第4話 デート?
翌日。僕がぼんやり眠たい目をこすって登校すると、もう芳賀くんは着席していた。いつも通りクラスの一軍のメンバーたちに囲まれているけれど、まっすぐに僕を見る。
「おはよう、吉田」
「うん。おはよ……」
そして一軍たちも顔を見合わせて、「はよ」「おはよー」と口々に挨拶をしてくれる。僕はなんだか恐れ多くて、ぺこぺこと頭を下げた。
一軍の中でもいちばんフレンドリーな斎藤くんが、「めっちゃ丁寧なあいさつでいいな! 吉田」と褒めてくれた。
「挨拶の達人かもな」
「なにそれ」
おかしくなって笑っていると、芳賀くんが僕と斎藤くんの間に入る。
「斎藤、ちょっと」
「あー、はいはい。じゃあまた話そうね、吉田くん」
そして斎藤くんは立ち去り際に芳賀くんの背中を叩いて、「重たい奴だな」といじわるそうな笑顔で言った。何の話だろう。
首を傾げていると、芳賀くんが僕の机に両手をついてしゃがむ。僕を見上げる格好になった芳賀くんに、どきりとした。
「昨日の約束、覚えてる?」
「うん。もちろん」
友達と遊ぶなんて、下手したら中学の卒業式ぶりだ。どきどきする。
僕の浮かれ具合を分かってくれたのか、芳賀くんは「俺も気合入れないとな」と呟いた。
そして授業を受けて、会えるときに会って話して、ときどき通話をする平日はあっという間に過ぎる。
気づけば、約束の日が近づいていた。
日曜日に遊びに行く用の服を土曜日に買うという体たらくだったけど、なんとか人並の服を手に入れられたはずだ。
ネットで一生懸命検索して、大学生の兄に聞いて、現場へ向かって店員さんにも見繕ってもらったストリート風? のファッション。
真っ白なトップスにたっぷりとしたシルエットのジーンズ。ボトムスはぴちぴちの奴の方がかっこよく見えたけど、それよりもこっちのほうが流行り? なんだろうか。疎すぎて分からない。
待ち合わせは、カフェの最寄り駅。ごった返す人込みをかき分けつつ、集合場所になっている改札近くのコンビニを探す。
こういうのに慣れてなさすぎて、コンビニを見つけるだけで疲れた。体力がなさすぎる。まだ十代なのに……?
へろへろになりながら、コンビニの前でスマホを開く。芳賀くんはあと十分くらいで着くらしい。僕はコンビニの前で待っていると打ち込んで、スマホを閉じた。
それにしても、早く着きすぎてしまった。約束の時間まであと三十分もある。つまり芳賀くんは、約束の二十分前にここへ着くように動いていたってことだ。もしかして、ひょっとして、芳賀くんも僕と出かけるのが楽しみで……?
不埒な考えを頭へ押し込んで収納するように頭を抱える。さすがに図々しくないか?
このままいけない。他のことをしよう。ゴールデンエッジのアプリを立ち上げた。デイリー周回をこなしながら、ぼんやりと頭の回転を落としていく。
周回はいい。何も考えずにできるタスクは気持ちいい。
「吉田、お待たせ」
名前を呼ばれてはっとする。手元が狂ってスマホを落としかけると、「よっと」と声をあげて、芳賀くんがそれを受け止めた。
そう、私服の芳賀くんがそこにいた。
ぺかぺかの白いスウェットシャツ。だるっとした黒い羽織物。ごつごつしたシルバーの指輪。同じくシルバーのネックレス。
ぶかぶかのパンツの布は脚が長いせいか全然余っていない。白いハイカットの、オレンジのラインが入ったスニーカーもかっこいい。
「かっこいいね」
思わずぽろりと本音がもれた。芳賀くんはぐっと喉ぼとけを上下させて、「そう?」と首を傾げる。
「う、うん。かっこいい、よ……」
いったい、何を言わせるんだ。照れ隠しにちょっと脇腹を肘でつつくと、「あ、うん」といつになくつれない返事が降ってくる。
「行こうか」
さっさと歩き始める芳賀くんに、僕も慌てて並んだ。少し駆け足で並ぶと、すぐに芳賀くんの歩くペースが落ちる。きっと、僕に合わせてくれたんだろう。
「ありがとう」
「何が?」
「歩くペースを合わせてくれて」
「そんなん、別に……」
芳賀くんは何かぶつぶつ言っているけれど、頭の位置が高すぎて聞こえない。僕はなんだか嬉しくなって、顔がにこやかになっていくのを感じた。
「ありがとう」
「なんのお礼?」
「今日遊んでくれることへのお礼」
ぴたりと芳賀くんの脚が止まる。僕もつられて立ち止まると、「そんなん」と芳賀くんが微笑んだ。
「俺も、楽しみだったし」
その微笑み方がなんというか、すごく優しくて、僕はどぎまぎしながら頷いた。
まったく、罪作りな人だと思う。友達レベルに見せる笑顔が、これか……。
僕は芳賀くんの案内で、駅ビルの中に入った。四階にそのカフェはあるらしい。
人がいっぱい……というか、カップルだらけじゃないか?僕は店内の様子をまじまじと見つめた。行列もできているけど、だいたいカップルらしき組み合わせか、女性の友達連れが目立つ。
「カップルで来てるか、女性の友達連れのお客さんが多いね」
「うん。そうだね」
「大丈夫かな、僕たちで入って……」
店のそういう規定はないはずだけど、男の友達同士というのは気まずい。焦る僕をよそに、芳賀くんは平然としていた。
「別によくね? 周りからどう見られようが、関係ないよ」
「た、たしかに……」
なんて心強い言葉だろう。僕はその言葉を信じて、店の行列に並んだ。
呼ばれるのを待つ間、手渡されたメニューを芳賀くんと一緒に見る。
「パスタだけで十種類くらいある」
「いっぱいあるね」
僕の間抜けな感想に、芳賀くんは律義に相槌を打ってくれる。プラス二百円でドリンクをつけられるらしい。デザートセットはプラス五百円。
ここはドリンクセットで手を打とう。
「僕はブラックコーヒーにしようかな」
「え、ブラックコーヒー飲めるの」
予想外のところに芳賀くんが食いついてきた。僕は少し身体を引いて、うん、と頷く。
「飲めるけど、どうかした?」
「いや、なんでも。……俺もブラックにしようかな」
「その前に、食事決めなよ」
なんだか張り合われているような気配を感じたけれど、芳賀くんにもこういう大人げないところがあったんだ。なんだかほっこりする。
僕の生暖かい視線をよそに、芳賀くんは「じゃあ俺はカルボナーラ」と言ってメニュー表を僕へ渡してきた。
「吉田、どれにする?」
「うーん」
悩ましい。クリーム系も惹かれるけど、トマトソース系もいい。ジェノベーゼという手もある。はたまたオリーブオイルで和えたやつもいい。
カルボナーラ、いいな。でも芳賀くんと被るな……。
うんうん唸っている間に、僕たちの名前が呼ばれた。席に案内されて、注文を聞かれる。
「俺はカルボナーラと、ホットのブラックコーヒーで」
芳賀くんが注文を終える。店員さんがちらりとこちらを見た。
「僕も同じやつでお願いします」
とっさに口から出た注文を、店員さんはしっかりメモした。
同じやつを頼んでしまった。別に大したことではないんだけど、ほんのちょっとだけ、本当にちょっとだけ意識したみたいで恥ずかしい。自意識過剰だ。
お冷をしきりに飲んでいると、芳賀くんが指先で僕の手の甲をつついた。
「そんなに緊張しなくていいよ。俺たちだけじゃん」
「僕たちだけって言っても……」
「それとも俺とのデート、嫌?」
デート。
言葉の意味が一瞬分からなかった。だけど芳賀くんが照れくさそうに「なんとか言ってって」と呟いたから、やっとすべてを理解する。
「でっでっ、デートって言っても、そんな……これはオフ会だから」
ダメだ。何を言っても言い訳っぽい。せっかく芳賀くんが気を使ってジョークを飛ばしてくれたのに、デート部分を否定したらいけない。
「でも嫌じゃないよ、芳賀くんとのデート! すごく楽しいもん」
あははと笑って芳賀くんを見ると、芳賀くんは顔を手で覆っていた。僕は何か間違えてしまったんだろうか。
「小悪魔すぎるだろ」
「なんて?」
芳賀くんが何かを呟いた。聞き返したけど、その返事よりも先に店員さんがやってきてコーヒーを二杯置いていく。僕はひとまずそれに手を付けた。




