中には『製品一覧』と表示されたアプリが一つだけあった。

もしかするとBlack Boxの謎がわかるかもしれない。

迷わずタップし中身を確認してみる。


すると、人名のついたファイルが大量に表示された。


人の名前?


スワイプして一覧を眺めてみる。

試しに一つタップしてみたが、開くことはできなかった。

よく見るとファイルのアイコンには鍵マークがついていた。


多くの人名が表示されているのを見て、ふと思い至る。

恐る恐る検索欄に自分の名前を入れてみた。

ヒットした。

『製品資料_山田太郎』と書かれていた。

タップしてみると開けることができてしまった。


僕のことが書かれていた。

【『製品資料_山田太郎』と書かれていた。

タップしてみると開けることができてしまった。】


直前まで僕のやっていた行動や考えていたことですらそのまま記録されていた。

そのファイルは今もなお更新され続けている。


監視されているかもしれない。周りを見回した。

更新された内容には、【監視されているかもしれない。周りを見回した】と自分がした行動がそのまま追記される。

なんでだ、なんで今僕がしていることがリアルタイムで記録されるんだ。しかも考えていることまで。


震えが止まらない。

どうやって監視しているんだ?ヤバい、嘘をついたことがバレてしまってる。

ちょうどトイレを示す扉を見つけた。

ここだ。急ぎ入り、個室の中へと隠れる。

よかった。これで嘘をついたことにならない。


トイレには見える場所にカメラや人といった僕を監視するものは見つからなかった。

ここなら、僕の行動を記録することはできないはず。

タブレットを持ってきてしまっていた。

確かめるように普段と違う行動をしてみる。

【突然便座の上に立ち、笑いだした】と記録された。

監視されていないはずの場所で、普段しないことをしたのに、僕の製品資料は変わらず情報を更新した。

いやそれより、行動を起こしたタイミングで記録されたように見えたが気のせいだろうか。もし監視していたとしてもタブレットに反映されるのが速すぎないか?


ファイルの内容をもう一度よく見てみた。

スワイプして、上へ上へと遡る。

【

例えば今日、僕は何も食べていなかった。

最近パスタ食べてないなと思い立ち、材料を取りに行く。

美味しくなりそうだなっていうものを冷蔵庫から適当に取り出す。

鶏肉やバター、野菜やきのこにパスタと持ってきた物を投入口に入れる。

すると、数秒して搬出口からそれは美味しそうな香りを放つパスタ料理が出てきた。


他にもスマートデバイスの調子が悪いからと搬入口に入れてみる。

すると同じく数秒で搬出口にまるで新品の装いをしたスマートデバイスが返ってくる。

】


Black Boxを使っている僕が記録されていた。

もしかしてこの時も同じように記録されていた?

なんで自分の欲しいものがわかるのか。中の人も製品資料を見ていたとしたら……?


いや、そもそもどうやってこれは記録されているんだ。監視しただけじゃわかるはずのない情報まで載っている。

僕は自分の意思で動いているはず。それなのに、もしそれが予め決められていたものだとしたら……。

いや、そんなことあるわけが……。


製品資料の先頭にたどり着いた。

【

僕は山田太郎。22歳。

大学を卒業し、数日後には晴れて就職することになっている。

就職先はかの有名なBlack Boxを製造、販売している会社、Black Box Companyだ。

今は2XXX年。この会社が有名になったのは、僕が生まれる前のことだからいつから一般に流通しているのかはわからない。

この製品、今では世間一般に流通して各家庭に一台、いや一人に一台とまで言われるほどの家電となっている。

こんな有名な会社に就職できるなんて、すごく誇らしい。

けれど僕がここに就職を決めたのには特別な理由がある。

】


僕の自己紹介から始まっていた。

僕には人生があって、これまで生きてきた記憶もある。なのに、製品資料にはつい数日前のことしか書かれていない。

このときの僕は何の違和感もなかった。けれど見返して気づく。まるで誰かに説明しているみたいだ。

製品一覧にあった僕の名前のファイル、そこに記載され続ける僕自身のこと。


僕は誰かのために作られた製品だった?


これまでの疑問や行動ですら僕は操られ、望まれていたものだったとしたら?

未だ製品資料は更新され続け完成しない。

だとしたら僕は誰のために……?



ここは危険だ。

僕は気づいてはいけないパンドラの箱に手をかけてしまったんだ。

タブレットを捨て、来た道を引き返した。


来た時は長く感じられた廊下も帰る時は一瞬だった。

工場の職員や警備員とすれ違うが、急ぎ走り去る僕を誰一人として呼び止めるものはいなかった。誰もがそれが当然かのように素通りさせてくれる。


工場から出た。

日差しが眩しい。手を翳し空を見上げる。

「ああ、そういうことだったんだ」




「僕の人生はいい感じでしたか?」


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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