第3話 通話
それからというもの、僕たちの距離は急接近した。
僕たちはSNSだけじゃなくて、メッセンジャーアプリの友達になった。僕はアプリのチャットで、SNSへあげる前のイラストを芳賀くんへ送った。
芳賀くんはすごく喜んでくれた。覚えたての(というか、僕が教えたんだけど)オタク用語で僕を誉めてくれた。「神絵師」と言われたときには、照れくさくてベッドの上で変な声をあげながらごろごろのたうち回ってしまったくらいだ。分不相応な誉め言葉だと思う。だけど芳賀くんに言われると、素直に嬉しい。
おかげで僕の学校生活には、大きな張り合いができた。
朝起きて、芳賀くんからのメッセージに返信をして、登校する。
学校で話すことはあんまりないけど、昼休みには示し合わせたみたいに図書室へ行って、萌え語りをする。
放課後に会うことはあんまりないけど、僕たちはチャットを四六時中送り合っていた。
授業の間の休み時間にちょっとした返信があったり。
夜遅くまでメッセージを送り合ったり。
イラストの進捗を報告したら、褒めてくれたり。
だからアプリで通話をしよう、というのは、すごく自然な流れだったのかもしれない。
「通話したい」
芳賀くんがそう言いだしたのは、平日ど真ん中の水曜日の朝だった。僕は「ふうん」と間抜けな返事をして、頷いた。
「いいよ。いつ?」
「今日とか」
話が早すぎる。とはいえ断る理由もないから、「分かった」と約束をした。
学校から帰ってから、そわそわしながらその時を待った。夕食と、お風呂を早めに済ませて自分の部屋のベッドへ寝転がる。無線ヘッドフォンをつけて、通話のアイコンをタップする。アプリのコール音が鳴り響いた途端に、ぷつりとそれは途切れた。
『聞こえる?』
耳元すぐに芳賀くんの声が聞こえる。ワンコールで出てくれたらしい。それにしても、これはすごいことだ。耳がくすぐったい。
「うん、聞こえるよ」
何食わぬ声を取り繕って返事をすると、『そっか』と芳賀くんは笑った。
『なんか変な感じするな、イヤホンで聞くと』
「えっ、僕の声、なんか変?」
『んーや……かわいい声してるなと思って』
なんだそれは。僕に対して「かわいい」とは、一体。社交辞令にしたってもっと、なんか、あるだろ。だけど嫌じゃない自分が不思議だった。居心地は悪いけど、嫌な感じじゃない。
僕はどぎまぎしながら「ありがとう」とお礼を言う。
「それを言ったら、芳賀くんも、声、かっこいいよ……」
仕返しのように言ってやると、向こう側でひゅっと息をのむ気配があった。何かあったんだろうか。
僕がお絵描きのために使っているタブレット端末を用意している間に、芳賀くんは『どうも』とぶっきらぼうな返事をした。
『……俺の声、かっこいい?』
「うん? 低くていいなーって思う」
僕は声変わりが終わっても、そんなに男らしい声にはならなかった。背の低い見た目相応の声だとは思うけど、やっぱり低くて深みのある声には憧れる。
「芳賀くんの声って、あれだよね」
そして僕らがはまっているゴールデンエッジのライバルキャラの名前を挙げて、「似てるかも」と笑いまじりに言った。
「それくらいかっこいいよ」
『ありがとう』
芳賀くんの声が小声だったから、僕はタッチペンで画面をつつきつつ「ごめんね?」と謝った。
「なんか変なこと言っちゃってたらごめん」
『いや、そうじゃなくて。むしろ嬉しい、んだけど……』
歯切れが悪い。だけど特には突っ込まずに、「そっか」と相槌を打った。
「嫌なこと言っちゃったんじゃなくてよかった」
ふふ、と笑う。芳賀くんは『大丈夫だよ』といつもより少しだけ低い声で言った。
『吉田って……かわいいな』
「え~? なにそれ」
陽キャの冗談はよく分からない。でも不思議と嫌な気分にはならない。
『そういや吉田こそ、かわいいって言われるのはいや?』
「う~ん。芳賀くんだったらいいかな」
丸をたくさん描く。絵を描く前のウォーミングアップだ。次に直線をたくさん引いていく。
手慣らしへ没頭している間に、芳賀くんが何かを呟いた。
『吉田って、本当に小悪魔だな』
「ん? 何か言った?」
集中していて、聞き逃してしまった。芳賀くんは『なんでも』と落ち着いた声で言う。
「そういえばさ、新イベントの……」
しゃべりだしたら止まらない。手も止まらない。
僕は絵を描きながら、芳賀くんとのおしゃべりへ夢中になった。
芳賀くんと僕はお互いに主人公推しで、ライバルキャラも推している。だけどお互いに好きなところが違って、それが面白かった。
『この前のイベント、主人公が挫折したライバルへ手を差し伸べるところがよかったよな』
「うん。やっぱりライバルのことも、大切な友達と思ってるんだろうね」
『俺はどっちかっていうと、あんなに優しくなれない奴へ、ちゃんと優しくできる主人公がすげーって思った』
「そう?」
そう考えたことはなかった。
「ライバルだって結構優しいじゃん。本編シナリオでも、行きづまった主人公にアドバイスしたりさ」
『でも普段の発言でプラマイマイナスだろ。ツンデレにしてもツンツンしすぎ』
「手厳しいね」
くすくす笑うと、『だってさぁ』と少しむくれた返事がある。
『仲良くしたい相手にくらい、素直になれよって思う』
「芳賀くんって、ライバルのことも好きじゃないの?」
『好きだよ。不器用だけどがんばってていいなって思う。俺はあいつの根性が好きだから』
「分かる」
そして僕は、そんなライバルの不器用な愛情表現に萌えている……。
そんなことはみなまで言わなくていい。きっと僕たちは通じ合っている。
手早く線を引いて、だいたいの下書きを作った。スクショを取って、「下書きできた」と言いながらチャットへ送る。
『うお、すげー』
喜ぶ芳賀くんの声に、へへ、と我ながら得意げな声が漏れた。こうしてなんの含みもなく褒められると、照れる。
『やっぱ吉田って神絵師だよな』
「そんなんじゃないよ」
恐れ多いけど嬉しい。僕は脚をばたつかせながら、線を描いては消して、描いては消してを繰り返す。ざかざかと何本も重なった線の中から、これだという輪郭を洗い出していく。
芳賀くんは『まじですげーって』とべた褒めだ。
『吉田はすごいよ。絵が上手いし……』
「絵が上手いし?」
『……キャラ愛が半端ない』
「はは。ありがと~」
そんなに褒められると照れる。僕は自分の顔がにやけるのを止められなかった。いや、この部屋には自分ひとりしかいないから、いいんだけど。
『そういえば吉田、ここって知ってる?』
ふと芳賀くんがそう言いながら、何かのリンクを送ってきた。タップすると僕のやっていないSNSへの投稿のリンクだったらしく、ブラウザが立ち上がる。
どうやら、最近できた新しいカフェのショート動画らしい。最寄り駅は大きなハブ駅で、学校からも、僕の家からも若干遠い立地だ。動画の中ではケーキやコーヒーがくるくる回りながら、きらきらしたエフェクトをかけられている。
「知らなかった。こういうのがあるんだね」
ふむふむと見ていると、『ならさ』と少し強張った声で芳賀が言う。
『今度……週末とかさ、一緒にここ行かない?』
「オフ会? いいね。やろう!」
うきうきで返事すると、『お、オフ会』と芳賀くんが言葉に詰まる気配があった。
『俺はオフ会っていうか……まあ、いいや。うん、オフ会な』
芳賀くんは何かもの言いたげだったけど、オフ会が開かれることになった。
ちょうど今週末の日曜日がお互い空いていたから、そこのお昼に予定を入れる。ものすごくとんとん拍子で物事が決まっていく。
「友達とオフ会だなんて、楽しみだなぁ」
『ほんと? 俺も、吉田と出かけるの、楽しみ』
芳賀くんが低くて、少しかすれた声で言った。なんだかちょっと色っぽいかもしれない。
友達相手に色気たっぷりの声を聞かせるなんて、なんだかもったいない。もっと女の子とかに聞かせてあげたら、きっともっと喜ぶのに……。
そんなことを思いながら、僕は胸の奥で跳ねる心臓を落ち着かせようと、少し呼吸を深くした。
ちらりと時計を見て、あっと声をあげる。もう日付が変わる時間だ。
「芳賀くん、もう日付変わっちゃう。そろそろお開きにしよっか」
『え? 俺、まだいけるけど』
「僕が明日起きれなくなっちゃうから……学校もあるし」
こんなお願いをするなんて、小さい子みたいで少し恥ずかしい。だけど僕はいわゆるロングスリーパーで、寝る時間を最低七時間は確保しないと全く動けなくなってしまう。情けない限りだ。
芳賀くんはしばらく黙った後、『分かった』とやたらと甘くて色気のあるあの声で言った。
『じゃあ、お休み』
「うん。おやすみ……」
なんだか気まずい。胸の奥がむずむずする。
通話を切って、僕はタブレット端末を充電器に戻した。部屋の明かりも切って、ベッドへと倒れこむ。
なんだか目が冴えて、上手く眠れそうになかった。ベッドヘッドに置いたままの、推しのぬいぐるみを見上げる。
これをくれたときの芳賀くん、かっこよかったな……。
今、ちょっと不埒なことを考えたな? と頭の隅で思いながら、僕は目を閉じた。




