第57話 ありがとう、友よ
ある日の放課後。
俺は体育館の前で呼び出した人物を待っていた。
「悪ぃ、待たせたか」
「ちょうど今来たところだ」
やってきたのはジャージ姿のゴワス。
バスケ部の練習が終わったばかりなのか、少し額に汗を浮かべている。息もわずかに乱れていて、直前まで激しい動きをしていたのが分かる。
「急に呼び出して悪かった」
「別にいいけどよ……何の用だ?」
ゴワスは訝しげな顔をして俺を見る。相変わらずぶっきらぼうな態度だが、それが逆に安心感を与える。
俺は深く息を吸い込み、まっすぐに彼の目を見つめた。
「悪かった」
それから心を込めて深々と頭を下げる。
「お、おい、奏太! 何でお前が謝るんだ! 謝らなきゃいけねぇのは俺のほうだ! 頭を上げてくれ!」
ゴワスは慌てて俺の方へと駆け寄ってくる。その反応を見て、こいつはただの悪い奴ではないのだと改めて思った。
性格は決して良いとは言えないが。
「いや、俺にも謝らなきゃいけないことがあるんだ」
顔を上げ、しっかりとゴワスの顔を見据える。
「ゴワスなんてあだ名をつけたこと。必要以上にお前をこき下ろしたこと。本当にごめん」
一つひとつ、言葉を噛み締めるように伝える。
「あだ名は別にいいって。気に入っちゃいねぇけど、みんなそう呼んでるしな」
ゴワスは目を逸らしながら小さく呟いた。
「それに勉強会でのことは俺が100パー悪かっただろ。奏太は正論を言っただけだ」
「正論なら何を言ってもいいわけじゃないだろ」
相手の気持ちも考えず、一方的に正論を振りかざすのは暴力と変わらない。
考えが道理に中っていたとしても、それを使って人を傷つけていい理由にはならないのだ。
正しさとは一種の毒だ。
無抵抗の相手を大義名分を掲げて〝正論棒〟で殴るのは気持ちの良いものだ。
俺はそんな程度の低いことをゴワスにしてしまったのだ。
「必要以上にお前に当たったのは……お前が羨ましかったからだ」
「羨ましい? こんな、俺なんかがか?」
ゴワスは心底驚いたように目を見開いた。彼の反応を見て、自分の感情がいかに歪んでいたかを痛感する。
「お前は俺の知らないヨシノリを知ってる。あいつの笑顔がお前に向けられてると……どうしようもなくイラっとしたんだ」
「そんなこと言ったら俺だってそうだ。奏太のほうが俺にないもの全部持ってるだろ」
ゴワスは苦笑しながら肩をすくめる。
「お前、何でもできるし。俺が逆立ちしても追いつけねぇってわかってたから、イライラして八つ当たりしちまった……本当に最低だ」
ゴワスの拳がぎゅっと握られる。その悔しさが痛いほど伝わってきた。
「だから、俺のほうこそごめん」
「俺も同じだったよ」
深々と頭を下げるゴワスへと、俺は静かに告げる。
「ゴワスはずっとバスケに打ち込んできた。それは俺にはないものだ」
あれだけ真剣にバスケに打ち込んでいたからこそ、ヨシノリも部活終わりにゴワスと楽しげに話していたのだ。
部活中のヨシノリは、俺の知らないヨシノリで――その姿はいつもより輝いて見えたのだ。
「けどよ。お前はもう小説でプロに――」
「なってねぇよ、タコ。創作界隈なめんな!」
「わ、悪い……」
俺たちはそれぞれの世界で、必死にもがいていた。お互いが持っているものを羨んで、勝手に壁を作っていた。
「なんだかんだで、俺たち似てるのかもな」
同じようにお互いを見下して、嫉妬して、いがみ合って……こういうのを同族嫌悪というのだろうか。
「いやいや、俺はお前ほど真っすぐ打ち込めるもんもねぇよ。バスケだってプロを目指してるわけじゃねぇし」
「でも、いつかその経験は糧になる。お前のやりたいことが見つかったときが楽しみだな」
ゴワスは目を伏せて少し考え込んだ。
「だと、いいけどな」
「きっと見つかる」
こんな俺にも見つかったんだ。あれだけバスケに熱中できるゴワスならきっと見つけられるはずだ。
「あのさ……俺はお前のことをもっと知りたいと思っている」
少し間を置いて、ゆっくりと言葉を続ける。
「だから、俺と友達になってくれないか」
俺はこいつの嫌なところばかり見てきた。だが、それはただの一側面でしかないのだ。そうでなければ、バスケ部であんなに部員たちに慕われたり、ヨシノリだって部活後の会話に応じることもなかっただろう。
人間良いところもあれば、悪いところもある。俺はまだ見ぬゴワスの良いところを知りたくなったのだ。
ゴワスは驚いた顔をして俺を見る。
「俺と?」
「そうだ」
しばらく沈黙が流れる。
体育館から聞こえるボールの音が、やけに遠く感じた。
「……ははっ」
突然、ゴワスが小さく笑った。
「マジで、お前イカレてんだろ。ここまで拗れた相手と普通、友達になりたいって思うか?」
「何事も経験だ。小説の糧になる」
俺もつられて笑う。
「わかった。改めてよろしくな、奏太」
「ああ。よろしくな、ゴワス」
俺たちはがっちりと拳を合わせて、新しく友人関係となったのであった。