第6話 自覚
僕たちは芳賀くんの選んだお店に行って、お茶をした。
何がなんだかよく分からないけど、芳賀くんとしては僕の発言は気にならなかったみたいだ。よかった。
よかったのか? 友達が嫉妬するからって理由で、SNSの通知を切るのは普通なのか?
相変わらず、頭の中ではぐるぐると考えが渦巻いている。おかげでお店のオススメだっていうチーズケーキの味もよく分からなかった。
僕の態度がぎこちなくなっても、芳賀くんは優しく話してくれた。だから僕もひとまずは、いつも通りに話そうと思った。
そうこうしている間に、日が暮れる。そろそろ解散しようかと話を合わせて、駅まで戻った。
「じゃあ、また明日。学校で」
「うん。またね」
そう言って、改札前で別れた。
僕は電車へ乗り込んだ。車内はそこそこ空いている。だけど席にも座らずに、ぼーっと夕日を眺めた。
芳賀くんにたくさん来る通知へ嫉妬した自分に驚いたし、それを聞いて通知を切った芳賀くんにも驚いた。
一体なにが起こっているんだ。茫然としていると、スマホへ通知が来る。芳賀くんからのチャットだ。
今日はありがとう、楽しかったよ、という気さくな文面だ。僕は一体、なんて返信すればいいんだろう。とりあえず、「こちらこそありがとう」と返信しておいた。
本当にどうすればいいんだろう。よく考えてみれば、最近の僕は芳賀くんを独占しすぎだったような気がする。
たくさん来ていた芳賀くんのSNSの通知を思い出す。芳賀くんには、あれだけ待っている人たちがいるんだ。僕だけが独占するのはよくない……かもしれない。
芳賀くんは、僕がぼっちなのに同情してくれているのかもしれない。でも僕はぼっちも平気だから、気にしなくていいのに。
なんだか情けない気持ちになってきた。
家の最寄り駅の名前がアナウンスで流れる。僕は出口になっている右手側のドアの横によりかかった。明日からは、芳賀くんが僕へ気を使わないでいられるようにしたい。具体的にはどうしたらいいんだ。人に話しかけるとか……? もっと他の人と仲良くするとか……?
悶々と考え込んでいる間に、ドアが開く。ホームへ降りて、改札へと続く階段を上がる。構内へ出て、道を歩いて、家に帰っても同じことを考えていた。
「ただいま」
「悠希、おかえりー」
お父さんの声が、玄関を開けたとたんに出迎えてくれる。お母さんがリビングから顔を出して、「どうだった」とにこにこ聞いてきた。
「別に。ふつう」
「ふうん? まあいいわ。お兄ちゃんにも連絡してあげてね」
そしてお父さんとお母さんがあれこれ楽しそうに話しはじめる。この家の中で僕だけが突然変異の陰キャ。身の置き所ってやつがちょっとない。
夕食を食べて部屋へ戻ると、スマホに通知が来ていた。芳賀くんからだ。
今日撮った写真が送られてきた。また遊びに行こうとか、そういうメッセージが添えられている。芳賀くんはなんていい人なんだろう。あんなつまらない嫉妬をした僕に合わせてくれて、こんな風にアフターフォローまでしてくれて……。
僕はメッセージへ既読をつけて、「ありがとう」と送る。他に何か言おうと思って、指が止まった。
なんて言えばいいんだ? 「嫉妬してごめんね」はなんか違う。「楽しかった」だけだと素っ気ない気がするし、気を使わせておいて図々しくないか? 何が正解なんだろう?
困ったときにはスタンプだ。ねこが笑顔を振りまいているスタンプを押して、様子をうかがった。
お風呂に呼ばれてしばらくスマホから離れる。いつもよりさっと済ませて部屋に戻ると、既読だけがついていた。何かまずいことをしてしまっただろうか。
なんだかもやもやする。
「……まあ、いっか」
あえて声に出して呟いた。充電器からお絵かき用のタブレットを外して、膝に抱える。
いつも通りの絵を描く前のルーティンを始めた。丸をたくさん描いているうちに、頭の中が無になっていく。
だんだん眠気がやってきて、部屋の電気を消した。ベッドへ潜りこんで、また芳賀くんとのチャット画面を開く。まだ返信はない。
いや、気にしたって仕方ない。明日学校へ行ったら、ちゃんとあいさつして、ちゃんと話そう。
それで、芳賀くん以外の人とも話してみよう。がんばるぞ。
気は進まないけど、このまま芳賀くんに気を使わせてしまう方が嫌だ。
目をつむって眠ろうとするけれど、昼間見た芳賀くんのスマホの画面が頭から離れない。ぽこぽこと増えていく通知を思い出して、なんでか胸がずきずき痛んだ。
友達がとられると思ったんだろうか。だとしても、こんな風になるなんて、我ながら思いつめすぎだ。
芳賀くんに対して、僕は執着してしまっている。そのことにやっと思い至って、叫びだしたくなった。こんな気持ち、友達へ向けるには重たすぎる。
申し訳ない半分、ある程度は納得もできた。だから芳賀くんと一緒にいると楽しかったし、今日のデートも楽しみだったんだ。
今デートって言ったか?
「うわーっ!」
思わず声を上げてしまった。そうだ、芳賀くんはデートだと言っていた。ベッドの上で布団を巻き込みながら転がる。じたばたと暴れながら、恥ずかしさでいっぱいだった。
そうだ、芳賀くんがデートだと言って、僕は嬉しかった。気持ち悪いだなんて全く思わなかった。それに芳賀くんと話していると嬉しくて、ほっとして……ドキドキもして……?
「好きじゃん」
茫然として、ぱたりと全身の力が抜けた。そうか、僕は芳賀くんのことが好きなんだ。優しくて、話していて楽しい芳賀くんが好き……。
なんて勝ち目のない恋だろう。僕はいてもたってもいられなくなって、ゴールデンエッジを開いた。ごりごり周回をして頭を無にする。
単純作業を繰り返しているうちに、気持ちもだんだん落ち着いてきた。だけど暗闇の中でブルーライトを浴びて、目はギンギンに冴えている。
恥ずかしい。好きだ。叶いっこないだろこんな恋。
頭の中でいろんな気持ちが暴れまわって、「草」の一言にまとまる。オタクの悪いところだ。
日付が変わったことに気づいて、スマホの画面を落とす。無理やりにでも目をつむって、枕へ顔を押し付けた。
明日学校へ行ったら、一体どんな顔をして芳賀くんへ挨拶すればいいんだろうか。
芳賀くんは人気者だ。僕なんかじゃ全然つり合わない。そんなことは全部分かっている。
だからきっと黙っているのが一番いいんだろう。それから他の人とも仲良くして、芳賀くんの負担を減らす。
やるべきことははっきりしているのに、どうしても気は進まなかった。




