第6話 緊急事態、母帰宅
春休みがもうすぐ終わるからとヨシノリに町に連れ出された。
俺、残金四十五円なんだけど。
この時代の大島にはまだ小学生の味方〝駄菓子屋ひより〟がある。
十円ゲームで遊んだり、駄菓子を買ったりするだけなら、四十五円でも楽しめるはずだ。
「四回遊んだらなくなった……」
「小学生のときより金欠になってるじゃん」
雨上がりの帰り道を俺とヨシノリは並んで歩いていると、ビッグカツを頬張りながらヨシノリが呆れた声を出す。
ちなみに、今ヨシノリが食べているビッグカツは四つ目である。駄菓子じゃなくて普通に近所の肉屋でコロッケ買ったほうが良いのでは?
ふと、振り返ると狭い道だというのに、結構スピードを出したトラックが走ってきていた。
「ヨシノリ、トラック来て――」
「きゃ!?」
突如として響いたヨシノリの叫び声。振り向くと、彼女は全身びしょ濡れだった。どうやら、今のトラックが通ったときに水を被ったらしい。
「もう最悪!」
しかも、跳ねたのは汚い泥水である。白いワンピースだったせいか、汚れがかなり目立つ。
しまった。こういうときは俺が車道側を歩いて、ヨシノリを庇うべきだったか。昔は庇われる側だったせいで、咄嗟に動けなかった。
一周目でも「田中君はもうちょっと気遣いできるようになろうか」と評価面談のたびに上司に言われてたからなぁ。今後は気をつけなければ。
「すぐに洗わないと、シミになっちゃう……これ、お気に入りなのに」
ヨシノリは服の袖を絞りながら、半ば泣きそうな声を上げていた。
「じゃあ、うちすぐそこだし寄っていくか? 洗濯ついでに着替えも貸せるし」
「……お言葉に甘えさせていただきます」
ヨシノリは少し考えた後、俺の家についてくることを決めた。
家に到着すると、ヨシノリはすぐに脱衣所へと向かった。
「ヨシノリ。洗濯機の使い方わかるか?」
脱衣所の扉越しに声をかけると、扉越しに返事が返ってくる。
「大丈夫。うちのと同じやつだから」
「了解。じゃあ、俺は着替えとタオル持ってくるから」
「何から何までありがとね」
扉越しにヨシノリは柔らかい声音で礼を述べた。
俺はすぐに二階の自室へと向かい、適当にヨシノリが着れそうな服を見繕う。
しかし、碌な服がない。
Tシャツにしろパーカーにしろ、ネットミームが印刷されたものばかり。〝だっておwwwバンバンwwwTシャツ〟とか、どうして俺はこんな服を後生大事に取っておいたんだ。
仕方ない。服なんて着れれば何でもいいだろう。
着替えとタオルを持ってリビングへ降りる。
「ヨシノリが俺の家に来るのなんて何年ぶりだろうな……」
そんなことを考えていると、不意に玄関の方から物音が聞こえた。
「ただいまー」
「っ!?」
この時間に、母さんが帰宅しただと……まさか、仕事人間の母さんが定時退社を決めたというのか。
ヨシノリが入浴中だというのに、まさかの母親帰宅。予想だにしなかった時代に、俺の脳はパニックを起こす。
「カナター、いるの?」
「い、いるけど!」
返事をしつつ、俺は持っていた着替えとタオルを投げ捨てて玄関へと向かう。
やばい、ヨシノリが家にいるのがバレたら絶対まずい。
俺の母親は昔、近所の悪ガキだったヨシノリとの付き合いをよく思っていなかった。
とにかく、ヨシノリをどうにか風呂場から移動させないといけない。
俺は急いで浴室へ向かう。
「ヨシノリ、緊急事態!」
「ひゃっ、何!?」
脱衣所を開け、シャワーの音がする浴室の扉を叩く。曇りガラス越しに肌色の人影が見えるが、今はそれどころではない。
「母さんが帰ってきた! ヨシノリがいるのがバレたらヤバい!」
「ひぃ……カナタのお母さんって、あたしのこと目の敵にしてたのよね……」
そりゃ近所でエアガンを乱射したり、家の壁に穴を開けたりしてればそうなるだろう。
曇りガラスでよくわからないが、ヨシノリの顔は青ざめていることだろう。
「ちょっ、ど、どうすんの!」
「とにかく、俺の部屋に行って隠れてくれ!」
「は!? 無理無理無理! てか、着替えとタオルは!?」
「どっかいった!」
「バカァァァ……!」
ヨシノリは浴室から器用で小声で叫ぶ。
「裸で移動とか無理!」
「俺が時間を稼ぐから!」
母さんの足音が廊下に近づいてくる。
「カナター? 洗濯機回すけど、なんかある?」
やばい、もう時間がない。
「ヨシノリ! いくぞ!」
「もうホントに最悪!」
俺は母さんの進行を止めるために脱衣所を飛び出し、それから少し遅れて半泣きのヨシノリが浴室の扉を開け、俺の部屋へとダッシュするのであった。