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第3話「没落令嬢の逆襲」

王都の図書館は、平日の午後になると静寂に包まれる。貴族の子女たちが社交に忙しい時間帯、ここは知識を求める者だけの聖域となる。


ローリエルは古い政治史の書物を手に取りながら、館内を見回していた。目当ての人物は、奥の一角で一人、分厚い法律書と向き合っている。


コンスタンティア・ヴィンター。没落伯爵家の令嬢で、16歳とは思えぬほど聡明な少女。しかし彼女もまた、あらゆるルートで「悪役令嬢」の汚名を着せられ、破滅する運命にあった。


「失礼いたします」ローリエルは彼女の隣の席に腰を下ろした。「ローリエル・フォンテーヌと申します」


コンスタンティアは顔を上げた。紺碧の瞳が鋭く光る。赤毛を三つ編みにした彼女は、質素だが品のある服装を身に纏っていた。


「フォンテーヌ家の...存じております」彼女の声は落ち着いていたが、警戒の色が見えた。「何かご用でしょうか?」


ローリエルは周囲を確認してから、声を潜めた。


「あなたに警告があります。明日の午後、マリアンヌ・ド・モンペリエが、あなたを盗みの罪で糾弾しようと画策しています」


コンスタンティアの手が止まった。


「...詳しく聞かせてください」


「彼女は自分の宝石を意図的に紛失させ、あなたの部屋から『発見』される手筈を整えています。証拠も、証人も、すべて用意済みです」


「なぜ、それを」


「私には少し、未来が見えるのです」ローリエルは真っ直ぐに彼女を見つめた。「そして、あなたがその罠にかかることで、ヴィンター家は完全に社交界から追放され、最終的に破産することになります」


コンスタンティアは唇を噛んだ。


「そうなることは...薄々感じていました。最近の彼らの態度が明らかに変わっていましたから」


「でも、阻止する方法があります」


「どのように?」


ローリエルは小さく微笑んだ。


「逆手に取るのです。明日、マリアンヌが仕掛けてくる前に、こちらから先手を打ちます」


「先手?」


「マリアンヌの本当の目的を暴露するのです。彼女がなぜあなたを陥れようとしているのか、その真の理由を」


コンスタンティアは考え込んだ。そして、ふと顔を上げる。


「あなたは、私の家が没落した本当の理由をご存知ですか?」


「陰謀です」ローリエルは即座に答えた。「あなたの父上が発見した、王室内の不正会計。それを隠蔽するために、何者かがヴィンター家を失脚させました」


コンスタンティアの瞳が驚きに見開かれた。


「なぜ...なぜそれを? 当事者以外、誰も知らないはずなのに」


「詳しいことは話せませんが、私にはそういう能力があります。そして今回のマリアンヌの件も、その不正会計に関わった人物が、あなたを完全に口封じするための最終手段なのです」


コンスタンティアは震える手で書物を閉じた。


「では、私はどうすれば...」


「私と手を組みませんか?」ローリエルは手を差し出した。「一人では難しいことも、仲間がいれば必ずできます」


「仲間?」


「エステル・コープマンとベルナデット・ヴァレール。彼女たちも同じように、理不尽な運命を背負わされています。私たちは女性同士で同盟を組み、互いを支え合おうと考えています」


コンスタンティアはローリエルを見つめた。


「なぜ、私に? 没落家の令嬢など、何の価値もないはずですが」


「価値がないなんて、誰が決めたのでしょう?」ローリエルは優しく微笑んだ。「あなたの政治的洞察力は王国一です。法律にも詳しく、策略を見抜く目も持っている。私たちには、あなたのような頭脳が必要なのです」


コンスタンティアは長い間沈黙していた。そして、ゆっくりと口を開いた。


「...分かりました。お受けします」


「ありがとうございます」


「ただし」コンスタンティアは真剣な表情で続けた。「私は今まで、ずっと一人で戦ってきました。人を信じることが...怖いのです」


「大丈夫です」ローリエルは彼女の手を握った。「私たちは皆、同じです。でも、一緒なら必ず乗り越えられます」


コンスタンティアは初めて、小さく微笑んだ。


「それで、明日の件はどうしましょう?」


「まず、マリアンヌが隠している秘密を暴露します」ローリエルは計画を語り始めた。「彼女は実は、王室の金庫から定期的に金を盗んでいます。その証拠を握っているのが、彼女の侍女のアンナ。私たちはアンナに接触し、証言してもらいます」


「でも、なぜアンナがそんなことを?」


「アンナの弟が病気で、高額な治療費が必要なのです。マリアンヌはそれに付け込んで彼女を脅迫しています。しかし、適切な保護と治療費を保証すれば、アンナは真実を語るでしょう」


コンスタンティアは感嘆した。


「あなたは...まるで全てを見通しているかのようですね」


ローリエルは微かな違和感を覚えた。確かに、なぜ自分はこれほど詳細に人々の事情を知っているのだろう? まるで彼女たちの物語を最初から知っているかのような...


「ローリエル様?」


「あ、すみません」ローリエルは我に返った。「少し考え事を」


「それにしても不思議です」コンスタンティアは首をかしげた。「あなたのお話を聞いていると、まるで私たちが物語の登場人物で、あなたがその作者のような気がしてきます」


ローリエルの心臓が大きく跳ねた。なぜコンスタンティアのその言葉に、こんなにも動揺するのだろう?


「そんな...私はただの子爵令嬢ですよ」


「ええ、もちろんです」コンスタンティアは微笑んだ。「ただの感想です」


翌日の午後、計画は完璧に実行された。アンナの証言により、マリアンヌの不正が暴かれ、彼女こそが真の盗人であることが明らかになった。コンスタンティアを陥れる計画も白日の下に晒され、マリアンヌは社交界から追放された。


「見事でした」コンスタンティアはローリエルの手を握った。「あなたがいなければ、私は今頃牢獄にいたでしょう」


「いえ、あなたの知恵があったからこそです」


「でも、これで終わりではありませんね?」


「ええ。まだ王女様にお会いしなければなりません。そして——」


「そして?」


「私たちの本当の戦いが始まります」


コンスタンティアは頷いた。そして、ふと呟いた。


「ローリエル様、私たちは本当に『脇役』だったのでしょうか?」


「どういう意味ですか?」


「いえ...なんでもありません」彼女は微笑んだ。「きっと、私たちには私たちの物語があるのでしょうね」


ローリエルは再び胸の奥で何かが疼くのを感じた。


(私たちの物語...そうね、今度こそ、みんなが幸せになる物語を...)


なぜ「今度こそ」という言葉が頭に浮かんだのか、彼女には分からなかった。

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