第50話 推しは前に進む
ヨシノリと微妙な空気になり、ナイトともどこか気まずいまま時間が過ぎた。
気がつけば、衣替えの時期になっており、夏服へと移行する生徒たちの姿が目立ち始めた。
朝、教室に着くと、ヨシノリはすでに朝練を終えたらしく、隣の席で窓の外をぼんやりと眺めていた。
「おはよう」
いつも通りの挨拶を交わすが、その声はどこかぎこちない。
「……よっすー」
ヨシノリもまた、微妙に目を逸らしながら答えた。以前のような自然なやりとりには戻れていない。
何か話すべきだろうか。だが、どう切り出していいのか分からない。ヨシノリの中で整理がついていないこともあるだろうし、余計なことを言えばさらにこじれるかもしれない。
そんなことを考えながら、気まずい沈黙が流れる。
「ギリギリセーフです!」
そんなとき、バタバタと慌ただしい足音とともに、アミが教室に駆け込んできた。息を切らしながらも、どこか楽しげな様子だ。
「はいさーい! アフロン、それって!」
目ざとくアミのギターバックに目をやった喜屋武が目を輝かせて駆け寄ってくる。
「私でよければバンドメンバーに加えてもらえたらなって思って」
「もちろんさー! しに大歓迎よー!」
「ふふっ、よろしくお願いしますね」
アミは笑顔を浮かべながら、背中に背負っていたギターバッグを椅子の横に立てかけた。その動作が自然すぎて、まるでそれが日常の一部になっているようだった。
「結局、軽音部入るのか」
ギターバッグを指さすと、アミはちょっと得意げに胸を張った。
「えへへ、私もカナタ君を見習ってみようと思ったんです」
「俺を?」
「はい。自分のやりたいことのために真っ直ぐ突っ走る。だから、ブレーキをかけずにアクセルを踏んでみようと思ったんです」
ついこの前まで部活に入るか迷っていたというのに、とんでもない行動力だ。
「あっ、でも、動画投稿は続けますよ。ソロ活動とバンド活動、両立してこそ音楽活動の糧になるかなって」
俺の口癖を真似て、茶目っ気たっぷりにアミはそう言った。
「そっか。じゃあ、本格的に活動するんだな」
「はい! やるからにはしっかり頑張ります!」
アミは嬉しそうに笑う。ふとヨシノリのほうを見遣る。彼女は無言のまま、アミのやり取りを聞いていたが、どこか複雑そうな表情を浮かべていた。
「いつか、カナタ君の作品がアニメ化したら、主題歌は任せてください!」
「ははっ、そのときはよろしく頼む」
未来の推しにもったいないくらいに嬉しい言葉をかけられた。
だというのに、俺の心は曇ったままだった。