表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/180

第52話 隣は譲らない

 法華津に連れてこられたのは体育館だった。心なしかいつもに比べて部員の数が少ない。


「なんか人少なくね?」

「先輩たちは試合でいない。試合に行かない面子で自主練してるんだ」


 俺の疑問に法華津が苦笑しながら答えてくれる。なるほど、だから女バスのほうもヨシノリの姿がないのか。あいつは声出して応援するタイプだからな。


「来たか、奏太」

「何の用だよ、ゴワス」


 どうやら俺を呼び出したのはゴワスだったようだ。


「その、改めて……この前は悪かった」


 素直に謝罪をしてきたことに、俺は面食らう。こいつ、人に申し訳ないって気持ちを持ち合わせていたのか。


「それはもういい。それで、わざわざそんなこと言うために俺を呼び出したんじゃないだろ」

「ああ、そうだ」


 ゴワスは俺から視線を逸らすと、言葉を選びながら呟く。その表情は何か言いたげで、だけど不安に揺れているように見えた。


「奏太。俺と勝負してくれないか」

「勝負? 一体何のだ」


 俺の問いかけに対し、ゴワスを表情を引き締めると告げる。


「由紀を賭けて俺と1on1で勝負してくれ!」


 ゴワスの言葉と共に体育館へ静寂が訪れる。

 女バスのほうでは黄色い声が上がっている。


「なるほどな」


 一人の女の子を取り合う男子。それは青春イベントとしては盛り上がるものだろう。

 俺も以前なら小説の糧になると思ったことだろう。


「ふっざけんじぇねぇ!」


 気がつけば、俺はゴワスの胸倉を掴み上げていた。


「てめぇ、どの口でそんなふざけたことほざいてんだ!」

「俺はずっと、お前に負けっぱなしだったんだよ……勉強でも、夢に向かう真っ直ぐさでも、由紀との距離でも……俺はお前に何一つ勝てたことがねぇ!」


 胸倉を掴まれながらもゴワスは歯を食いしばって声を荒げる。


「俺がお前に勝てるのはバスケしかねぇんだよ! ズルいのは百も承知だ! 何一つお前に勝ててない俺が由紀を振りむかせるには――」

「んなこたぁどうでもいいんだよ!」


 俺の気迫に押されたのか、ゴワスが俺の剣幕に言葉を詰まらせる。俺はゴワスの胸元を掴んだまま言葉を続ける。


「いいか? ヨシノリはモノじゃねぇんだよ! 勝手に賭けるんじゃねぇ!」

「お前が……お前がそれを言うのかよ!」


 今度はゴワスの声が怒り混じりに震える。


「お前こそ由紀の気持ちを一回でも考えたことあるんかよ。お前の頭の中じゃ、由紀はずっと都合の良い〝幼馴染〟のまんまだろ!」


 ゴワスの言葉が胸を抉る。俺の心にあった罪悪感が一気に押し寄せてくる。


「俺に〝モノじゃねぇ〟なんて言うけどよ……お前は、由紀をただの〝キャラ〟にしてんじゃねぇのかよ!」


 だが、ここで引き下がることは、一周目を含めた俺の人生を否定することになる。


「それの何が悪い!? 俺にとって、キャラはただの作り物じゃない。強烈に心に残って、物語の中で生き続ける存在なんだよ!」


 ヨシノリはただのキャラじゃない。俺がキャラになるために必要な存在なんだ。あいつが傍にいるときだけ、俺は一人のキャラ(人間)でいられるのだ。


「俺が何度書いても書いても、結局どこかにヨシノリみたいなヒロインが出てくるのは……あいつが俺にとって大切でかけがえのない存在だからだ!」


 俺は確かに人をキャラとして見ているのかもしれない。でも、それは俺なりの愛なのだ。


「いいか? ヨシノリが誰を好きになるかはあいつが決めることだ。それがお前なら――」


 納得できる。そう言おうとしたが、言葉が出てこなかった。


 代わりに出たのは、苦虫を嚙み潰したような苛立ち混じりの舌打ち。

 ゴワスの胸倉から手を放して深呼吸をする。


「……ああ、そうか」


 すると、自然に自分の感情に答えが出た――俺はゴワスに嫉妬していたのだ。

 どうして人の目なんて気にならない俺の感情が、ここ最近乱れてばかりなのか。

 それはヨシノリと仲の良いゴワスに嫉妬していたからだったのだ。


「やめだ。やっぱ、お前にヨシノリは譲らない」

「なっ」


 何で俺がタイムリープしたのか。その答えはきっとこれだ。

 俺はずっとヨシノリとの日々をやり直したかったのだ。

 俺の望む眩しい青春。それはヨシノリと過ごす毎日のことなのだ。


「あいつの隣は譲らないって言ったんだ!」


 小学校のときに共に過ごした日々。それを取り戻したかった。それこそが、俺の望みだ。


「こんなくだらないことしてないで、自分磨きに力を入れるんだな。だけど、絶対に俺は負けない」


 一方的にそう告げると、俺は踵を返して体育館を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ