第8話 僕も好きだけど……?
芳賀くんはなんと、僕のことが好きらしい。
これは、とんでもないことだ。
「芳賀くんって、僕のことが好きなんだ……」
浮かれて繰り返したけど、すぐにはっとした。
この「好き」は、一体どんな意味なんだろう。だけど芳賀くんがそう言ってくれた以上、僕も素直な気持ちを差し出した方がいいだろう。
「ぼ、僕も、芳賀くんのこと」
だけど、言葉が詰まって出てこない。芳賀くんはあんなにするっと言ってくれたのに、僕は臆病者だ。
「す、き……だよ」
ぼそぼそと、とぎれとぎれにしかできなかったけど、言えた。全身に達成感が駆け巡り、一瞬だけ無敵になる。
恐る恐る芳賀くんの方を見ると、真っ赤になって固まっていた。
「あ、あれ」
「それってどういう意味?」
食い気味に質問されて、僕はいよいよ言葉に困った。
「と、とも……」
嘘をついた方がいいんだろうか。僕の気持ちをぶつけて、芳賀くんが傷ついたりはしないだろうか。
だけど芳賀くんは、まっすぐに僕を見つめている。それが嬉しくて、僕は気づけば「好きだよ」と口に出していた。
「友達としてじゃなくてたぶん恋してる。気持ち悪かったらごめん」
最初は早口で大きな声だったけれど、ごめん、はほとんど吐息みたいな声だった。芳賀くんは弁当箱の蓋を閉じて、きっちりと布巾で包んで床へ置いた。
そして僕の正面へしゃがみこんで、僕の眼をまっすぐ見据えた。
「俺も」
「え?」
なんだか今、とんでもない言葉が聞こえた気がする。
「俺も、吉田のこと好き……」
いつになく自信なさげな声だった。震える声で、上目遣いで、僕のことを見つめてくる。
「……僕のこと、好きなんだ」
いまいち現実味がない。芳賀くんが、僕のことを、好き。
「うん。俺も、吉田のこと、そういう意味で好き」
「そういう意味って」
じわじわと身体の奥から熱があがってくる。なんだか、とんでもないことになってしまった。
「だから付き合ってほしいんだけど、ダメ?」
芳賀くんが上目遣いに尋ねてくる。
これでダメって言える人は、きっと世界中を探したっていないだろう。
「はい。付き合ってください……」
小声だった上にかすれていたけど、僕はなんとか返事をした。芳賀くんが腕を広げて、僕へにじり寄ってくる。
何をしたいか、すぐに分かった。僕も急いで弁当をしまって、芳賀くんへ抱き着く。
「うお」
芳賀くんが声をあげる。僕は抱き着いてみて、愕然とした。身体の分厚さが違いすぎる。胸板の厚さも、腕の太さも、全部芳賀くんの方がずっとある。
するりとうなじを撫でられた。くすぐったい。首を小刻みに振ってこらえると、「いや?」と囁かれた。
「い、いやでは、ない」
なんだか変な言い方になってしまった。だけど芳賀くんは気にした様子もなく、「そっか」と笑った。腰もとに手が回って、引き寄せられる。芳賀くんの心臓がばくばくしているのも、僕の呼吸が少しあがっているのも、全部丸わかりだ。芳賀くんの大きな身体ですっぽり包まれると、どきどきするのに安心する。変な感覚だ。
「かわいい。これからたくさんかわいいって言ってもいい?」
「別に……いいよ」
なんだか恥ずかしくて、嬉しいとは言えなかった。芳賀くんは気にした風でもなく「ありがとう」とお礼を言う。それは僕の台詞だ。
僕たちはひとしきりハグを堪能した後、身体を離した。そそくさと座りなおして、弁当の残りを食べる。
「……みんなには、内緒にしておきたいんだけど、いいかな」
付き合っていることがクラスにばれるのは恥ずかしい。それに悲しいけれど、アウティングされて僕たちの関係を変に言いふらされる危険もある。僕のお願いに、芳賀くんは「そっか」と頷いた。
「俺は吉田のこと、俺の彼氏だって言いたいから、斎藤にだけ言っていい? 一番仲のいい友達なんだ」
「ん。分かった」
芳賀くんの彼氏は僕。なんだかすごい日本語だ。
僕はぽうっと浮かれた気持ちのまま、弁当の最後に残しておいた唐揚げを頬張った。
教室に戻って、席につく。芳賀くんはすぐにいろんな人に取り囲まれたけれど、今の僕はそれに嫉妬しない。だって芳賀くんは僕が好きで、僕も芳賀くんが好きなんだから。
ふと芳賀くんがこちらを見る。僕もアイコンタクトだけ返して、かばんからクロッキー帳を取り出した。
こっそり芳賀くんをモデルにドローイングする。あとで見せてあげよう。
芳賀くんの周りへたむろっている人たちを、こっそり盗み見る。明るい性格。楽しいおしゃべり。場を盛り上げるための相槌。全部僕には無理なことだけど、きっと僕の良さって、そこじゃないんだろう。
そんなうぬぼれたことを考えながら、クロッキー帳へボールペンを走らせた。
「そういえばさ、今日から新作バーガー出るじゃん。マギーハウスのさ」
グループの一人が言い出して、「それ気になってた」と続く人が出る。
「食べにいこうよ。ね、海斗」
僕とのお付き合い初日なのに? 一瞬そう思って、つい芳賀くんを見てしまった。人に取り囲まれた芳賀くんと一瞬、視線がかち合う。
「俺、今日はパス。ダイエット中だから」
「えー! これ以上絞るところないでしょ」
「これが意外とあるんだな」
芳賀くんは朗らかに笑いながら、スマホをいじっていた。僕のスマホへ通知が来る。
チャットの方に、安心して、というメッセージが来ていた。僕は嬉しくて、にやけるのを我慢しなければいけなかったくらいだ。




