第52話 隣は譲らない
法華津に連れてこられたのは体育館だった。心なしかいつもに比べて部員の数が少ない。
「なんか人少なくね?」
「先輩たちは試合でいない。試合に行かない面子で自主練してるんだ」
俺の疑問に法華津が苦笑しながら答えてくれる。なるほど、だから女バスのほうもヨシノリの姿がないのか。あいつは声出して応援するタイプだからな。
「来たか、奏太」
「何の用だよ、ゴワス」
どうやら俺を呼び出したのはゴワスだったようだ。
「その、改めて……この前は悪かった」
素直に謝罪をしてきたことに、俺は面食らう。こいつ、人に申し訳ないって気持ちを持ち合わせていたのか。
「それはもういい。それで、わざわざそんなこと言うために俺を呼び出したんじゃないだろ」
「ああ、そうだ」
ゴワスは俺から視線を逸らすと、言葉を選びながら呟く。その表情は何か言いたげで、だけど不安に揺れているように見えた。
「奏太。俺と勝負してくれないか」
「勝負? 一体何のだ」
俺の問いかけに対し、ゴワスを表情を引き締めると告げる。
「由紀を賭けて俺と1on1で勝負してくれ!」
ゴワスの言葉と共に体育館へ静寂が訪れる。
女バスのほうでは黄色い声が上がっている。
「なるほどな」
一人の女の子を取り合う男子。それは青春イベントとしては盛り上がるものだろう。
俺も以前なら小説の糧になると思ったことだろう。
「ふっざけんじぇねぇ!」
気がつけば、俺はゴワスの胸倉を掴み上げていた。
「てめぇ、どの口でそんなふざけたことほざいてんだ!」
「俺はずっと、お前に負けっぱなしだったんだよ……勉強でも、夢に向かう真っ直ぐさでも、由紀との距離でも……俺はお前に何一つ勝てたことがねぇ!」
胸倉を掴まれながらもゴワスは歯を食いしばって声を荒げる。
「俺がお前に勝てるのはバスケしかねぇんだよ! ズルいのは百も承知だ! 何一つお前に勝ててない俺が由紀を振りむかせるには――」
「んなこたぁどうでもいいんだよ!」
俺の気迫に押されたのか、ゴワスが俺の剣幕に言葉を詰まらせる。俺はゴワスの胸元を掴んだまま言葉を続ける。
「いいか? ヨシノリはモノじゃねぇんだよ! 勝手に賭けるんじゃねぇ!」
「お前が……お前がそれを言うのかよ!」
今度はゴワスの声が怒り混じりに震える。
「お前こそ由紀の気持ちを一回でも考えたことあるんかよ。お前の頭の中じゃ、由紀はずっと都合の良い〝幼馴染〟のまんまだろ!」
ゴワスの言葉が胸を抉る。俺の心にあった罪悪感が一気に押し寄せてくる。
「俺に〝モノじゃねぇ〟なんて言うけどよ……お前は、由紀をただの〝キャラ〟にしてんじゃねぇのかよ!」
だが、ここで引き下がることは、一周目を含めた俺の人生を否定することになる。
「それの何が悪い!? 俺にとって、キャラはただの作り物じゃない。強烈に心に残って、物語の中で生き続ける存在なんだよ!」
ヨシノリはただのキャラじゃない。俺がキャラになるために必要な存在なんだ。あいつが傍にいるときだけ、俺は一人のキャラでいられるのだ。
「俺が何度書いても書いても、結局どこかにヨシノリみたいなヒロインが出てくるのは……あいつが俺にとって大切でかけがえのない存在だからだ!」
俺は確かに人をキャラとして見ているのかもしれない。でも、それは俺なりの愛なのだ。
「いいか? ヨシノリが誰を好きになるかはあいつが決めることだ。それがお前なら――」
納得できる。そう言おうとしたが、言葉が出てこなかった。
代わりに出たのは、苦虫を嚙み潰したような苛立ち混じりの舌打ち。
ゴワスの胸倉から手を放して深呼吸をする。
「……ああ、そうか」
すると、自然に自分の感情に答えが出た――俺はゴワスに嫉妬していたのだ。
どうして人の目なんて気にならない俺の感情が、ここ最近乱れてばかりなのか。
それはヨシノリと仲の良いゴワスに嫉妬していたからだったのだ。
「やめだ。やっぱ、お前にヨシノリは譲らない」
「なっ」
何で俺がタイムリープしたのか。その答えはきっとこれだ。
俺はずっとヨシノリとの日々をやり直したかったのだ。
俺の望む眩しい青春。それはヨシノリと過ごす毎日のことなのだ。
「あいつの隣は譲らないって言ったんだ!」
小学校のときに共に過ごした日々。それを取り戻したかった。それこそが、俺の望みだ。
「こんなくだらないことしてないで、自分磨きに力を入れるんだな。だけど、絶対に俺は負けない」
一方的にそう告げると、俺は踵を返して体育館を後にした。