第63話 旅行計画はファミレスで
夏休み前、最後の登校日。俺たちはそのまま秋葉原に寄り道し、ファミレスで作戦会議をすることにした。
エレベーターのドアが開き、俺たちは次々と店内へ足を踏み入れる。夏休み直前の週末ということもあり、店内は学生率が高かった。制服姿のグループや、部活帰りと思われるスポーツバッグを持った生徒たちが談笑しながら食事を楽しんでいる。
名前を書いてしばらく待つと、席が空いたのか店員さんが俺たちの名前を呼ぶ。
「六名でお待ちの……あ、アフロディーテ様ー」
店内の一角が一瞬静まり、俺たちは一斉にアミを見る。
「おい、誰だよ。アミの本名書いた奴」
「あっ、私です」
「本人の犯行かよ」
いくら何でも吹っ切れすぎだろ。
まるで悪びれる様子もなく、アミはにっこりと笑っている。その場にいた俺たちは脱力し、店員さんがただただ困惑していた。
「ふふん。私は本名なので、悪ふざけにはならないのです!」
「あーちゃん。さすがに店員さんが気まずいだろうからやめたげて……」
ヨシノリがため息をつきながらアミの肩を叩く。
「ほ、本名……こほん、では、ご案内します」
店員さんも苦笑しながら、席へと誘導してくれた。本当にうちのアフロディーテがすみません。
「んー、冷房効いてて快適~!」
ヨシノリが大げさに伸びをしながら席に座る。彼女はこういう場所では躊躇しない。俺たちが座る前に、もうメニューを開いていた。
「全員ドリンクバーでいいよね。食べ物はそれぞれ適当に頼む感じで」
ナイトが自然と仕切り役になり、スッとメニューをめくる。その指の動きすら優雅で、見ているこちらが妙に感心してしまう。やっぱりイケメンは違うな。
それから全員が各々好きなものを注文するが、ほとんどみんな辛味チキンだった。エスカルゴもうまいのに、意外とみんな頼まないよなぁ。
「それじゃあ、我らが田中カナタ先生の最終選考入りを祝って――乾杯!」
『乾杯!』
樹脂素材のグラスが軽くぶつかり合い、炭酸の弾ける音が広がる。
「今日ナイトやゴワスと話してたんだが、祝勝会を兼ねてどっかに遊びに行こうって話が出たんだ」
俺が話を振ると、全員が興味を示す。ナイトは爽やかに笑い、ゴワスは腕を組んで頷いていた。
そこで俺は一つ提案をすることにした。
「せっかくだから、旅行にしないか?」
俺は青春を楽しむと決めておきながら、ヨシノリからもたらされる恩恵を受動的に受け入れるだけだった。
だからこそ、今回は自分からこういう提案をしてみようと思ったのだ。
「いいですね、それ! せっかくの夏休みですし、友達と旅行なんて素敵です!」
俺が提案すると、ドリンクバーのストローをくわえていたアミが興味津々といった様子で身を乗り出した。
「旅行か。何だかんだで、このメンバーであまり遊べてないし、いいんじゃないかな」
ナイトはメニューをめくりながら、軽く頷いた。
「で、どこ行くんだ?」
ゴワスは二杯目のコーラを取ってくると尋ねてきた。こいつもすっかりこのグループに馴染んだよなぁ。
「わんは海に行きたいさー!」
「沖縄は無理だぞ」
喜屋武も賛成の意を示す。海といえば沖縄のイメージがあるが、さすがに遠すぎる。近場で良いスポットを探したほうが現実的だ。
「せっかくだから海と水族館、どっちも行ける場所がいいと思ってる。泳いで遊べるし、水族館なら雨でも楽しめるしな」
「それなら、伊豆とか良くない?」
ダブルサイズのカルボナーラを食べ進めながらヨシノリが提案する。お前、ホントにブレないな。みんな頼んでいても、せいぜい辛味チキンくらいだぞ。
「伊豆なら海もあるし、有名な水族館もあるよ。交通の便も悪くないし、泊まる場所も探しやすそうじゃない?」
「伊豆はちょっと遠くないかい」
ヨシノリの提案に、ナイトが難色を示す。
高校生はいつだって金欠だ。そして、社会人になると時間と反比例するように金が入る。まあ、俺はその辺管理が杜撰だったから、遊びにも行ってないのに碌に貯金もできなかったんだけど。
「交通費も考えると厳しいか」
「それなら鴨川はどうですか?」
アミが提案する。千葉県にある水族館のシーワールドならば、比較的アクセスもしやすく海水浴場も近い。
「いいじゃねぇか。近場でも、そこそこ旅行感味わえそうだ」
こうして、行き先は鴨川に決定した。
「じゃあ、次は宿の確保と交通手段だな。どうやって行く?」
「電車で行くのが無難でしょ」
ヨシノリの意見に、俺たちは頷いた。
「宿はコテージとか借りるか」
「それいいですね。せっかくですし、夜はバーベキューとかやってみたいです」
「バーベキュー!? しに楽しそうさー!」
「バーベキューが嫌いな人類なんていない!」
「「イェーイ!」」
喜屋武とヨシノリが嬉しそうにハイタッチしていた。こいつら食べ物の話題だと元気だな。
「よし、宿は僕が探しておくよ」
ナイトがスマホを取り出し、検索を始める。くっ、こいつもスマホ族か。
「それで、出発日はどうする?」
「八月の中旬以降はみんな空いてないだろうから、八月に入ってすぐがいいだろうな」
「よし、それで計画を詰めていこうか」
こうして、夏の旅行に向けた準備が本格的に始まったのだった。