第5話「銀の薔薇、結成」
フォンテーヌ邸の応接室には、五人の女性が集っていた。燭台の光が彼女たちの顔を柔らかく照らしている。
ローリエル・フォンテーヌが中央に座り、他の四人が円形に腰を下ろしていた。エステル・コープマン、ベルナデット・ヴァレール、コンスタンティア・ヴィンター、そしてオーレリア王女。
「皆様、お集まりいただき、ありがとうございます」ローリエルが口火を切った。「今夜、私たちは歴史を変える第一歩を踏み出します」
エステルが身を乗り出した。
「改めて聞くけれど、私たちの最終目標は何?」
「この王国を、性別に関係なく、全ての人が自分の能力を発揮できる社会に変えることです」ローリエルは力強く答えた。「そのために、私たちは『銀の薔薇』として結束します」
「銀の薔薇?」ベルナデットが首をかしげた。
「私たちの同盟の名前よ」オーレリアが微笑んだ。「薔薇は美しいだけでなく、棘で自分を守る。私たちも同じでしょう?」
コンスタンティアが頷いた。
「銀色は純粋さと強さの象徴。とても良い名前ですね」
「では、役割分担を決めましょう」ローリエルは手元の紙に目を落とした。「エステル様は経済担当。商業ネットワークと資金調達をお願いします」
「任せて。王都の商人たちとの繋がりは既に築いているわ」エステルは自信に満ちていた。
「ベルナデット様は武力・防衛担当。女性騎士団の創設と、私たちの身の安全をお願いします」
「承知いたしました」ベルナデットは剣の柄に手を置いた。
「コンスタンティア様は情報・分析担当。政治情勢の把握と戦略立案をお願いします」
「お任せください。既に王宮内の派閥図は頭に入っています」コンスタンティアは落ち着いていた。
「オーレリア様は政治・外交担当。王室内からの支援と、他国との関係構築をお願いします」
「分かりました。できる限りのことをいたします」オーレリアは決意を込めて答えた。
「そして私は...」ローリエルは一瞬躊躇した。「総合調整と予測分析を担当します」
「予測分析?」エステルが興味深そうに尋ねた。
「私の能力を活かして、未来の可能性を分析し、最適な行動を選択することです」
ベルナデットが疑問を口にした。
「ローリエル様、あなたの能力について、もう少し詳しく教えていただけませんか?」
四人の視線がローリエルに集中した。彼女は深く息を吸った。
「正直に申し上げますと、私にも完全には分かっていません」彼女は率直に答えた。「ただ、この世界で起こりうる様々な可能性が、まるで物語のように見えるのです」
「物語?」コンスタンティアが身を乗り出した。
「はい。まるで誰かが書いた脚本を読んでいるかのように、詳細な未来の展開が分かるのです。そして不思議なことに、皆様のことも、初めて会ったのにずっと昔からの友人のような親しみを感じます」
オーレリアが静かに言った。
「まるで、あなたが私たちの人生を設計したかのようですね」
ローリエルの心臓が跳ねた。なぜその表現に、こんなにも動揺するのだろう?
「そんな...私にそのような力があるはずもありません」
エステルが考え込んだ表情で言った。
「でも確かに、あなたと話していると不思議な感覚になる。まるで自分が誰かの創作した『キャラクター』になったような...」
「私も同じです」ベルナデットが続いた。「あなたと出会ってから、自分の人生により深い意味があるような気がして」
コンスタンティアも頷いた。
「私たちは皆、『脇役』として扱われてきました。でも、ローリエル様と話していると、自分も『主人公』になれるような気がするのです」
ローリエルは混乱していた。彼女たちの言葉が、胸の奥で何かを呼び覚ましそうになっている。
「皆様、私は...」
「大丈夫よ」オーレリアが優しく言った。「今は分からなくても、いつか答えが見つかるでしょう。大切なのは、私たちが今、ここにいることです」
「そうね」エステルが同意した。「理由が何であれ、私たちは出会った。そして、同じ目標を持っている」
ベルナデットが立ち上がった。
「では、正式に誓いを立てましょう。『銀の薔薇』として」
五人が輪になって手を重ねた。
「私たち『銀の薔薇』は」ローリエルが声を上げた。
「互いを支え合い」エステルが続いた。
「共に戦い」ベルナデットが力強く言った。
「知恵を分かち合い」コンスタンティアが静かに続けた。
「この世界を変えることを誓います」オーレリアが締めくくった。
五人の手が強く握られた。その瞬間、ローリエルの脳裏に断片的なイメージが閃いた。
(誰かのために物語を作りたい...キャラクターたちが幸せになってほしい...完璧な作品を...)
「ローリエル様?」コンスタンティアが心配そうに声をかけた。
「あ...すみません。少し、めまいを」
「大丈夫?」エステルが肩に手を置いた。
「はい、大丈夫です」ローリエルは微笑んだ。しかし心の中では疑問が渦巻いていた。
(あのイメージは何だったのだろう? なぜ『作品』という言葉に、こんなに親近感を覚えるのだろう?)
「それでは、今後の活動計画について話し合いましょう」オーレリアが場を和ませるように言った。
夜が更けるまで、五人は具体的な計画を練り続けた。女性騎士団の設立手順、商業ネットワークの構築方法、政治的影響力の獲得戦略...
しかし、ローリエルの心の一角では、常に疑問が燻っていた。
(私は本当に、ただの子爵令嬢なのだろうか? なぜ私には、まるで神の視点のように全てが見えるのだろう?)
会合が終わり、四人が帰路についた後、ローリエルは一人、応接室の窓から夜空を見上げた。
「私は一体、何者なのだろう?」
星空は答えてくれない。しかし彼女の胸の奥で、封印された何かが、ゆっくりと目覚め始めていた。
月の光が、机の上に散らばった計画書を照らしている。そこには『銀の薔薇』の未来が描かれていた。しかしローリエルには、それ以上に大きな物語が動き始めていることが分かっていた。
自分自身の正体を巡る、真実への物語が。
「今度こそ、完璧な物語を...」
彼女は無意識に呟いた。なぜその言葉が口を突いて出たのか、分からないまま。