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第7話「予測不能の少女」

グレイ伯爵とコープマン商会の一件から一週間後、王都の社交界は微妙な緊張に包まれていた。


「女どもが調子に乗っている」


「子爵令嬢ごときが、何をしたのか知らないが...」


「あの商人の娘と組んで、グレイ伯爵を手こずらせたとか」


貴族たちの視線が、ローリエルたちに向けられているのを感じる。フォンテーヌ邸の応接室で、ローリエルは窓の外を見つめながら深いため息をついた。


「やっぱり反発が来ましたね」エステルが心配そうに言った。「商会の方も、変な噂が立ち始めてるわ」


「予想通りです」コンスタンティアが冷静に分析した。「既存の秩序に挑戦すれば、必ず反動がありますわ」


「でも」ベルナデットが拳を握った。「正しいことをしたはずなのに...」


「オーレリア様にもご相談したかったのですが」エステルが残念そうに言った。「今日は王宮でお忙しいのよね」


「そうですね」ローリエルが頷いた。「また後日お話を伺ってみましょう」


その時、執事がノックした。


「お嬢様、王宮からお客様です」


「王宮から?」ローリエルが振り返った。


「聖女候補のアンジェリーナ・ルミエール様です」執事が紹介した。


現れたのは、上品な白いドレスに身を包んだ美しい少女だった。金色の髪、青い瞳、まるで天使のような清らかな微笑み。


アンジェリーナ・ルミエール——あの舞踏会で王太子に助けられた少女だった。


その瞬間、ローリエルの能力が発動した。


『ルートA:アンジェリーナ・ルミエール、聖女候補として王宮で修行継続』


『ルート■■■:■■■■■■■■■■■■■■■■■■』


『ルート??:予測不能——データ読み込み失敗』


ローリエルは愕然とした。自分の能力にこんな異常が起きたのは初めてだった。


聖女——神に選ばれし特別な存在として、王国の人々の精神的支柱となる高位聖職者。その候補として認定されることは、最高の栄誉とされている。


「初めまして」アンジェリーナが優雅に礼をした。「ローリエル・フォンテーヌ様でいらっしゃいますね」


「は、はい」ローリエルは慌てて立ち上がった。あの王太子主催の舞踏会で、階段から落ちそうになったところを王太子に助けられた少女。その後、王宮で彼女の清らかな人柄が評価され、ヴィクトール王弟の推薦もあって聖女候補に選ばれたと聞いている。


(随分と急な展開だったけれど...)ローリエルは内心で思った。舞踏会からわずか数週間で聖女候補とは、通常では考えられない速さだった。


「光栄です。どうぞお座りください」


アンジェリーナは静かに腰を下ろし、王宮から同行してきた女官——マリーは控えめに後ろに立った。


「マリー、あなたも座ってください」アンジェリーナが振り返って優しく言った。「長い時間立っているのは疲れるでしょう」


「恐れ入ります、アンジェリーナ様」マリーが戸惑った。「でも、私は...」


「どうぞ、お気になさらず」ローリエルも同調した。アンジェリーナの気遣いに感心して。


マリーは恐縮しながらも、アンジェリーナの隣に腰を下ろした。


「お茶をどうぞ」エステルが気を利かせて、マリーの分も用意した。


「ありがとうございます」アンジェリーナが微笑んだ。「皆様のお噂、王宮でも伺っております」


一同の空気が微妙に緊張した。


「噂と申しますと?」コンスタンティアが慎重に尋ねた。


「女性同士で助け合っていらっしゃるとか」アンジェリーナの声は穏やかだった。「とても素晴らしいことです」


ほっとした空気が流れた時、アンジェリーナが続けた。


「ただ...少し心配になりまして」


「心配?」


「女性が危険な道に進むのは、神の御心に反するのではないかと」アンジェリーナが心配そうな表情を見せた。「特に、権力や政治に関わることは...」


ベルナデットが眉をひそめた。「でも、正しいことのために立ち上がるのは——」


「もちろん、正義感は美しいものです」アンジェリーナが微笑んだ。「でも、女性には女性らしい幸せがあるはずです。愛する人に守られ、家庭で愛を育む...それこそが神が女性に与えた役割ではないでしょうか」


その時、突然ローリエルの能力が反応した。


『ルートA:このまま会話を続ける場合

エステル・コープマン:明日商談で小さなトラブル発生

ベルナデット・ヴァレール:今夜剣の手入れ中に軽い怪我』


『ルートB:早めに会話を切り上げる場合

ローリエル・フォンテーヌ:夕食時に軽い腹痛

コンスタンティア・ヴィンター:帰宅後に書類をこぼしてしまう』


どちらのルートでも、必ず誰かに軽微な不運が降りかかっていた。


ローリエルは困惑した。なぜこんな不可解な未来が見えるのだろう?今日は何か、いつもと違う。


「ローリエル様、私の申し上げたこと、どう思われますか?」


アンジェリーナの声で、ローリエルは我に返った。


ローリエルは慎重に答えた。「確かに、平和な生活は理想ですね。でも、時には現実と向き合わなければならないこともあるのではないでしょうか」


「そうですね...」アンジェリーナが少し考え込んだ。「でも、あまり危険な道は歩まれませんよう。皆様のことが心配で」


その言葉には確かに善意が込められていた。しかし、ローリエルには説明のつかない違和感があった。


まるで...まるで彼女のことを昔から知っているような。


「アンジェリーナ様」エステルが口を開いた。「聖女候補としてのお務め、大変でしょうね」


「いえ、神に仕えることができて幸せです」アンジェリーナが微笑んだ。「舞踏会の後、王宮で聖女としての修行をさせていただいているのです。皆様とても親切にしてくださって」


「それは良かったですね」ローリエルが答えた時、ふとアンジェリーナが小さくため息をついた。


「ただ...」彼女が少し寂しそうな表情を見せた。「最近、一緒にお話しした方々とお会いする機会が減ってしまって。皆様、お忙しいのでしょうけれど」


その何気ない一言に、ローリエルは微かな不安を感じた。


(何だろう、この感じ...)


「きっと王宮のお仕事でお忙しいのでしょう」ローリエルは表情に出さないよう努めた。


「そうですね」アンジェリーナが明るく微笑んだ。「私も、もっと皆様のお役に立てるよう頑張らなければ」


やがて彼女は立ち上がった。「今日はありがとうございました。また機会がありましたら、お話しさせてください」


「こちらこそ」ローリエルが丁寧に礼をした。


アンジェリーナと女官が去った後、部屋に重い沈黙が流れた。


「...どう思う?」エステルが最初に口を開いた。


「優しい方だとは思うのですが...」ベルナデットが慎重に言葉を選んだ。「何というか、少し引っかかるものがありました」


「『女性は家庭で愛を育むもの』ですか」コンスタンティアが眉をひそめた。「確かに一般的な教えではありますが、私たちの活動を否定するような...」


「でも悪意はなかったと思うわ」エステルが付け加えた。「本当に心配してくださってる感じだった」


「アンジェリーナ様自身はとても優しい方です」ローリエルが言った。


しかし、心の奥では先ほどの能力の異常が気になっていた。文字化けしたルート表示、予測不能というエラーメッセージ——自分でもまだ理解できない異常を、仲間たちに話すには情報が不足していた。


「ただ...何となく説明のつかない違和感があったのも確かです」


『ルートA:アンジェリーナを敵として警戒→対立構造が生まれ、より複雑な問題に』


『ルートB:彼女の異変を暴露→聖女候補の地位失墜だが、反動も大きい』


『ルートC:接触を続け仲間として取り込む→困難だが、根本的解決の可能性』


ローリエルは深く考え込んだ。そして、心の奥から湧き上がる不思議な感覚があった。


「皆さん」ローリエルが静かに言った。「もしかしたら、アンジェリーナ様も私たちの仲間になれるかもしれません」


一同が驚いた。


「仲間?」


「彼女も何かに困っていらっしゃるように見えました」ローリエルが説明した。「一人で悩んでいるのなら、私たちが支えることができるかもしれません」


なぜそう思うのか、ローリエル自身にもよく分からない。ただ、心の奥底から湧いてくる想いがあった。


その時、頭の奥で微かな記憶の片鱗が浮かんだ。


『彼女たちを...幸せに...』


漠然とした想いが頭をよぎるが、その正体は掴めない。なぜそんな言葉が浮かんできたのだろう?


「でも、具体的にはどうするの?」エステルが現実的な疑問を口にした。


「まず、もう少し様子を見てみます」ローリエルが慎重に答えた。「今日感じた違和感が、本当に何かを意味しているのかどうか...」


「そうですね」コンスタンティアが頷いた。「もし本当に何かあるなら、きっと他にも手がかりが見つかるはずですわ」


「でも、どうやって調べるの?」エステルが心配そうに言った。「聖女候補の方の周りを探るなんて...」


「まずは噂や情報収集から始めましょう」ローリエルが提案した。「無理に近づく必要はありません」


「そうですね」ベルナデットが頷いた。「ローリエル様がそう感じられるなら、きっと何かあるのでしょう」


「あんたの直感、いつも当たってるしね」エステルが続けた。


「慎重に進めれば、きっと何か分かりますわ」コンスタンティアが微笑んだ。


「アンジェリーナ様の調査、始めましょう」コンスタンティアが資料を取り出した。「でも、慎重に進めませんと」


「ありがとうございます」ローリエルが微笑んだ。「オーレリア様にもご相談した方が良いでしょうね」


しかし、彼女の心の奥では、漠然とした疑問が残っていた。


『彼女たちを...幸せに...』


なぜそんな想いが湧いてくるのか、ローリエル自身にも分からない。


夕陽が応接室を橙色に染める中、彼女はまだ知らなかった。


アンジェリーナ・ルミエールが抱える秘密が、やがて全ての真実への扉を開くことになることを——。

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