第76話 海風のイタズラ
着替えを済ませた俺は、先に更衣室を出て、海の風に当たりながらみんなを待っていた。
潮風が心地よく、俺はふと遠くを眺める。夕方の気配が近づくこの時間帯は、どこか懐かしさを感じさせた。
なんだか、小学校のときに近所のプールへ行っていた頃を思い出す。
あのときもヨシノリは、面倒だからと水着を服の下に着こんでいた。懐かしい思い出だ。
そんなことを考えていると、ふと違和感がよぎった。なんか、既視感がある。
何があったか思い出せそうだったそのとき、女子更衣室から。
「お、お待たせー……」
ヨシノリが、アミと喜屋武に挟まれるような形で出てきた。
だが、その表情が妙にぎこちなく、顔が赤い気がした。夕陽のせいではなさそうだ。
「ヨシノリ?」
俺が首を傾げると、ヨシノリは耳まで真っ赤にして俯いてしまった。
そして、俺はすぐに察する。
ヨシノリは服の下に水着を着ていたが、替えの下着を忘れたんだろう。
つまり、今の彼女がぎゅっと抑えているオレンジ色のスカートの下には……何もはいてない。
俺は軽く息を吐きながら、自分が羽織っていた七分丈のシャツを脱ぎ、ヨシノリに差し出した。
「薄手で心許ないだろうけど、腰に巻いとけ」
ヨシノリは一瞬驚いたように俺を見つめる。
「今は割と風強いし、スカートをガードしとかないとやばいだろ。ほれ」
彼女は黙ってシャツを受け取り、きゅっと腰に巻いた。袖の部分を前で結び、スカートが風で翻らないよう、しっかりと固定する。
「……ありがと」
「お前、小学校のときも夏休みにプールで同じことしてたもんな」
「うぐっ……!」
違うことがあるとすれば、あの頃は平気な顔してノーパンで帰っていたことくらいだろうか。
「まるで成長していない」
「バスケやってるあたしにそれを言うのは皮肉のつもりか……!」
彼女は口を尖らせて言い返すが、顔はまだ赤いままだ。
そんなやり取りをしていると、不意に海風が俺たちの間を吹き抜けた。
「ひゃっ」
ヨシノリが小さく声を漏らす。
腰に巻いたシャツのおかげで後ろのガードは大丈夫だった。しかし、それが仇となった。ヨシノリのスカートは前側の布地だけが風に煽られ、ふわりと舞い上がる。
「わわっ!?」
ヨシノリが慌ててスカートを押さえようとする。しかし、時すでに遅し。
オレンジ色のスカートが風に舞い上がった瞬間、視界に飛び込んできたのは、水着の日焼け跡がくっきりと残るヨシノリの素肌だった。
大きく広がった太もものラインは、夕陽に照らされて淡い琥珀色に輝いている。
水着で隠れていた部分との境界線がはっきりと浮かび上がり、その先には何の隔たりもなく、一度だけ見たことのある秘めた部分が露わになっていた。
なんというか、ちゃんと処理とかしてんだなぁ……。
俺は反射的に視線を逸らそうとしたが、一瞬の出来事に脳が処理しきれず、視線が宙を彷徨う。
「……見た?」
ヨシノリの震える声が、俺の耳に届く。彼女の顔は真っ赤な顔で、ゆっくりと俺を睨む。
「いや、俺は何も――」
「見たよね! 絶対見たよね!?」
真っ赤な顔のまま、ヨシノリは俺に詰め寄ってくる。左手はスカートを抑え、右手の拳はぎゅっと握りしめられた。
「~~~っ!」
次の瞬間、ヨシノリは殴り掛かってくる……かと思いきや、俺の胸元に軽く拳を押し当てるだけだった。
「……えっち」
かすれる程小さな声でそう呟くと、ヨシノリはそのまま俯いてしまった。
俺は一瞬、何が起きたのか理解できずに硬直する。
ヨシノリは顔を上げず、恥ずかしさを振り払うように深呼吸をした。
「……ほら、行くよ。帰りは責任もってスカートガードしてよね」
まだ頬を赤く染めたまま、そっぽを向いて歩き出すヨシノリ。
「おう……」
俺も脳裏にちらつく先程の光景をかき消しながら、彼女の後に続いた。
潮騒の音が、どこか遠くから響いていた。