第72話 ツーショット
「悪い、ヨシノリ。ひとつ頼まれてくれないか?」
思い切って声をかける。脈が少し早くなるのを感じる。なぜか緊張している自分に気づいた。
「どうしたの?」
ヨシノリは歩みを止め、半身をこちらに向ける。海からの風が彼女の髪を揺らし、首筋に絡みつかせていた。光の加減で、髪の毛の一部がわずかに透けて見える。海辺の風景に彼女の姿がよく映えていた。
「ツーショット写真が欲しいんだ」
少し視線を逸らしながら言葉を紡ぐ。トト先から頼まれただけだが、こうして改まって頼むと、妙に気恥ずかしくなる。胸の奥が微妙にざわつくのを感じながら、俺はヨシノリの反応を待った。
「誰の?」
ヨシノリは首を傾げ、きょとんとした表情で俺を見る。透き通るような瞳が、まっすぐこちらを見つめてくる。
「俺とヨシノリの」
声が少し上ずるのを感じる。自分でも驚くほど素直に答えてしまった。風が少し強く吹いて、波の音が一層大きくなる。近くで遊んでいた他のメンバーの声も遠くに感じた。
「ああ、なるほどね。あたしとカナタのか」
動揺している俺とは対照的に、ヨシノリは至って普通の顔だ。まるで何でもないことのように、軽い口調で言う。けれど、その表情はどこか優しい。
「いいよ。せっかくの旅行だし、思い出作らないとだね」
そう言って彼女は俺の隣に立った。距離が近すぎて、心臓が跳ね上がる。意識しないようにしていたのに、こうして並ぶと、どうしても気になってしまう。
俺はスマホのカメラをインカメラに切り替えると、腕を伸ばして構えた。画面には、夏日に照らされたヨシノリの姿が映っている。髪が少し乱れ、頬がほんのり赤みを帯びていた。
「もう少し寄ってくれ」
「こう?」
ヨシノリは一歩近づき、肩が触れる。柔らかい感触に息を飲んだ。
「もうちょい笑顔で。あと、ピースは逆向きのギャルピで」
「いちいち指図しないでよ」
文句を言いながらも、ヨシノリは柔らかく微笑んだ。普段の勝気な表情とは違い、どこか穏やかで優しい。
「よし、撮るぞー。はい、チ――」
「えいっ」
シャッターを押す瞬間、ヨシノリが突然俺の肩に頭をもたせかけてきた。予想外の温もりに、体が固まる。カメラを手に持ったまま、動けなくなった。
「早く撮らないと、やめちゃうよ?」
すまし顔で言うヨシノリだが、耳まで赤くなっていた。いつもの彼女なら、こんなことしないはずだ。冗談めかしているようだが、照れが隠しきれていない。
「あ、ああ」
慌ててシャッターを押す。画面に映るのは、照れながらも幸せそうな二人の姿。
俺はその姿をしっかりとカメラに収めた。
写真を確認すると、ヨシノリの頭が俺の肩に寄りかかり、まるで恋人同士のように見える。そんなつもりはなかったのに、俺の顔もわずかに赤くなっている気がした。
「ほら、もう一枚撮ろう。今度は普通に」
「え、また撮るの?」
「さっきのは偶然の一枚だからな。次はちゃんと、記念になる写真を撮るぞ」
俺の言葉に、ヨシノリは少し驚いたような顔をしたが、すぐに笑った。
「……いいよ。じゃあ、今度はカナタもちゃんと笑ってね」
「お前こそな」
もう一度、カメラを構える。今度は自然な笑顔で。
シャッターが切られ、波音が静かに響く。少しずつ空が暗くなり始め、砂浜の風が涼しさを増していた。
こうして、俺たちのツーショットは思いがけず増えていくのだった。