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70歳の僕が過去に戻ったら、若返るどころか15歳の自分がいた。 昔失った恋人に再会したが、彼女はまだ、僕を知らない。  作者: イニシ原


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第二話 『記憶接続』

「あっ……でも、そんなこと言っても、もうここで住むことになっているし。仕事だって……教えてもらわないといけないから……副都なんて――」


 言葉が、そこで止まった。


(悩んでいたわけじゃない。

 理由を探して、逃げたかっただけだ。

 ……この時の僕には、その理由すらなかった)


「それに、貴方は誰でしょうか? 大家さんですか? でもそんなこと言わないだろうし……もしかして、叔父さんか何かですか?」


「……ああ、そうだよ。どうだ、意外と顔が似ているだろ」


(自分でも分からないほど、人は老いる。

 ――まあいい。

 断る理由を、考えてはいないはずだ。

 副都という響きは、それだけで十分な理由になった)


「もうお前の母には言ってある。一緒に行かないのか?」


(あえて、選ばせた。

 悩むだろう、優柔不断な僕は。

 それでも必要だった、この自分で踏み出す一歩だけは)


「さあ、行くぞ。僕も副都で見たいものがあるんだ」


 僕を置いて行くように、外へ出た。

 部屋には何もない。何も持っていない。


 ……おや。

 財布だけは、ズボンのポケットに収まっていた。

 掌の中には、あの薄汚れたコインを握りしめたままだ。


 コインを財布に仕舞いながら、僕に声を掛けた。


「早くしろ。もう行くからな」


「あ、はい……今、行きます」


 少し、可笑しな気持ちになった。

 ナナジュウにもなって、自分と旅ができるなんて。


 僕にとっては、初めての長旅か――

 ジュウゴで帝都を出るなんて、夢にも思っていなかった。

 でも、味わわせてあげてもいいだろう。


 僕は、僕についてくる。

 あの狭く何もない部屋で住むための荷物を背負って。


(……あの中は、何が入っていたっけ?

 どうせ大したものではないだろう)


 狭い通路を抜け、長く続く階段を下りる。

 やがて、広い墓所の道に辿り着いた。

 裏通りゆえに、人影はない。


(この土地を離れて、生きていけるのか――

 ナナジュウの年になって、考えられるようになったのは遅すぎたな)


「あ、叔父さん。あっちが魔法輪車の駅だよ。当然、あれに乗って行くんだよね?」


(魔法輪車駅か……奇妙だ。この感覚は懐かしさなのか?)


「ああ。行ける所まで行こう。……まずは白冠山までは行けるだろう」


(帝都と副都を繋ぐ、唯一の足。

 ……だが、もし本当にこの世界の時間が戻っているのだとしたら)


「まだ、ほとんどの線路は繋がっていないのか? なら奥帝都東まで出て、最速型に乗り換えるしかないな」


「奥帝都で聞けると思いますよ。まずはそこまでの切符を買って来ましょうか?」


「おう、それじゃあ頼むよ」


 僕は財布の中から、皺の深い指で500銀貨をひとつ取り出した。


 ジュウゴの僕は、まだ柔らかい両手で、そこに銀のコインが乗せられるのを待っている。


(丁寧だな……昔の僕はこうだった)


 乗り場で魔法輪車を待っている。

 ほどなくして、切符二枚とお釣りを握ったまま戻ってきた。


「奥帝都まで一枚110銀貨でしたよ」


 そう言って、切符一枚とお釣りを差し出された。

 銀貨が、掌の上でかすかに鳴る。


「でも叔父さんは、僕のことを知っているんですか? どこかであったのかな?」


「お前の母親……カタリナだ。昔は、僕を……いや、君をよく連れて遊びに行っただろ。帝都南の海で遊んだのは覚えてないか」


「えへへ。海に行ったのは覚えているけど、波が怖かったことしか覚えていないんです」


「そうか小さかったからな。それに僕は叔父じゃなくて大伯父だけどな。まぁ呼ぶのも面倒だから、今のままで構わないからな」


 目の前の僕の笑顔を見て、僕も自然に微笑む。


(……自分なのに、可愛いものだ)


『ティリリリィ。――只今、奥帝都東行き七階建て魔法輪車、第二十五号の到着です。足元お気をつけて下さいませぇえ』


 輪車の入口にあるスロットへ、一階用の切符を通して中へ入る。

 扉などがない一階部分は、そこへ乗り込む人々が多く、会話をする余裕もなかった。


 車体が揺れ、軋む音がリズムを刻んでいる。

 そのリズムを数えているうちに――

 輪車は減速し、”奥帝都東”に滑り込んだ。


 一斉に人々が輪車から飛び出していく。

 各階にプラットフォームがあり、上階に乗れば楽でよかったはずだと――

 人波に揉まれながら考えてしまう。


 でもいい。

 ジュウゴの僕を見つけて肩を抱き、長距離輪車の切符売り場を探した。


 騒がしい喧騒の中を歩く。

 構内で迷子にならないようにと地図があった。

 ここでも、魔法で簡単に目的地がわかるようになっていた。


(そうか、この辺りの仕組みは変わっていなかったな。魔法感知は浴び過ぎれば健康に悪いとこの頃から言われていたが……帝国が認めることはなかったか)


「深帝都からなら、全く乗り換えがないんですね」


(深帝都か。

 ここからさらに奥まった場所で、魔法使いしか住めない土地だ。

 ……ジュウゴの僕には、遠かった)


「あはは、魑魅魍魎が住む深帝都、か。聞いたことあるだろう? 金とパスがあったとしても行かない方がいいかもな」


 ジュウゴの僕は、少しだけ笑った。


「じゃあ、輪車切符の売り場はあっちみたいですね」


 混雑した駅の構内では、理由もないけど気分が高鳴るようだ。

 僕が先に歩き出せば付いてくる。

 色々と話したいことはあるが、輪車に乗って落ち着いてからがいいだろうな。


 長距離専用の切符は、階層ごとに値段が違う。

 一階、二階は、どうせ騒がしい。

 五階層からは、値段が一気に跳ね上がる。


 選ぶなら、三階か四階だが……。

 差は、ほとんどないな。


(一人、二五七七銀貨か。

 ……それなら、四階でいい)


 四階専用切符を二枚買い、僕とジュウゴの僕とで分けて持つ。

 一階から、上階へ向かうエスカレーターに乗り込んだ。

 あとは、自動で四階層まで運ばれる。


 ――もう、ひと息ついた。

 その時だった。


 エスカレーターの下段――

 目を引くというより、自然と視線がそこに落ちた。


 着ているワンピースは、どこまでも澄んだ空の色。

 凍てつく冬が近づくことなど、まるで忘れてしまったかのように鮮やかだった。


 そして――彼女の存在感は――

 一望千里にわたって咲き誇るヒマワリたちが、一斉に彼女を見つめているかのようだった。


 ……見間違えるはずもない。

 〝ニジュウゴ〟歳まで、僕の隣にいてくれた。

 共に生き、そして、僕が失った彼女だった。


 まさか、彼女と再び出会うとは思わなかった。

 それ以上に驚いたのは、ポーチからわずかにはみ出た杖の先端だ。

 出会った当時、こんなものを持つ彼女の姿を、想像すらできなかった。

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