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70歳の僕が過去に戻ったら、若返るどころか15歳の自分がいた。 昔失った恋人に再会したが、彼女はまだ、僕を知らない。  作者: イニシ原


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第三話 『輪車事故』

 エスカレーターが、四階のプラットフォームで僕たちの向きを変えた。

 彼女は、そのまま上階へと姿を消して行った。


(僕の、今の人生は何と言えばいいのだろう。

 ――あのコインが回る前を〝前世〟と呼ぶなら、これは〝今世〟とでも言うべきか。


 僕が前世で、初めて彼女に会ったのは〝ニジュウ〟の頃だ。

 つまり、今世で出会った彼女は、〝ジュウゴ〟の僕の時間に属するはずだ。

 だから、これ以上考えるのはやめておこう……)


「どうやら四階は空いてますね。そう言えば、上階になればなるほど輪車の音が静かになるって、本当なんですか?」


 その声で、張りつめていた思考がふっと緩んだ。

 輪車の低い振動が、遅れて足元から伝わってくる。


 以前にも、同じ言い回しで、誰かに問われた気がした。

 ……だが、今はどうでもいい。


「四階程度じゃ変わらないぞ。なにせ、この型は二十階層もある。むしろ、よく響くだろ」


「そうなんですね。それじゃあ、先頭に行きましょう」


 そう言って、輪車の中を歩き出す。

 人の気配はなく、先頭の高い位置から輪車線がよく見えた。


 やがて部屋全体に均された声が降ってくる。


『――まもなく、《ヨルルガ》発、白冠山入口駅行き、ニシ型輪車が出発いたします』


 少し遅れて、金属を擦るような振動が、足元から上へと伝わってきた。

 楽になるように、僕は椅子に身を預ける。


 高層建築のスリットに切り取られていた空が、ゆっくりと広がっていく――。

 ただ、そこを抜けても、四階からでは、空はまだ疎らに見えるだけだった。


(久しぶりだ、輪車に乗るのは。

 それに〝僕たち〟だけで遠旅だな。気分が高まる)


 ジュウゴの僕も、いつまでも空を見ている。


 ……その時だ。


 コトッ、とテーブルの上で音がした。

 見ると、そこには猫がいる……。


(輪車の中で猫だなんて……おかしいはずだ。

 誰かのペットだろうか?)


 辺りを見回しても、他の客は見当たらない。

 それでも、僕は――

 猫好きの性分か、つい頭を撫でようと身を乗り出していた。


(……デカいなこの猫は。

 撫でられまいと、厚い肉球で、しっかり僕の手を防いできた)


 猫は、僕を見ると「ニャ」とだけ鳴いた。

 そして、テーブルから飛び降り、後方へ走り去った。


「ああ、どこに行っちゃうんだろ。今の猫、かなり大きかったですね。昔飼っていた猫の三倍はあったかも。デブでもなさそうだし、そういう種なんですよね? たぶん」


 聞かれても、わかるはずがない。

 僕はまた、空を見たり、同じような街並みを眺めたりしていた。


 ……ジュウゴの僕は、どこかに行った猫のことが、まだ気になるらしい。

 僕は500銀貨を渡し、猫探しのついでに飲み物でも買ってくるように言った。


(到着まで三時間弱か。

 もう景色にも飽きたし、昼寝でもするか……)


 僕は目を閉じた――。


 ――目を開けると、さっきまで白かった空が、いつの間にか鈍い色に変わっている。


 隣では、ジュウゴの僕も、騒音の中で昼寝をしていた。


 テーブルの上には、僕の飲み物と……

 見覚えのある〝薄汚れたコイン〟が、お釣りの銀貨に紛れて置いてあった。


「ルエトッ!」


「あ、はい」


 ジュウゴの僕を起こしながら、自分の財布を取り出した。

 中身を確かめる。


 そこには、自分の部屋で手に入れた〝薄汚れたコイン〟が、確かに入っていた。


(……別のコインか)


 気になって取り出した。


「あれ、やっぱりそれ、硬貨ですか? さっき、お釣りでもらいました」


「ああ」


 僕は、上の空だ。

 二枚のコインを、無言で並べて比べる。


(よく見れば、大きさも違うし、微妙に模様がわかる。

 どうすればいい?

 擦っても綺麗にはならないし……回せばいいのか)


 コインの端を、弾くようにして回転させてみた。

 カラン、カラン、と、すぐに倒れ込んでしまった。


「僕、得意ですよそれ。いいですか?」


 僕と大差ないと思ったが、コインを渡してみた。


 弾くと、この振動の中でも、不思議なほど素直にクルクルと回り出した。

 クルクル、クルクル――。


 でも……何かが起こる、わけではなかった。


 ガタタン!


 輪車が大きく跳ねた。

 その拍子に、コインも一緒に跳ね上がる。


「あっ」


(回るコインの軌道だけで、僕は〝またか〟と予感がした。

 止まることのないその回転は、あの時と同じだ)


 クルクルと回る〝薄汚れたコイン〟から、煤が剥がれていく。


(やっぱり、金色の地金が見える。

 僕はまた……このコインを、握っていいのだろうか。

 ……それとも)


 勝手に、体が動いた気もする。

 気づけば、握っていた――きっと、幸運のコインだと信じて。


 ゆらりっ。


 眩暈だと勘違いするほど、輪車が大きく傾いた。


 その勢いで、ジュウゴの僕が、僕のほうへ吹き飛んでくる。


「うわぁ、地震?」


 二人で、近くのものを、思わず握りしめた。


 車体全体が強烈に軋み、今にも引き裂かれて壊れそうだ。


「グルギャァァァァゥ」


 生き物の声なのか、輪車の悲鳴なのか。

 そんな区別もつかない音が、外で轟いた。


(な、何が起きたんだ……。

 窓から外を見ても、傾いた風景しか見えない。

 ……アナウンスはないのか)


 ゆっくりと傾いた車体は、元に戻っていった。


 僕は散らばったコインを、反射的にかき集めた。


(……これは、僕のせいなのか?)


 ……ドォォン。


 響きと同時に、今度は、さっきとは反対へ傾きだす。

 高く積み上げられた魔法輪車は、帝国の言う通りなら、倒れるはずはなかった。

 だが、すでに傾きは限界を超えていた。

 側道の畑へと、植物ごと、根こそぎ倒れ込んでいく。


「気をつけろルエト、テーブルの下だ!」


(もう、どうにもできない。

 窓から最後に見えたのは、大量の土だ。

 埋もれてしまっただろうが、……すぐに救助隊が来てくれるはずだ。

 不安そうな、ジュウゴの僕を見ていると、僕の不安は消えていく。


 二人で助け合えば、なんとでもなるだろう)

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