第91話 しまっておく気持ち
一通りアミと館内を周って外に出ると、今度は喜屋武が仁王立ちして集合場所で待っていた。
「次はわんの番さー!」
「よろしくな」
何がそんなに楽しいのか、喜屋武はずっとニコニコ顔で俺の隣を歩いている。
思えば、喜屋武と二人きりというのは初めてだ。
「ねぇねぇ、見てみ! くじ引きでぬいぐるみ当たるってよー! 一回千円さー!」
屋外のスペースで、テンション高めの喜屋武が指差す先には、球体の中でくじが舞うくじ引きブースだった。
係員のお姉さんの後ろの棚には大小さまざまなベルーガのぬいぐるみが置いてあった。
「千円って……高くね?」
「言うと思ったさー! でもさ、カナタン。これは夢がぎっしり詰まってるわけさー!」
「夢の値段が高すぎるんだよ」
「いざ、勝負よー!」
笑いながらも、喜屋武は財布を取り出す。
その後ろ姿はまるで、子供の頃に戻ったような無邪気さだった。
「……本当はずっと憧れてたんさ、水族館に来るの」
急に真面目なトーンで、喜屋武が呟く。
「え、行ったことないのか?」
沖縄といえば、水族館というイメージがあった。主にあのジンベエザメがいる水族館だけど。
「わんな、沖縄出身って言っても、ほとんど本島に行ったことないわけ。島んちゅだし。小さい頃からテレビとかでしか見たことなかったから、こーゆーちゃんとした水族館、実は今回が初めてで」
「そっか……」
「だから、ぬいぐるみとかも、ちょっと憧れてたんさー。こういうとこ来ると、子供みたいにテンション上がっちゃうわけよ」
球体に手を突っ込んでくじを引きながら、少し照れたように喜屋武は笑う。
出てきたくじは――一等だった。
「おっしゃ、一等さー!」
「おめでとうございます!」
係員のお姉さんが笑顔でベルを鳴らす。
「あ、当たるんだ……」
「んふふー、こういうとこだけ運使うタイプなんさー」
喜屋武が大事そうに抱えたぬいぐるみは、ふかふかで、ベルーガの丸っこいフォルムをよく再現していた。
「カナタンも、引いてみれば?」
「いや、俺は……」
「ま、でもそーいうとこも、カナタンらしいさー」
喜屋武の視線が、ふっと柔らかくなる。
「……うぃーりきさん」
「ん、楽しいのは何よりだな」
「うん。高校入学してから今が一番楽しい。こんなふうに、みんなで旅行して。こーやって、カナタンと話してるのも」
あくまで軽い調子だけど、その言葉の奥には、別の感情が含まれている気がした。
やっぱり、アミとのことを気にしていたのだろう。
「それなら良かった」
俺はただ、それに応えるように微笑んだ。
その瞬間、少しだけ風が吹いて、喜屋武の髪が揺れた。
遠くから聞こえてくる水音が、まるでその場の空気を包み込んでいるようだった。
「似合うな、それ」
ぽつりと言った一言に、喜屋武は少しだけ視線を落として、そしてすぐに顔を上げる。
「そーお? ……あんたがくれるってんなら、もっと嬉しかったけどね」
いたずらっぽく笑うその横顔に、一瞬だけ見えた真剣な瞳。だけど次の瞬間には、またいつもの調子に戻っていた。
「……って、なんちって。ヨッシーに怒られるさー、こんなの」
言いながら、ベルーガの頭をぽふぽふと撫でる喜屋武。その仕草がなんだかやけに可愛くて、こっちは苦笑するしかなかった。
「大事にしろよ、それ」
「ん。……ちゃんと、今日の思い出にするさー」
湿った風がふたりの間を抜けていく。喧騒から離れたその瞬間だけは、妙に静かで、どこか心地よかった。




