病弱転生者は兄が婚約破棄しようとしているのが許せなかった
来世があったらどんなものになりたいかと冗談で話をしていた。私は神社の鐘の下ですやすや眠っている猫を思い出してどうせなら猫になりたいと告げた。
私にその話をした友人はそんな私を鼻で嗤って、自分はとある物語の主人公になって、ヒーローたちとくっつきたいと言っていた。
それざまぁな展開でしょうと思ったが空気を読んで私は何も言わなかった。
「危ないっ!!」
何処からかそんな声がしたと思った矢先に、飲酒運転の車が突っ込んできて死ぬとは思わなかった。
「イリーナさん。体調はどうかしら?」
むせかえるほどの匂いのきつい花々に囲まれて、換気も出来ない熱い部屋で横になっているわたくしのお見舞いに来てくれるのは兄の婚約者のシャリアさま。
「お義姉さま。来てくれたんですね……」
わたくしは嬉しくなって起き上がると、交代制で先ほどわたくしの傍で看病を始めた侍女がすぐにわたくしを押さえ込んで、
「起き上がってはいけません!!」
と叱りつける。
「お嬢さまは病弱なんですよ。そこで無理に動いて病気が悪化したら……」
わたくしを気遣うような言葉に聞こえるが、わたくしは知っている。
『悪化して、責任を取らされたらたまったものではない』
と交代の際に侍女同士で話をしていたのを。わたくしが眠っていると思っているから出てきたのだろう。
「――何を言っているのかしら。病室でじっとしている方が病気が悪化するわ。それに窓も締め切って」
それだけ告げるとあっという間に窓を開けてわたくしに手を差しだしてくれるシャリアさま。
わたくしはシャリアさまが好きだ。
「はい」
そんな大好きな人の手を取ってわたくしは身体の負担にならないように庭を散歩していく。
「イリーナさん。見てください。花が咲いてますよ」
ゆっくりと無理しないように気を付けつつもわたくしが楽しんで散歩できるようにいろんな物を指差して話をしてくれるシャリアさまのぬくもりと気遣いが嬉しくて笑みが零れる。
わたくしには前世の記憶があって、病気療養の現代医学の話を家族に告げたことがあった。でも、家族は、
『医者が安静にしろと言っていたのに何を言っているんだ』
『我儘は駄目だ』
と誰も信じてくれなかった。
シャリアさまにはわたくしの現代医学があることを伝えていないが、
『ずっとこんなところでじっとしていたら気が参ってしまいます!!』
わたくしをベッドに縛り付けようとする侍女から解放して、わたくしを庭に連れて来てくれた。
『無理やり連れて来てごめんなさい』
庭に出てから謝っていたけど、わたくしからすればシャリアさまのしてくれたことが嬉しかったのでお礼を述べていた。誰も聞いてくれない環境でシャリアさまだけが聞いてくれていた。
「何をしているんだっ!!」
散歩から帰ってきた矢先に怒鳴り声とともに、兄の姿が現れる。
「イリーナは病弱なんだぞ!! そんなんで外に出したら……」
「ウィルソン様。ごきげんよう。――病弱であって、病人ではありませんわ。体力をつけないとどんどん身体が弱って…………」
「屁理屈はいい!! イリーナ戻るぞ!!」
「痛っ!!」
無理やり引っ張られて肩とか腕が痛い。
「ほら、お前が無理をさせたからだ!!」
だけど、兄はわたくしが痛いのはシャリアさまが無理をさせたからだと解釈をして責め立てる。
「お兄さま……違っ」
「あんなのを庇わなくていいんだよ」
こちらの言い分を聞かないでベッドに戻される。
(前世猫になりたいと思ったから罰が当たったのかな……)
ぬくぬくと眠っていた猫が可愛らしかったから思ったけど、それが叶ってしまったのだろうか。
「シャリアさま……」
涙が零れる。だけど、この涙も呟きもわたくしがシャリアさまに苦しめられて流した涙と解釈されるから誰にも気づかれないようにひっそりと押し隠すように気を付ける。
そんな矢先に、
「イリーナ。お前のために聖女を招いたぞ!!」
兄がいきなりそんなことを騒ぎ立てて、一人の女性を部屋に入れた。
聖女と呼ばれた女性は煌びやかで………いろんな装飾品で飾り立てられていた。
「貴方がイリーナさんね」
優しく微笑んで挨拶をしてくる聖女は、
「“何でまだ生きているのよ。おかしいじゃない……まあ、いいわ。妹を治癒すれば好感度も上がると思えば”」
はっきりと日本語でそんなことを言ってきた。
「“そうと決まればウィルソンには時間を掛けてゆっくりと治癒した方がいいと言っておけばその間に好感度上げときましょ”」
人を好感度を上げる道具のような口調。鼻で嗤っているさま。どこかで見たことあるような……。
(あっ……)
前世の友人だ。彼女にそっくりなのだ。
友人にそっくりだと思えて来たら、前世何で友人だったんだろうと友人の欠点ばかり思いだされてくる。たぶん、欠点を補うぐらいいいところもあったはずだろうけど、全く思い出せない。
聖女はわたくしに力を注いで、
「治癒の力を使いすぎると逆に身体がびっくりして悪化してしまいます。今日はこれくらいにしておきましょう」
「そうか、ありがとうマリアージュ。――疲れただろう。お茶を用意したんだ」
兄と聖女は去って行く。それをベッドの上で見つめながら。
『あ~あ。マリアージュはいいよね~。こんなイケメンたちに囲まれて~』
とかつて話をしていた友人の声が蘇る。
やはり、友人にそっくりだなと思えると、
(まさか、彼女が転生したとか……。偶然でもそんなこと……)
ないとは言えないが、確信は持てなかったので保留にしておこうと決める。前世が友人か友人でないかはともかく、わたくしが聖女の認識ではすでに死んでいるはずの存在とか好感度という発言からして、この手のお約束として聖女の中では物語……乙女ゲームと言うことになるのだろうと思って、そちらの方が重要だと判断したのだ。
「聖女に治癒を施してもらっているって……」
わたくしの婚約者であるモーリンが久しぶりにお見舞いに来てくれる。
「そう。週に三回くらいかな」
「身体が弱い人間に治癒術は悪化させる要因だと留学先で学んだばかりなんだが……」
モーリンはわたくしの身体を治す方法を探して医療大国に留学をしていて、3か月ぶりに長期休みを得たので、実家に帰る前に顔を見せに来てくれたのだ。
「医療大国ではそんな事例があるんだ」
「ああ。――イリーナとシャリア嬢の言っていた通り、身体を動かさないとどんどん身体が弱っていくとあった」
「うちの家族には伝えたの?」
モーリンは黙って、視線を下に向ける。
伝えたが、信じてもらえなかった。
「聖女さまを信じているのね……」
もともと期待していなかったから今更だ。
「なあ、イリーナ」
モーリンが口を開いた矢先だった。
ノックもせずに開かれるドア。まあ、もともとドアは半開きだったがそれにしてもノックは必要だと思う。
「モーリン……さま」
中に入ってきたのは聖女。わたくしが居るのも気づかないで目を大きく見開きモーリンを見つめている。
「“うそっ。モーリンがいるなんてっ!! 愛する人を失ってその人を忘れられなくて苦しんでいる陰のあるキャラなのに!! って、ことは、モーリンの婚約者だった女って、ウィルソンの妹ってことだったの!!”」
独り言で喚いているのをモーリンは眉間にしわを寄せて不機嫌になる。
「………………………貴方は」
「失礼しましたっ!! わたくしは彼女……イリーナさまの治癒に来た聖女マリアージュです。気軽にマリアージュとお呼びください」
わたくしを放置してどんどんモーリンに近付いていく聖女。
モーリンの表情が汚物を見る顔になっているのを聖女は気付いていない。
「どうしました? 遠慮しないでください」
モーリンの表情に全く気付いていないのか聖女は微笑みながら変なことを言っている。
「………………………」
さっさと離れてくれないかと思っているが名前を呼びたくない。それに自分が振り払ったら愛するイリーナに治療という名目で症状を悪化させる行為を平然と行うかもしれない。このままにしておいた方がイリーナを守れるんじゃないか。
そんなことを延々と考えているように思えるのはわたくしの気のせいだろうか。
「“何このリアクション。せっかくの美女が迫っているのに何で無視するのよ。やっぱ、あれ。婚約者を失って心が弱まっているからこそ攻略できたってことっ!!”」
こっちが日本語を理解していないと思っているからの日本語での独り言なのだろう。
「“ああ、そうだわ” “―――――――ちゃえばいいのよ。確か――――”.」
悪魔のような言葉が聞こえた時。わたくしは、
(この女。潰すっ!!)
たとえ、体調が悪化しても構わないとまで思えるほどの怒りを覚えた。
だけど、聖女の身体を無理やり引き離すとともにそんなわたくしの肩をそっと押さえて、モーリンが視線を向けてきた。
「シャリア・ロイド。お前との婚約を破棄する」
怒り狂ったように兄が宣言するのは、シャリアさまの誕生日会。
「――それがわたくしの誕生日プレゼントなのですか?」
シャリアさまは動じない。そんなことをされる恐れがあると事前にお伝えしたからだ。
「はっ。白を切るな。お前がイリーナを殺そうとしたのは明白なんだぞ!!」
そこから告げられる兄のとんでもない話。兄はシャリアさまがわたくしを無理やり外に連れ出して身体に負担を与え続けて身体を弱めていった。そして、極めつきのとんでもない話が、
「お前がお見舞いとして持ってきていたお菓子にはイリーナの薬を無効化する食材が使われていたそうだな!!」
ざわざわと信じられないとばかりに話をする他の客の姿。
「――そうですね。確かにその通りです」
にこりとあっさり認める様にますます怒りを顕わにする兄。
「毒を盛られ続けてきた義理の妹を守るためにはそれを差し入れるしかなかったんですよ」
シャリアの言葉と共にわたくしはこっそり飲まないで隠し持っていた薬と共にシャリアさまの傍に近付く。
「――お兄さま。新聞を見ましたか?」
わたくしの言葉とともに、モーリンも現れる。
「病弱な人にわざと体調を悪化させる薬を飲ませて治療を長引かせる詐欺が横行しているので気を付けろと書いてあるんですよ」
そして、医療最新国の正式発表によるとわたくしのような体質の人は薬に頼るのではなくまず食事改善と体力作り。そのどちらもシャリアさまがお見舞いの時にしてくれていた。
「ちなみに聖女さまはご存じでしたよ」
「なっ⁉ 何で違っ⁉」
「“日本語で話をしていたでしょう。**”」
前世の名前と共に日本語で話しかけると慌てて、
「あんたっ!! まさか、ネタバレを利用して生き残ってきたの!! 卑怯でしょ!!」
そこで動揺しなければ誤魔化せたのに。
日本語が分かるのは自分だけだと思っていたから彼女は自分の首を締めた。
乙女ゲームのモーリンシナリオでは医療詐欺によって婚約者が殺されていた。
兄ルートだと病弱な妹はすでに死んでいて、何度もお見舞いに来ていた婚約者が毒をもっていたと思って断罪する。
ちなみに兄ルートのBADENDは毒をもっていたのは別人だったと事実が判明だったとか。
それらをすべて聖女が独り言で言っていたのだ。まあ、攻略ノートを日本語で書いてあって、それをモーリンが見える場所においてもあったが。
そのノートのおかげで無事わたくしに毒をもっていた犯人は捕まった。そう、まさか。
「医者と不倫関係でわたくしを利用して逢引をしていたなんて思いませんでしたよ。……母上」
娘を利用して医者との時間を増やす母。妹を利用して聖女との時間を増やそうとする兄。全く似た者同士だ。
そして、そんな母と兄にいいように利用されていた仕事しか興味ない父も同類か。まあ、そんな家族とは今日でお別れだが、
「お兄さま。お父さまに頼まれた書類はきちんと目を通さないといけませんよ。お母さまも」
こっそり兄の仕事の書類に紛れ込ませていたのはわたくしの養子縁組の書類。
聖女の発言。
『“ああ、そうだわ。殺させちゃえばいいのよ。確か、そろそろ不倫関係に飽きてきた医者に毒殺されるはずなんだから”』
わたくしの命を道具扱いしてくる輩。そして、それに気づかず自分の幸せを謳歌する人たちにすでにうんざりしているのだ。
「シャリアさまが薬を無効化させる食材を使用していなかったらとっくの昔に死んでいたそうですよ。わたくし」
いわば、シャリアさまはわたくしの命の恩人ですよね。
「わたくしを殺そうとしていた家族と縁を切って、シャリアさまの実家の養女になります」
「そうね。婚約を破棄されたらイリーナさまがどうなるか不安だったのでちょうどいいわ」
二人でにこにこ笑っているとモーリンが拗ねたように背中から抱き付いてくる。
「じゃあ、モーリンさまはわたくしの弟になるのね」
シャリアさまの言葉に、
「シャリア嬢が義姉……。お手柔らかにお願いします」
モーリンさまが困ったように笑って告げる。
困惑している皆様には悪いけど、わたくしはすでにわたくしが家族に虐待されていた証拠を差し出してあるので、兄が……元兄がシャリアさまの誕生日会を婚約破棄の会場にするのならわたくしはシャリアさまの妹になる宣言をさせてもらおう。
わたくしの養女発言に誰かが拍手を始めるとそれに釣られるように次々と拍手が起きる。いまだ困惑している元兄と聖女はシャリアさまの父が部下に命じてさっさとこの場から連れ出していく。
「それにしても、モーリンも転生者だったなんて……」
「俺も驚いたよ。自分だけだと思っていたし、そんな話をしたら頭がおかしいと思われると思っていたから」
おそらく聖女が日本語をしゃべらなかったら気付かずに終わっていた事実。そういう意味では感謝をした方がいいかもしれないが、感謝する気にはなれない。
前世の話を詳しく聞いていたら飲酒運転に轢かれる直前に危ないと叫んだ人だったことを知った。そして前世のモーリンもその車に轢かれたと。
「偶然ってすごい……」
「ここまで来ると必然……?」
二人で実際居るか分からない神の采配なのかと首を傾げてしまったが、こんな奇跡もあるのだからいるのかもしれないと開き直った。
「神社の前で轢かれたからと言うことにしましょうか……」
と無理やり納得させて、準備をする。
あの後、シャリアさまの行いが評価されて、素敵な方と婚約が決まった。今日はその結婚式だ。
「もし、転生させてくれた神がいるのなら」
「絶対に幸せにしてあげてください」
と二人して自分たちを転生させた神に祈ることにした。
解決策が無理やりだったかなと反省