第7話 席替え(芳賀視点)
吉田からの返信が来ない。
猫のスタンプを最後に返信がない。追加で俺からメッセージを送るとしつこいと思われるかもしれない。途中でちょっと様子がおかしくなったから心配だ。
でもしつこいと思われるのは嫌だから、一旦引くことにした。どうせ月曜日の朝になったら、吉田と会えるんだから、それでいいだろう。
本音を言うなら、なんでもいいから返事が欲しい。くだらないことでも話してほしい。
俺は吉田のことが好きだ。だからなんでも話してほしいし、教えてほしい。DMの通知が嫌だと言われた瞬間、すごく嬉しかった。俺にもっとわがままを言ってほしいし、本音をもっと教えてほしい。
最初はフォローしている神絵師本人なんじゃないかと思って、俺から声をかけただけだった。そしたら本当に本人だったことには驚いたけど、それ以上に吉田がかわいくてびっくりした。
動作がいちいち小動物みたいだ。心を許してくれたときの笑顔がゆるくてふわふわしている。オタク特有の早口すらかわいい。俺に気を許してくれているけど、その相手はクラスで俺だけだ。
めちゃくちゃみっともない本音を言えば、俺以外と仲良くしないでほしい。俺以外にオタク特有の早口を聞かせてほしくないし、イラストも最初に見せるのは俺であってほしい。
ということを斎藤へ深夜にDMしたら、「気を確かに」と言われた。たしかに、気は確かではないかもしれない。吉田へ恋をしているのに、冷静でいられるわけがないだろう。
眠れない夜を過ごした後、月曜日がやってきた。約束をしなくても吉田に会える日だ。眠れなくて若干寝不足だ。昨日も吉田とのデートが楽しみすぎて眠れなかったからダブルパンチだ。
だというのに、よりにもよって今日は朝練の日だった。泣く泣く走り込みとパス練習へ参加する。練習が終わったらダッシュで着替えて、制汗シートでしっかり汗を拭いてから、教室へ入ったら。
真っ先に吉田を探す。いつもの席にいない。
「……でさ、あの時のイベストが本当によくて」
でも声はする。吉田の姿を探すと、教室の後ろでたむろっている集団がいた。クラスの大人しめの男子たちと、吉田が一緒に話している。
「分かる~! 俺もあのイベントめっちゃ好き。新実装のキャラもよくてさ」
「ね」
吉田のやわらかい相槌が、俺以外に向けられている。それがなんだか悔しくて、気づけば「なんの話してんの?」と割り込んでしまった。
彼らは突然会話へ入ってきた俺に驚いた顔をした後、「芳賀くんもこのゲームやるんだ?」と食いついてきた。
「うん、やるよ。吉田もそうだよね」
「そうだよ」
吉田も驚いたのか、目を丸くして俺を見上げてくる。
俺は驚く吉田を一旦置いて、彼らと話を始めた。吉田にも時々話を振ると、答えてはくれる。だけど、なんでかいつもよりぎこちないかもしれない。
そうこうしているうちに予鈴が鳴る。俺たちは「じゃ」と軽く挨拶をして、それぞれの席についた。
先生が入ってくる。朝のホームルームでは、ついでという感じで発表があった。
「そろそろ席替えをするからなー」
「え! じゃあおれ、窓際の席がいいです!」
「トレードはなし。目が悪いとかで配慮の必要がある人は、先に申し出ておいてくれ」
「前の席やだー」
上がるブーイング。俺は正直、席替えなんてしなくていいのにと思った。このままがいい。まだ吉田と仲良くなり切れていないのに。
ちらりと吉田を見ると、ぼんやりと黒板を眺めていた。
「吉田は席替え、どの席がいい?」
肩を叩いて尋ねると、はっとして姿勢を直す。
「僕はどこでも……けど、今の席は、気に入ってるから離れたくないかも」
その気に入っている理由に俺がいたらいいのに、と思った。
吉田は「芳賀くんは?」と聞き返してくる。俺は考えるまでもない。
「今の席がいいな。吉田がいるし」
「もう、そんなこと言って」
照れくさそうに言うのがかわいい。そんな風に話をしている間に、ホームルームが終わった。授業が始まる。
その授業の間、俺はちらちらと吉田の横顔を盗み見ていた。少し眠そうで、珍しく居眠りしかけている。
授業が終わって昼休みに入ってから、吉田に声をかけた。
「吉田。弁当持って、こっち来てくれる?」
「うん?」
吉田は少し首を傾げながら、俺についてきてくれた。吉田は警戒心が少し強いから、ここまで気を許してくれていることが嬉しい。この調子でどんどん距離を詰めていきたい。
付き合えるものなら付き合いたい。だけど俺は、望まない相手からの望まない好意は、時として凶器になってしまうことを知っている。
気持ちを伝えるのは、今じゃだめだ。この瞬間に言ってもきっと、お互いに傷ついて終わるだけだ。
だけど吉田が俺以外に親しい人間を作ったりだとか、挙句の果てに恋人とかを作ったら、俺は一体どうなってしまうだろう。祟り神とかにならないといいな。
吉田が新しく友達を作っただけの今でも、相当やばいのに。
そんなことを考えながら、吉田をあの屋上へ続く階段へと連れ出した。踊り場へ座り込んで、すぐそこの床を掌で叩く。
「座って」
吉田は少し迷ったように身体を揺らして、だけど頷いてくれた。
大人しく、俺の隣へすとんと座る。そして膝の上に弁当箱を抱えて、広げた。
「芳賀くん。昨日は、ありがとう」
「ううん。こっちこそ」
吉田の頭が少しうつむいて、箸を手に取る。
「いただきます」
手を合わせるちんまりとした仕草がかわいい。俺は内心にやけながら、俺も弁当を開いた。
「芳賀くん、今日は弁当なんだね」
「うん。今日は家族が作ってくれた」
俺の両親はすごく仕事が忙しい人たちだ。そんな中でも俺の食事を用意しようとしてくれるけど、そういう余裕のある日は少ない。だから今日の弁当は、少し楽しみだった。
箱を開ける。焼いた鮭をメインに、冷凍のほうれん草のおひたし、冷凍のコロッケ、冷凍の小さいグラタン。それから多分これも冷凍のブロッコリーに、マヨネーズが添えられている。
「いただきます」
吉田にならって手を合わせる。吉田は先に食べ始めていた。小さな口で白米を噛みしめているのが本当にかわいい。俺は今日の午前中だけで、何回吉田をかわいいと思ったんだろうか。
そんな他愛もないことを考えながら、弁当を食べる。
「そういえば吉田、昨日楽しかったね」
「あ! ああ、昨日ね……」
吉田はもじもじしながらうつむいた。何かあっただろうか。
「その……ごめんね。あの時は変なこと言っちゃって」
「変なこと?」
まるで心当たりがない。昨日のことを思い出していると、吉田がうつむきがちに「DM通知のこと……」と声をしぼりだすようにして言った。
「や、妬いちゃってごめん。僕、芳賀くん以外に仲のいい人がいないからって、あんなのはちょっとね」
「それは全然気にしてないよ」
本音だ。むしろもっとしてほしい。俺は吉田が思っているずっと重い奴で、しかも吉田のことが好きなんだ。そんなの全然、負担のうちにも入らない。
なのに吉田はちいさくうなって、「恥ずかしい」と呟いた。
「いくらなんでも、通知に嫉妬するとか」
「俺は嫉妬してくれて嬉しいよ」
ぺろりと本音がこぼれた。吉田はぱっと顔をあげて、俺をまじまじと見つめた。顔が赤い。
俺までどきどきしてきた。顔が耳まで熱くなって、その、と口ごもる。
吉田は「もう」とすごむように顎を引いた。
「そんなこと言われると、勘違いしちゃうじゃん」
「勘違いって、どんな?」
一体どんな勘違いをするって言うんだろう。全力疾走した後みたいに、心臓がばくばく鳴ってうるさい。
吉田は目線を下に落としたまま、耳まで真っ赤になって、呟いた。
「ぼ、僕のこと、すごく好きみたいだ……」
実際、俺は吉田のことがすごく好きだけどな。
「俺は吉田のことがすごく好きだけどな」
吉田がぱっと顔をあげて、俺をまじまじと見つめる。俺は思わず自分の口元へ手を当てた。弁当箱を抱えたまま、顔を伏せて表情を隠す。
「芳賀くん。今、僕のこと好きって」
「あ、あーあーあー」
最悪だ。やっぱり吉田の言う通り、寝不足はよくない。俺はうなりながら、ここからどうやってリカバリするかを考えていた。
友達として好きだって言う? でもそれをやったらもうワンチャンすらもなくなりそうだ。素直に告白してフラれて、友達としてよろしくって言う? いや、たぶん吉田はそこまで器用じゃない。
完全にやらかした。恐る恐る吉田を見ると、なんでか目を輝かせていた。
「芳賀くん、僕のこと、好きなの?」
頬はうっすら赤らんで、瞳はちょっとうるんで色っぽい。かわいい。
俺は気づくと「好きだよ」と口に出していた。降参だ。




