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第4話「王女の檻」

王宮の薔薇園は、第三王女オーレリアの唯一の安息の場所だった。政治と陰謀に満ちた宮廷から離れ、彼女は一人、白い薔薇の手入れをしている。


「美しい薔薇ですね」


振り返ると、見知らぬ令嬢が立っていた。地味な灰色のドレスを着た、目立たない少女。しかし、その瞳には不思議な深さがあった。


「あなたは?」オーレリアは警戒を隠さなかった。20歳になる彼女は、既に数多くの暗殺や陰謀を潜り抜けてきている。


「ローリエル・フォンテーヌと申します」少女は深く頭を下げた。「突然お訪ねして申し訳ございません」


「フォンテーヌ...子爵家の令嬢ね。なぜここに? 薔薇園は関係者以外立入禁止のはずですが」


「庭師のフランソワさんにお願いしました」ローリエルは正直に答えた。「どうしても殿下にお会いしたくて」


オーレリアは眉をひそめた。金の髪を後ろで結い、シンプルな青いドレスを着た王女は、宮廷の華やかさよりも凛とした美しさを纏っていた。


「私に用があるというのは珍しいわね。皆、第一王女や王太子を訪ねるものですが」


「殿下にしか、お話しできないことがあります」


「座りなさい」オーレリアは近くのベンチを指差した。「聞いてあげましょう」


二人がベンチに座ると、ローリエルは真剣な表情で口を開いた。


「殿下は来月、隣国の第二王子と政略結婚をさせられる予定ですね」


オーレリアの顔が硬くなった。


「...なぜそれを知っている? まだ正式発表前のはずです」


「私には少し、未来が見える能力があります」ローリエルは静かに言った。「そして、その結婚が殿下を不幸にすることも」


「政略結婚に幸せなど求めていません」オーレリアは冷たく言った。「王女の義務です」


「では、お聞きします」ローリエルは王女の目を見つめた。「殿下は本当に、ただの『王女』でいることに満足されていますか?」


「何を言いたいのです?」


「殿下には、素晴らしい政治的才能があります。外交センス、経済政策への理解、民衆の心理を読む力。しかし、その能力は『女性だから』という理由で無視されています」


オーレリアは驚いた表情を見せた。確かに、彼女は政治に深い関心を持ち、密かに勉強を続けていた。しかし、それを知る者は僅かしかいない。


「なぜ、それを...」


「殿下が隠国の王子と結婚すれば、その才能は永久に封印されます。相手国では女性の政治参加は完全に禁止されているからです」


オーレリアは立ち上がった。


「それでも、国のためです。私一人の都合など—」


「国のためになりません」ローリエルは断言した。「その結婚により、隣国は我が国の政治情報を得て、最終的に侵略計画を実行します。5年後、この国は隣国の属国になります」


「そんな...」


「殿下の政治的才能こそが、この国を救う鍵なのです。結婚ではなく、自らの力で」


オーレリアは震える手で薔薇の花びらに触れた。


「たとえそうだとしても、私一人に何ができるというのです? 女性の政治参加など、この国でも認められていません」


「一人ではできません」ローリエルは立ち上がった。「しかし、仲間がいれば」


「仲間?」


「エステル・コープマン、ベルナデット・ヴァレール、コンスタンティア・ヴィンター。皆、殿下と同じように、理不尽な運命を押し付けられた女性たちです」


「その方々とどうするというのです?」


「女性同士の同盟を作るのです」ローリエルの声に力がこもった。「経済力、武力、知恵、そして政治的権威を結集して、この国のシステム自体を変えていく」


オーレリアは長い間、薔薇園の向こうの王宮を見つめていた。


「...私がもし、そのような同盟に参加したとして、父上や兄上に知られれば」


「秘密同盟です。表向きは普通の女性の親睦会として」


「しかし、最終的には露見するでしょう?」


「その頃には、もう止められないほどの力を持っているはずです」ローリエルは確信を込めて言った。「そして、殿下の能力を認めざるを得ない状況を作り出します」


オーレリアは振り返った。


「なぜ、そこまで私のことを? 私たちは今日が初対面なのに」


ローリエルは戸惑った。確かに、なぜ自分はオーレリアの能力や性格をこれほど詳しく知っているのだろう? まるで昔からの友人のように、彼女のことを大切に思っているのはなぜだろう?


「私にも...分からないのです」彼女は正直に答えた。「ただ、殿下が政略結婚の道具として扱われるのを見ているのが、とても辛くて」


オーレリアは驚いた。この地味な令嬢の瞳に、純粋な心配と友情の光を見たのだ。


「あなたは...変わった方ですね」


「よく言われます」ローリエルは苦笑した。


オーレリアは再び薔薇に触れた。白い花弁が風に舞う。


「もし、本当に女性だけの力で国を変えることができるなら...」


「できます」


「根拠は?」


「殿下がいるからです」ローリエルは微笑んだ。「王女という地位、政治的才能、そして何より、民衆から愛される人柄。これほど心強い仲間はいません」


オーレリアは初めて、心からの笑顔を見せた。


「分かりました。お受けしましょう」


「本当に?」


「ただし、条件があります」オーレリアは真剣な顔に戻った。「もしこの同盟が発覚し、私が処罰される時は、あなた方を巻き込まないことを約束してください」


「それはできません」ローリエルは首を振った。「私たちは運命共同体です。一人の危機は全員の危機、一人の勝利は全員の勝利です」


オーレリアは深く息を吸った。


「...そうですね。もう、一人で背負う必要はないのですね」


「はい。今度は皆で背負います」


王女は立ち上がり、薔薇園の向こうの王宮を見つめた。


「ローリエル・フォンテーヌ。あなたは本当に、ただの子爵令嬢なのですか?」


「どういう意味でしょう?」


「まるで、全てを見通しているような...いえ、まるで私たちの人生を最初から知っているような話し方をされます」


ローリエルの心臓が早鐘を打った。またしても、同じような指摘を受けたのだ。


「そんな...私はただ—」


「大丈夫です」オーレリアは優しく微笑んだ。「きっと、あなたには特別な使命があるのでしょう。そして私たちは、その使命に選ばれたのかもしれません」


ローリエルは胸の奥で、何かが大きく動くのを感じた。


(使命...そうかもしれない。でも、それは一体何なのだろう?)


「それでは、いつ他の方々とお会いできますか?」オーレリアが尋ねた。


「明日の夜、フォンテーヌ邸で皆と会合を持ちます。そこで、正式に同盟を結成しましょう」


「楽しみです」オーレリアは薔薇を一輪摘み取り、ローリエルに手渡した。「これまで一人で咲いてきた薔薇も、他の花々と一緒なら、もっと美しく咲けるかもしれませんね」


ローリエルはその薔薇を大切に受け取った。


「はい。きっと、美しい庭園を作りましょう」


夕陽が薔薇園を染める中、二人の女性は新たな未来への第一歩を踏み出していた。

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