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第61話 夏の始まりはザリガニ釣りで

 季節も七月となり、日差しがじりじりと肌を焼くようになった。

 一学期も残り僅か。期末試験も終わり、テスト返しさえ終われば輝かしい夏休みが待っている。


「はぁ……憂鬱だ」

「そんなに試験の手応えなかったのか?」


 試験が終わった直後の昼下がり。

 俺とヨシノリは池に釣り糸を垂らしていた。

 釣りといっても魚釣りではなく、小学校のときによくやっていたザリガニ釣りである。

 近所の駄菓子屋ひよりで買ったアタリメを餌にし、じっと水面を見つめる。


「苦手科目はどれだけやっても不安なの」


 キャップの下からヨシノリは、俺に恨みがましい視線を送ってくる。

 うん、今日もオレンジ色のアイシャドウがよく似合っている。


 今日のヨシノリは、Tシャツとホットパンツというスポーティな格好をしていた。

 短パン小僧だった頃とは違い、現在はムチムチの太ももが眩しい。あと、キャップの穴から出るポニーテールが素晴らしい。


「ちなみに、カナタはどうなの?」

「俺は自己採点で95点だ。大問3の二問目で8と6を書き間違えてた」

「作家らしからぬミスじゃん」

「むしろ物書きは、勝手に脳内補完しやすいから書き間違いと読み間違いは人より多いぞ」

「だから、あんたの小説って誤字脱字だらけなのね……おっ、釣れた」


 ヨシノリが勢いよく糸を引き上げると、小ぶりなザリガニがアタリメにしがみついていた。

 ヨシノリは嬉しそうにザリガニを持ち上げると、水バケツにそっと入れる。


「最近は次の大賞応募作品を先にネットに出して誤字を直してるぞ」

「読者に校正作業させてんじゃないわよ」


 呆れた視線を向けてくるヨシノリだったが、こちらだってタダで小説を提供しているのだ。読者に手伝ってもらったところでバチは当たらないだろう。


「てか、無名の作者がネットに出して読者なんて集まるの?」

「そこはSNSでの宣伝も活用したから集まったぞ」


 新しく作った〝田中カナタ〟のアカウントはそこそこフォロワー数がいた。


「トト先に漫研の後輩って紹介してもらったからな」

「ズル!」

「失敬な。これは立派な戦略だ……よし、俺も釣れた」


 俺も糸を引き上げるが、釣れたザリガニはヨシノリのよりさらに小さかった。

 ピンと片方のハサミを振りかざし、威嚇している様子がなんとも可愛らしい。


「ちっさ……カナタって意外と、そういうとこはプライドないよね」

「どんなに面白い作品も読まれなきゃ意味がない。なら、自分が生み出した作品のためにも最大限見てもらう努力はするべきだ。たとえ、それが自分にとって苦痛だったとしてもな」


 この辺のことを一周目ではちゃんと理解できていなかったのが痛い。

 何故、なろう系の作品はあんなタイトルで人気があるのか。そのことをちゃんと分析すれば、答えは出たはずなのに、無駄なプライドが邪魔して俺はチャンスを逃していた。


 それは自分が生み出した大切な作品に対して不誠実だ。


 作者の気持ちなんて二の次だ。大切なのは、作品を大勢の人間に読んでもらうことなのだ。

 小説とは、人が読んでこそ意味があるものなのだから。


「ホント、そうやって真っすぐ目標に向かって努力するカナタはカッコイイよね」

「そ、そうか?」

「あれ、もしかして照れてる?」

「うっさい。暑くてのぼせただけだ」


 ジリジリと照りつける日差しが、妙に体温を上げている気がする。

 何気ない様子でヨシノリは釣り糸を垂らしているが、俺はどうにも落ち着かなかった。

 ヨシノリに対して抱いた感情。高ぶった気持ちは、あと少しというところで、穴の抜けた風船のように萎んでいく。


 一体この現象は何なのか。謎は深まるばかりである。


「ちょっと、二人共!」


 突然、後ろから聞こえた声に俺たちは振り向く。


「二人きりで出掛けたからデートかと思ったら、ザリガニ釣りってどういうこと!?」


 そこには、呆れた顔をした愛夏が立っていた。


「なんで愛夏がここに?」

「ランニングの途中に見かけたからまさかと思って声かけたの」


 愛夏は額の汗をぬぐいながら、肩で息をしていた。ランニング中だったのは本当らしい。タンクトップにハーフパンツという動きやすい格好の彼女は、普段よりも引き締まった雰囲気がある。


「そういえば、愛夏ちゃんって陸上部だったね」

「あー、だからお前いつもランニングしてたのか」

「お兄ちゃん。私が陸上部なの知らなかったの!?」


 愛夏は驚いたように目を見開く。


「カナタ。そういうとこよ」


 ヨシノリが呆れたように深いため息をつく。


「……反省しています」


 俺は人をキャラとして見ている云々で、ヨシノリと揉めたばかりだ。妹である愛夏に対して興味が薄いとなれば、ヨシノリの機嫌も悪くなるだろう。


「いいよ。別に私はお兄ちゃんに特別扱いされたいわけじゃないし」


 そう言いながらも、愛夏は少し拗ねたように唇を尖らせていた。


「それより、二人は夏休みどうするの?」


 タオルで汗を拭いながら愛夏が尋ねてくる。ランニングの疲れが少し出たのか、呼吸を整えながら話している。


「俺は漫研でコミケの手伝いだな」


 コロナ禍前のコミケは戦場だ。この頃は来場者数が五十万人を超えるのが当たり前の時代だった。

 去年の漫研は、午後の入場制限が解除されてすぐに完売したらしい。トト先の力は偉大である。


「夏のコミケって噂ではすごいって聞くけど、実際どうなの?」

「去年の様子を動画で見たけど、熱気がやばかったわ」


 ヨシノリも何度か見せたコミケの映像を思い出したのか、眉をひそめた。


「ちなみに、あたしはバスケ部の合宿があるくらいね。漫研のほうは暇があれば手伝うって感じかなぁ」

「部活以外に予定はないの?」


「「ない」」


 俺とヨシノリは声を揃えて即答する。


「いや、もっと遊ぼうよ! 夏休みだよ!?」


 愛夏が信じられないという顔をして俺たちを見つめる。


「その結果、小学校のときも俺が宿題を手伝う羽目になったじゃん」

「何でそういうことは覚えてんの!」


 愛夏は昔から夏休み最終日に宿題が終わらないと泣きついてきていた。自由研究とか全部俺がやっていた記憶しかない。


「とにかく、遊ぶの! できれば、ナイト先輩も一緒に!」

「そっちが目的か」

「べ、別に違うよー」


 どうにも複雑な気分で愛夏を見やると、愛夏は目を泳がせながら慌てて言い返すのであった。


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