第5話 大多数の中のひとり
「吉田さぁ、マジで俺の心を弄ばない方がいいよ」
「何も弄んでなんかないけど」
「うそつけ」
何故かじっとりとにらまれている。だけど本当に心当たりがない。
とりあえずこちらもにらみ返すと、芳賀くんはいよいよテーブルの上に突っ伏した。しばらくうなった後、「まあいいや」と首を横に振りながら身体を起こす。
「俺だけ気づいていればいいか……」
何に気づいているんだろうか。僕はコーヒーを飲みながら、芳賀くんの観察を続けた。
指先でフレッシュを持ち上げたけど、コーヒーに入れるかどうか手が迷っている。だけどフレッシュを置いて、カップへちびちびと口をつけた。顔をしかめる。どうやら、ブラックコーヒーは苦手みたいだ。
「砂糖あるよ」
助け船のつもりでスティックシュガーを差し出すと、なんでか恨みがましい目つきで見られた。
「うん。ありがとう」
だけど素直に受け取って、砂糖をさらさらとカップへ注いでいく。そしてスプーンでゆっくりとかき混ぜながら、芳賀くんは僕を見て頬杖をついた。
「吉田、緊張してる?」
不意打ちで尋ねられて、「いやぁ」とあいまいな返事しかできなかった。正直、図星だ。腰のあたりがむずむずして居心地がちょっと悪い。
だけど緊張しているというのは、悪いことだけを指すんじゃない。
「楽しみだったし、実際楽しいから、テンション上がっちゃってるかも……」
今の僕の気持ちは、遠足当日の小学生がいちばん近い。体調を崩しかねないほどのわくわくは、もはや緊張だ。
「だから芳賀くんと出かけるのが嫌ってわけじゃなくて、むしろ楽しんでるだけだから、気にしないで」
誤解のないように念押しすると、芳賀くんは「そっか」と目を伏せた。そしてコーヒーをすすって、無言でカップを置く。
「俺以外にもそういうこと、言うの?」
「言わないけど?」
そもそも僕を誘ってくれるのなんか、芳賀くんだけだ。それに変な話……、僕も芳賀くん相手じゃなかったら、きっとここまで緊張しない。
それなりに楽しみにして、それなりに楽しんで、あっさり解散すると思う。
だけど僕は、今日のためにわざわざ服を買うくらい、すごく楽しみだった。今だってすごく楽しい。お昼ご飯食べたら解散かなと思うと、寂しい。
「うん……芳賀くん相手じゃなかったら、言わないかも……?」
改めて考えてみると、僕は友達として重すぎるかもしれない。えへへ、とごまかすように笑う。恥ずかしい。
芳賀くんは僕をじっと見つめて、目を細めた。
「そう? ならよかった」
何がよかったんだろう。だけど僕には分からないようなことを芳賀くんはいっぱい知っているだろうし、芳賀くんと仲良くなればきっと分かるだろう。きっとそういうことだ。
そうこうしている間に、パスタが運ばれてくる。僕と芳賀くんの前にカルボナーラが置かれた。
渦巻きに盛られたこがねいろの麺のてっぺんに、ぴかぴかの卵黄が乗っている。ちりばめられたチーズとクリームのミルキーな香りに、分厚いベーコンの香ばしい香り。
間違いない。これはおいしいやつだ。
「いただきます」
僕は早速手を合わせて、フォークを握った。卵黄へ突きさすと、つぷりという手ごたえの後に、きんいろの中身がとろりと広がってとろけていく。
「おいしそう」
ちらりと芳賀くんを見ると、なんだか真面目な顔をしてスマホをこちらへ向けていた。
「んえ?」
「吉田。写真、撮っていい? どこにもあげないから」
「うん? いいよ」
よく分からないけど、芳賀くんだったらきっと変なことはしないだろう。
僕が許可を出すと、芳賀くんは「ありがと」と言ってシャッターを切った。二回、三回とシャッター音が鳴る。
「撮りすぎだよ」
そういう新手のギャグなんだろうか。おかしくなって笑うと、「撮りすぎかなぁ」と芳賀くんが笑う。またシャッター音が鳴る。
芳賀くんもスマホを机に置いて、フォークとスプーンを手に取った。スマホは液晶画面が上向きになっていて、少しひやひやする。できるだけ見ないようにしておこう。
「吉田って、昨日から始まったガチャ引いた?」
「うん。推しピックアップだったから」
いつも通りのオタクトークが始まってほっとする。
はじめはガチャの話。それから周回の話。イベントや本編のストーリーの感想。
友達と話しながらの食事って、こんなに楽しいんだ。たくさん喋ってしまう。
そしてあっという間にカルボナーラを食べ終わる。お腹いっぱいで、満足だ。
フォークを置いて、手を合わせて「ごちそうさま」と呟く。芳賀くんもフォークを置いて、同じように「ごちそうさま」と呟いた。
このまま終わるのは惜しいと思う。だけどここから先、どうやって話を繋げればいいのか分からない。
ふとバイブ音が聞こえた。芳賀くんのスマホからだ。
何気なく視線がそちらへ行ってしまう。画面には、SNSらしき通知がいっぱい来ていた。
あっ、と思う。そうだ。芳賀くんには友達がたくさんいる。
僕はその中の一人でしかない。
僕にとって芳賀くんは、たった一人のクラスの友達なのに。
「吉田、どうかした?」
芳賀くんが首を傾げる。はっと我に帰って、「なんでもない」と誤魔化した。
「えっと……そろそろ、お開きにする?」
本当はもっと一緒にいたい。そんな気持ちと裏腹に、口が解散しようと言う。芳賀くんは目を丸くしたけど、「なんか用事あるの?」と聞いてきた。僕はなんとか言い訳を考えようと、頭を捻る。
「特に予定はないけど、芳賀くんは忙しくないかなって、思った」
ダメだ、どう言ってもあてつけっぽくなる。焦る僕をよそに、芳賀くんは首を横に振った。
「俺は今日、なんもないよ。人と遊ぶ日は、それ以外の用事を入れない主義だし」
「ん。そっか」
嬉しいような、申し訳ないような。今日は僕が芳賀くんを独り占めらしい。
いや、何を考えているんだ。独占できて嬉しいだなんて。
「とりあえず、出ようか」
お店の前には、まだ入るのを待っている人がいる。立ち上がると、芳賀くんも立ち上がった。
それぞれお会計して、お店を出る。庇の下に集まって、顔を見合わせた。
「吉田、この後どっか行きたいところある?」
「うーん……今考える」
「今考えるの? いいね」
なんでか芳賀くんは嬉しそうだ。
僕はスマホを開いて、周りのお店を検索した。だけどこういうことに疎すぎて、いい感じのお店が見つけられない。
うんうん唸る僕に、「俺も探す」と芳賀くんもスマホを開いた。そして手際よく検索をかけて、「こことかは?」と画面を見せてくる。ちょうどぽこんと通知が来たのが見えた。僕のやっていないSNSのDMみたいだ。見てはいけないものを見てしまった気分。
「……うん。いいと思う」
だけどよく考えたら、それが当たり前だと思う。芳賀くんはみんなの人気者。僕みたいに、部活の友達とすら遊びに行かない隠キャとは違う。
勝手に浮かれて、勝手に線引きして、自分勝手だ。でもそれ以外に、どうやってこの気持ちをやり過ごしたらいいんだろう。
僕はあろうことか、芳賀くんの友達の不特定多数に嫉妬している!
「じゃあ、行こうか」
芳賀くんの後について歩きはじめる。あんなささいなことなのに、頭の中がぐるぐるしていた。
「吉田、大丈夫?」
声をかけられてはっとする。顔を上げると、芳賀くんが心配そうにこちらを見ていた。
「なんでもないよ」
慌てて首を横に振って誤魔化す。芳賀くんは「そう?」と首を傾げて、立ち止まった。
「体調、悪い?」
「悪くないよ」
「つまんない?」
「楽しいよ……」
だけど芳賀くんはどうだろう。僕なんかといて楽しいだろうか。いや、どう考えてもさっきは楽しんでくれていた。こんなことを考えたら失礼だ。
「だけど」
気づくと、僕はそんなことを口走っていた。しまった。
慌てて唇をむっと引き結ぶけど、「だけど?」と芳賀くんが食いついてくる。
僕は観念して、うなだれた。
「……芳賀くんにSNSの通知がいっぱい来てて、うらやましかった。芳賀くんが僕以外に連絡取るのなんて、当たり前なのに」
馬鹿正直に言ってしまった。きっとドン引きされた。もうダメだ。今日はお開きになるだろう。僕たちの友情も終わりだ……。
恐る恐る芳賀くんを見上げると、芳賀くんはスマホをいじっていた。僕へ画面を見せてくる。
「じゃあ、吉田といる時は通知切るよ」
「えっ」
確かにSNSの通知がオフになっている。だけど、どうして。
僕が驚いて絶句していると、芳賀くんはもにょもにょと唇を動かした。
「そういうのあったら、もっと言ってよ」
「もうないけど……ありがとう……?」
何が起こっているんだろうか。いまいち理解が追いつかない。
ぽかんとする僕をよそに、「それならよかった」と芳賀くんが笑う。




