第8話 執筆マシーンは固形物が苦手
朝、制服に袖を通した瞬間、改めて実感する。俺は二度目の高校生活を送るのだ、と。
「うん、普通だな」
鏡の前で髪をセットし、ネクタイを締め、ワイシャツの襟を整える。
過去の俺が着ていたのと同じデザインの制服。
しかし、それを着ている俺の中身は三十路を超えていた男。妙な違和感を抱えつつも、気にしても仕方がないと割り切る。
「おはよう」
「はよー」
「おはよ、遅かったじゃん。あっ、愛夏ちゃん。おかわりもらっていい?」
「好きなだけ食べちゃっていいよ」
部屋を出て一階のリビングに降りると、そこには妹の愛夏だけでなく、何故か慶明高校の制服に身を包んだヨシノリもそこにいた。というか、何で普通に飯食ってるの?
ヨシノリはバカみたいに茶碗に米を盛ると、再び食べ始める。炭水化物のドカ食いは太るぞ。
「何でヨシノリがここに?」
「一緒に登校する約束でしょ」
そういえば、今日から俺の高校デビューに協力してくれるんだった。ギリギリまでフォローしてくれるなんて頭が上がらない。
「由紀ちゃんごめんねー、うちの愚兄が迷惑かけて」
「いいよ、こいつが作家デビューしたら印税で高い焼き肉連れてってもらう約束だから」
愛夏の謝罪にヨシノリは苦笑する。
「お兄ちゃんは幸せ者だねぇ。こんなに可愛い幼馴染が迎えに来てくれるなんてさ」
「それに関してはマジでありがたいと思ってるよ」
このときめきは、ラブコメ小説の糧になるし。
それから愛夏が作ってくれた朝食をとる。
「はぁ……」
「いきなりため息なんてついてどうしたの?」
「いや、飯って噛んで食べると疲れるじゃん」
死ぬ前は流動食を一気飲みして食事を済ませていたせいか、固形物を咀嚼するとどうにも疲労感を覚えてしまうのだ。
「愛夏ちゃん、もしかしてカナタやばいんじゃない?」
「もしかしなくてもやばいよ。お兄ちゃん、春休みもほとんど執筆作業にかかりきりだったし、ご飯はミキサーでドロドロにして口に流し込んでたから」
「食事なんて栄養が摂れればいいだろ」
胃の中に入れば同じなんだからこっちのほうが効率がいいというのに、愛夏には止められてしまった。
栄養的には問題ないはずなんだけどなぁ。
「……こんなんだから、さすがに止めたよ」
「愛夏ちゃん、グッジョブ」
疲れた表情を浮かべる愛夏に、ヨシノリはサムズアップしていた。何故だ。
「ちょっと、そこの執筆マシーン」
「何だよ、急に。褒めても何もでないぞ」
「褒めてないわよ!」
えっ、最高の褒め言葉だと思ったんだけど。
「今後は流動食は禁止!」
「そ、そんな殺生な……!」
「何でそんなにショック受けてるの!?」
未来でも有効だった時短テクニックが禁止されたのだ。ショックだって受ける。
「あのね、食事だって貴重な時間よ。小説でも食事の描写が売りなものだってあるでしょ……知らないけど」
「ハッ!」
そういえば、未来では飯テロ小説も結構ウケがよかった。
つまり、俺は効率を重視するあまり、意図せず選択肢を狭めてしまっていたということか。
「俺が悪かった。おかげで大事なことに気づけた。ヨシノリが幼馴染でよかったよ」
「……なんか釈然としない」
「……ごめんね、本当にうちの愚兄がごめんね」
素直に感謝の言葉を伝えたというのに、ヨシノリは複雑そうな表情を浮かべ、愛夏は平謝りしていた。
なんか釈然としない。